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ロンド  作者: 青砥緑
本編
13/64

反転-5.

 余計な仕事を増やされないことと、女子生徒に敵を増やさないための予防策として円香は委員会以外の日には委員長、黒江それから陽太とはなるべく交流を持たないように心がけていた。とはいえ、任された作業をする上ではどうしても相談しなければならないことも発生する。先日追加で頼まれた受付イベントのおかげで黒江との相談事が増えていた。委員会の開催を待っていたのでは遅いのだから仕方ない。自分が誰に聞かれても答えられる大義名分を持っていることを確認して円香は黒江の教室を訪ねることにした。

 休み時間の教室を覗いてみると黒江は同級生と話している最中だった。

「黒江君、ちょっと相談したいことがあるんだけど。」

 教室の入り口から近寄ってくる円香を見つけていた黒江は軽く手を上げて挨拶を返してきた。

「なんだ、問題でも起きたのか?」

「いや、そうじゃないけど少しお知恵を借りたいと思って。お昼休みか放課後に十分くらいでいいから。」

 さりげなく視線が集まるのを感じて円香は十分という言葉を強調して言った。黒江は迷いもなく頷いたので、これは話しが早いと円香は胸の中でほっとする。

「放課後は用事があるんだ。昼でいいか。」

「うん。じゃあ四限終ったらすぐ来るわ。」

 用事はそれだけと立ち去ろうとした円香を黒江が呼びとめた。

「昼は弁当?」

 確かに円香は弁当を持って来ている。嘘をつく必要も感じないので頷いた。

「え?うん。」

「じゃあ、弁当持ってきて。」

 この流れはまずい。お昼を一緒に食べることになってしまう。円香は目の端に移っている女子たちの耳にこの言葉が入ってしまったかと気にかけながら手を振った。

「いや、でも、すぐ済む話だし、終ったら教室戻るよ。」

「十分で終わると持ちかけられた話しが十分で終わったためしはない。お互いに残り五分で急いで昼飯を掻きこむくらいなら、最初から食べながら話した方がいい。それに俺は五限体育なんだ。最後の五分で八坂は飯を掻きこめても、俺は着替えなきゃならない。」

「は、はあ。」

 黒江は立て板に水の勢いで昼食を共にした方がいい理由を並べたてた。

「じゃ、昼休みに弁当持って集合な。会議室借りとくから、そっちに。」

 念を押された円香は観念して素直に頷いた。教室ではなく人目につきにくい会議室を選んでくれただけ良いとしよう。


 *****


 昼休みに弁当をもって会議室に出向いた円香は廊下に人気が無いのを確認して素早く扉を開いた。

「お邪魔します。」

 教室の半分程の大きさの部屋には黒江の他に委員長が座って弁当を広げていた。元々二人も何か打ち合わせの予定が合ったのかもしれない。黒江はどれだけのスピードで着替えたのか、もうジャージ姿だ。

「座って。」

 そう言いながら黒江は空いている席を指す。

「じゃあ、遠慮なく。」

 軽く会釈して示された席に腰掛けて、ノートと弁当を広げる。

「食べながらでいいか。」

 そういいながら備え付けのポットでお茶を入れてくれたらしい黒江が湯呑を差し出して来て円香は目を丸くした。

 似合わない。学校指定のジャージと綺麗な顔だけでも似合わないのに、更に家庭的な小さな湯のみなど。一般的なものがこれほど似合わないとは顔が綺麗過ぎるのも考えものだと思える。

「あ、ありがとう。」

 目を丸くしたままお礼を言うと、黒江は彼にしては珍しい柔らかな笑顔を浮かべた。今度は瞬きを連続して円香は今の表情は見間違いかと確認し直す。黒江といえばクールビューティー。委員会で見せる笑顔もどこか冷めた感じの、社交辞令感丸出しの笑顔か、委員長に向ける意地の悪い笑顔ばかりだったのに今の顔は普通に笑っていたように思える。

