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ロンド  作者: 青砥緑
本編
24/64

距離-2.

 4月のクラス替えでようやく転機が訪れた。

 円香と同じクラス。しかも出席番号が前後。席も当然前後に並んだ。今、勇気を出さなければ一生後悔するだろうと思った。このチャンスは絶対に逃さない。悪意から絶対に守ってあげる。いつか見せてくれたように笑えるようにしてあげる。二年生になった初日にそう誓った。

 ただ見つめているばかりの日々の中でも思いは募っていた。後から振り返ると自分の思い込みの激しさに、自分はストーカーの気質があるのではないかと怖くなる。幸いなことに、円香の数少ない友人かつ森野の中学時代の同級生である目黒加奈が同じクラスだったので、彼女を巻き込んで、それとなく、円香に怖がられずに近づいた。さらに円香に知られぬよう教室に忍び寄ろうとする悪意を弾き出すことに専念した。


 嬉しくも、寂しくもあった予想外の出来事は春休みの間に円香が部活を辞めてしまっていたこと。彼女の走る姿が好きだった。走り終えて空を仰ぐときの無防備な表情が可愛いと思った。練習から校舎に戻ってくる彼女の耳の下から頬の一番高いところへ向かって毛細血管が見える程に紅潮している横顔が綺麗だと思った。


 ああ、もう見られないのか。


 それは残念でたまらないけれど、その分、円香は放課後に教室に残るようになった。彼の真後ろに一時間も、二時間も座って静かに勉強している。ときどき少し低い澄んだ声で話しかけてくる。たわいもない話、今日の授業で分からなかったところ、話題はばらばらで、級友同士で話し合うには実に相応しい当たり障りの無いものばかり。話してみれば彼女は至極普通の女子高生だった。穏やかで、しっかり者で、真面目だけれど、冗談だって言うし、可愛いものも好き。段々と彼女の人となりを知るにつけ森野の恋心は更に育った。あっという間に自分の手に負えないほどに膨れ上がっていった。


 席替えをして、自分の方が円香よりも後ろの席になると、去年の自分のように今度は円香が窓からグランドを見下ろしていることに気がついた。けれど、森野はその視線の先まで追いはしなかった。陸上への未練なのか、陽太への未練なのか知りたくなかったし、今更ながらそれを追うのはあまりに不躾に思えた。おかしなもので、彼女個人と直接知り合いになってからの方が、遠慮が出る。大袈裟かもしれないが、テレビ越しに見ていた芸能人への無責任な憧れが、隣の席の女子生徒への生々しい恋愛感情に切り替わったような感覚だ。近づけば近づくほど、次の一歩をどう踏み出せばいいのかが難しくなる。


 それでも自分にしてみれば上手くやれていたはずだった。半年にも及ぶイメージトレーニングの成果だろうか。彼女は以前のように笑うようになったし、悪かった顔色も随分良くなって頬の輪郭線だって丸みを取り戻してきたと思う。ところが、梅雨の始め頃から円香のため息が増え始めた。特に顕著なのは委員会の呼び出しの後だ。委員会にまで森野も加奈もついていってやれないし、それを円香も望んでいない。しかし他のクラスの人間と一緒になれば、未だに嫌なことを言う奴もいるのかもしれない。そんな噂、早く消えてしまえばいい。最初はそう思っていた。

 しかし、一度廊下で耳にした言葉で、自分の予想が少しずれていたことを教えられた。上履きの色から一年生と分かる女子生徒達の甲高い話し声に、円香の名前を聞いた。

「あの人。向井先輩と黒江先輩に囲まれて、とーぜんですって感じで澄ましてて。感じ悪う。」

「あんた羨ましいだけでしょ。ウケる。」

「羨ましくて悪いー?八坂先輩って去年は小松先輩と噂あったらしいよ。もうイケメンばっかりじゃん。羨ましいっつーの。美人はいいよね。」

「えー、私はあの人そんなに綺麗と思わないけど?きつそうじゃない?」

「言えてる。」

 ああ、そうか。向井と黒江も同じ委員会か。今の感じだと、小松もいるのかもしれないな。


 まるで森野のことなど空気くらいにしか思っていないらしい喧しくも可愛らしい女子生徒達の脇を通り過ぎながら、円香のため息の理由を考え直す。陽太がいるのなら、それだけで気が重いかもしれない。それ以上に、女子生徒からの人気のある黒江や向井と一緒に作業をして、こうしてあれこれ言われるのが辛いのか。円香が頼まれれば嫌とはいえない真面目な性格なのは、もう確信がある。目立つ黒江や向井の近くにいればやっかまれると分かっていても振りきれないのかもしれない。


 色男達にはもうちょっと周りに気を使ってほしいもんだよな。


 自分には縁のない悩みだと思いながら、去年のクラスメイト達の綺麗な顔を思い出して眉を寄せた。どちらも馬鹿ではないのだから、変に円香にちょっかいをかけたりはしないと思いたいが、本気だった場合は面倒だ。

 それもこれも9月頭の学園祭が終わるまでの話だ。夏休みは自分もクラスの出しものの準備のためにかなりの日数登校することになりそうだから、なるべく気をつけていようと、その時はそれだけを心に書きとめた。


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