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ロンド  作者: 青砥緑
本編
27/64

距離-5.

 バスに揺られて駅に着くと、通りかかる乗降客の見つけやすい駅前のバーガー屋に入る。小一時間はかかるだろうから、軽く何か食べてしまおうと財布の中のお小遣いと相談して軽食を注文した。二階の窓に向かうカウンターに腰掛ける。ポテトをくわえて顔を上げると目の前の窓に映る自分に気付いた。

 引き締まっているのではなく、ただ痩せているだけの貧弱な体。顔だって黒江のような怜悧な美貌とは程遠い。目なんか開いているのかわからないくらい細い。男性的な魅力には見放された外見だ。

 どこかで、夕方に同級生から言われたことが気にかかっていたらしい。久しぶりにまじまじと自分を観察してしまった。


 自分と他の誰かの外見を比べても仕方ない。人間、見た目じゃない。


 言い聞かせて自分の姿から視線を外した。自分が円香に惹かれたきっかけが彼女の外見であるだけに自己矛盾を感じるけれど、それにしたって円香と同じクラスになって、人柄を知るまでは憧れだった思いと、彼女と知り合ってから感じるようになった愛おしいという思いは違う。今なら、性格を含めて彼女と言う人間が好きなのだと自信をもって言える。どんなにひどいことを言われても耐えしのび、人のせいにして逃げ出すこともせずに、自分で自分を守り抜いた。人の手を借りることは苦手のようだけれど、人が嫌いなわけではない。我慢強く、真面目で、一途で、勇敢な。八坂円香はとても格好いいのだ。

 ジュースを啜りながら視線を落とす。自分は彼女の目からどう見えているのだろう。優しいと言ってくれる。近くにいることを許してくれる。少しは頼りになると思ってくれているだろうか。今、こうやって彼女を半ば勝手に待っている自分を嫌だと思っていないだろうか。


 嫌なら、嫌だと言うだろう。態度でも気付けるだろう。そういうところで嘘をつくタイプじゃないし。少なくとも、一緒にいるとき、八坂は楽しそうに見えるし。


 自分に言い聞かせながら不意に気持ちを押しつけ過ぎているのではないかと不安になる。森野にとってはやっと同じクラスになれて、話しかけられるようになったのだからできるだけ近づきたいのは当たり前だけれど、円香にとってみれば、たまたま同じクラスになった生徒に話しかけられ、付きまとわれている状態と言えなくもない。押さなければ近づけない、もう遠慮して後悔するのは嫌だ、と押し続けてきたけれど、彼女には自分はどう見えているのだろう。

 悶々と考えている間に溶けた氷まで飲みつくしてしまった。

 ぼんやりと駅前を見下ろしていると学校から出ているバスがロータリーに入ってくるのが目に入る。バス停でバスが止まると見覚えのある顔が降りてきた。集団の最後の方に待ち人を見つける。そのすぐ後ろに黒江と向井がいて、何事か話しているようだ。彼らを振り返っている円香の顔は見えないが黒江と向井が笑顔になったので、きっと彼女も笑っているのだろう。


 あの笑顔が俺にだけ向けられるんだったら。そしたら、もっと自信がもてるんだけどな。


 そう思う自分に、一方で馬鹿だなと呆れながら携帯電話に手をのばしたところで電話が震えた。視線の先で円香が携帯電話を耳に当てているのが見える。

「もしもし?着いた?うん。実は見えてる。振り返って、そのまま視線を上げて二階まで。」

 手を振って見せると、振り返って自分を見つけたらしい円香が無邪気に笑って手を振り返してきた。やはり、待たれていたことを嫌がっているようには見えない。

 森野は円香の笑顔に緩んでしまう顔を隠すために素早く席を立って窓に背を向けると、店の階段を駆け降りた。


「待ってるの、迷惑じゃなかった?」

 円香が森野がバーガー屋から出てくるのを待っている僅かな間に、他の生徒は前にきた電車に乗ってしまったらしい。駅のホームで次の電車を待ちながら森野は円香に問いかける。言った傍から、こんなことを聞くくらいなら待たなければ良いのにと自分の思い切りの悪さが嫌になる。

「ううん。」

 円香は首を横に振る。

「嫌な時は、嫌って言ってね。」

 そういうと円香は森野を振り仰いだ。じっと彼を見上げて何か迷っている。

「何?」

 問いかけると、円香は俯くようにして視線を逸らしてしまった。

 嫌だと言いたかったのか。

 どうも今日は悪い方にばかり思考が行ってしまう。森野は細く息をついた。自分は恋愛巧者ではないし、これほど必死に一人の女の子に近づこうとしたこともない。自分の判断が正しいのか、一度自信を失うとどこまでも不安になってしまう。


 あの馬鹿が余計なことをいうせいだ。殴っておけば良かった。


 全てを級友のせいにして、なんとか自分を奮い立たせる。今更退けるわけもない。

「森野。ごめんね。」

 唐突に謝られて、森野は細い目を見開いた。これは、何に対する謝罪だろう。

「待たせて、ごめん。」

 今日の帰りのことか、告白の返事のことか。森野は計りかねてただ黙っていた。

「不安にさせてる、よね?」

 円香は本当に申し訳なさそうに、ごめんね、と繰り返した。

「でも、本当に嫌じゃないよ。だから、そんな顔しないで。」

 自分はどんな顔をしていたんだろう。森野は思わず自分の頬に触れた。さぞ不安そうに見えたのだろう。本当に情けない。自分が強引に待つと言い張った癖に円香に気を遣わせて格好がつかないこと、この上ない。

「うん。ありがとう。」

 とにかく、嫌じゃないと言われたのはいいことだ。森野はへらりと笑顔を浮かべた。

「森野は明日、何してる?」

「別に、何も決めてないけど。」

 休みの予定など、聞いたことはあれど聞かれたことはない。森野が目を瞬かせて答えると円香は少しだけ言いにくそうに続けた。

「じゃあ、さ。どこか行こうか。」

 森野は、電車が来ますというアナウンスに我を取り戻すまで思考も体も固まっていた。今、自分は彼女にデートに誘われたのだろうか。

「嫌なら、」

 先ほどの自分の台詞を繰り返そうとする円香に、慌てて「行く行く」と返事をする。円香は目を丸くして森野を見上げてから、くすっと笑った。


 しまった、今の反応。俺、すごい格好悪い。


 先にデートに誘われた揚句、固まって、返事も焦ってちょっと声が上ずっていた。それでも落ち込むよりも、デートに誘われた喜びが勝つ。

「どこ行く?」

 電車に乗ってから問いかけると、円香は「どうしよう」と笑った。行きたいところがあって声をかけたのではなく、森野と一緒にでかけることに意味があったのだと分かる返事に、森野はますます舞い上がった。傍から見ればいつもより少し笑顔が大きく、真顔に戻る時間が減っただけだけれど、見慣れた者にしてみれば明らかに嬉しそうに「どうしようね」と繰り返しながら帰路を辿った。


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