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ロンド  作者: 青砥緑
本編
28/64

距離-6.

 朝になってから、私服で会うのは初めてだと気がついた。

 森野は鏡に映る自分の姿がいつもと変わらないことに、生まれて初めてひどく落胆した。一晩で顔や体が変わるはずはないし、マンガみたいに髪型をちょっと変えたら別人のように格好良く変身できるわけでもない。おしゃれとは無縁の生活を送っている彼がデート用の勝負服など持っているはずもなく、最近買った、疲れていないTシャツを選ぶので精いっぱいだ。眼鏡もいつも通り、唯一のアクセサリー代わりである腕時計も一本しか持っていないので学校にしていくものと一緒。

 気合い入れていても、空回って引かれるのは目に見えてるし。

 自分に言い訳をしながら、しかし、普段よりは念入りに髪をとかして玄関へ向かう息子を母親がニヤニヤと見送る。


 出発の一時間半も前に起きてくるなんて、普通のお友達とでかけるんじゃないわねえ。


 森野がどんなに平静を装っても、母の眼は誤魔化せない。

「デート?遅くならないようにちゃんと相手の子をお家に送って行くのよ。」

 サンダルをつっかける背中に遠慮のない言葉が贈られた。邪魔くさいと親から不評の髪から覗く耳がさっと赤くなって母親は、これは本物かと驚き半分、笑顔を深める。

「余計なお世話。」

 息子はぼそりと返すと振り返りもせずに出て行った。顔まで赤くなっているのに自分で気がついたのかもしれない。今日のお夕飯は息子の初デートを記念して少し豪華にしてやろうかなどと考えながら、彼女は鼻歌交じりに家事に戻って行った。

 一方、母親の鋭さに震えあがった息子は早足で駅へ向かっていた。まだ十時前だというのに既に気温は上がりきってあっと言う間に汗が流れる。


 今日も暑いな。映画にして正解だ。


 外を歩き回るには暑すぎると、行き先は映画館に決めていた。とりあえず、映画を見て、ご飯を食べて、少し駅の近くを歩いて。普段、友人と行くのと同じコースだが、高校生の王道のデートコースでもある。まさか、自分が女の子と二人で、まして円香と二人で歩く日が来るとは少し前まで予想もできなかったことだ。どうしても、にやける。何度も頬に手をやって、真顔を保とうとしながら駅へ急ぎ待ちあわせの場所に予定より十分以上早く着いてしまった。


 ああ、やっぱり浮かれてるわ。俺。



 ターミナルになっている駅の大きな時計の下で円香を待つ。制服であれば探しやすいが私服となるとさっぱりイメージがわかない。きょろきょろと改札を窺っても円香らしき人影を見つけることができなかった。いずれにしても、まだ早すぎるだろうと柱に背を預けて目を閉じる。電車の中から聞きっぱなしの音楽に意識を集中して、この待ち時間が早く過ぎるように自分に無心になれと言い聞かせた。

 ぽん、と肩を叩かれてはっと目を開けると目の前に円香が立っていた。無心になりすぎて近づく気配にすら気付かなかったらしい。

「おはよ。」

「おはよう。お待たせ。」

 にこっと笑う円香は、Tシャツにジーンズ姿で足元のサンダルがスポーツブランドのものではないところだけが森野と違う。自分だけ変に気合いを入れて来なくて良かったとほっとしながらも、ほんの少し、がっかりする気持ちもある。デート仕様の服というのは、もっときらきらしたものを想像していたのだが、これくらい気取らないのが普通なのだろうか。良く見れば足元はハイヒールで細身のジーンズと相まって円香の細くて美しい脚を引き立てているけれど。

「そんなに待ってない。」

 ゆるく首を振りながら、意識して視線を脚から引きはがす。


 いや、残念がるな。ジーンズでもこんなに目がいっちゃうのにスカートやショートパンツだったら映画館で隣になんて座れなかったかもしれない。これで良かったんだ。初心者の俺向きだ。


「いこっか。」

 そのまま映画館の方へ歩き出すと、いつもの革靴とは違うコツコツとなる足音がついてくる。それだけで急に女の子を連れているのだという気がして、背筋が伸びた。

「足、大丈夫なの?」

「何が?」

「ハイヒール。捻挫すっかりいいんだったらいいけど。」

 ただでさえ歩きにくそうな靴だ。松葉杖がとれたとはいえ、ひどい捻挫をして一カ月程の足に履くにはどうなのだろう。心配して尋ねると円香はまたにこりと笑った。その唇が普段よりツヤツヤと輝いて見えるのはたぶん気のせいではない。

「ありがと。平気平気。足首ももう全然いいし、これ意外と歩きやすいから。」

 軽く足を振り上げて靴を示してくれる。七分丈のパンツからのぞく足首と踝に目がいって靴の形などちっとも頭に入らなかったけれど、森野は「へえ」と頷いてみせた。

「でも、疲れたら言ってね。」

 良く買い物の途中にヒールの靴は疲れるのだと愚痴る母の言葉を思い出して付け加えると、円香は素直に「うん、そうする。」と答えた。

 二人で並んで歩くなんて、毎日の通学でもう二カ月近く続けているのにデートだと意識した途端に急に緊張する。

 普段は何を話しながら歩いていただろう。円香のどこを見ながら歩いていただろう。歩く速さはこんなものだっただろうか。

 ぐるぐると考える森野に気付いているのか、いないのか。円香は昨日の夜に調べたという現在公開中の映画情報を説明してくれる。彼女も楽しみにしていてくれたのだと思うと、会って十分も経っていないのにもうたまらない気持ちになった。これが愛おしいでないなら、なんという名前の感情だというのだろう。


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