 この人も、なんていうか、普通に笑えるんだ。美形が優しい感じの笑顔をすると破壊力が半端ないわ。

「お茶一つでそんなに驚かれることかな。お前、俺をなんだと思ってるわけ?」

 思わずじっと黒江を見つめたままの円香を見下ろして黒江は眉を寄せる。その嫌そうな表情にやっといつもの黒江だと円香は胸をなで下ろした。その反応が更に気にいらなかったのか、黒江は「おい」と軽くすごんで円香の頭を小突いた。

「いて。」

 全く可愛げのない声をあげて円香は恨めしげに黒江を見上げる。


 今の絶対指の関節のところ尖らせてた。地味に痛い。


 不満げな彼女の表情に黒江は逆に満足したようで、自分の席へ戻る。円香はじいっとそれを半眼で見送った。


 さっきの綺麗な笑顔は幻だったのか。やっぱり黒江君はオレ様キャラよね。意地悪キャラよね。


「っぷ。ぷふ。」

 二人の様子を目で追っていた委員長が一人で吹きだして必死に笑いを堪えている。

「どうした、向井?」

 黒江は不審そうに友人を見やる。

「いや、なんか。珍しいもんみたなと思って。」

「あ、やっぱり黒江君はお茶とかいれないでしょう。普段。」

 円香が問うと、委員長が答えるよりも前に黒江が割り込んできた。

「やっぱりってなんだ。俺だって茶くらい入れるさ。本当にお前は俺を何だと思ってるんだ。」

「オレ様?」

 円香が首を傾げて答えると、委員長もそっくり仕草を真似て「オレ様?」と続ける。

「向井は黙っとけ。」

 一瞥も無しに向井を黙らせると黒江は長々ため息をついた。

「おい、八坂。オレ様ってどういうことだ。」

 まさか自分で気がついていないとでもいうのだろうか。この溢れるオレ様オーラに。

 円香はひきつった笑いを浮かべて、委員長の方をみた。委員長は笑いを必死に噛み殺しているようで目の端に涙を浮かべている。ここで偉そうだとか、傍若無人っぽいなんて言ったらまた小突かれるかもしれない。そんな際どい冗談が許されるほど親しくなっているのかも自信が無い。

「いや、あの。なんていうか庶民的なこと似合わない感じかなと思って。王子様感?」

 我ながら苦しいとおもいながら言い繕うと黒江は困惑した表情を浮かべた。

「王子様ってお前。我が家はいわゆる一般的な3LDKの分譲マンションだが。」

「そういう問題じゃないから。」

 委員長がまた口を挟んで、今度は黒江にぎろりと睨まれる。

「実際どうかっていう話じゃなくて、イメージが。湯呑似合わないなと思って。お茶はでも美味しいです。」

 円香がそう答えると、黒江は不服気に「勝手なイメージを作り上げて、勝手に似合わないと言われてもな。」と軽く腰に手をあてた。

 彼くらいあからさまに見目が良いと、先に人となりを良いように想像されて勝手に幻滅されることもあり得るかもしれない。機嫌を損ねた様子の黒江に、言い訳を選び間違えたと密かに円香は頭を抱える。

「ごめんなさい。確かに綺麗過ぎるのも大変だなと思いました。」

 どうしようもないので素直に頭を下げて謝り、たっぷり三秒後に顔を上げると黒江は慌てた様子でそっぽを向いてしまった、それを見た委員長はくつくつと笑い声を漏らす。

「あのー。」

 オレ様にお許しいただけただろうか、と声をかけると、黒江は小さく息をついて円香の方へ向き直った。もう表情はいつも通りに戻っている。

「まあいい。本題は?」

 円香は勧められて弁当をつつき始めながらいくつかの相談事をもちかけた。

 なんだかんだ言っても黒江と委員長はやっぱり優秀で、円香をここ数日悩ませていた問題をすらすらと解決してみせてくれた。勇気を出して頼ってみた甲斐があるというものだ。

 十分で済むはずはない、といった黒江の言葉は正しく諸々の相談が済むころには昼休みは残り五分になっていた。

「ありがとう。助かったわー。」

 円香が目を細めて笑うと、黒江はまじまじと彼女の顔を見返した。それから何とも複雑な表情になって「なら良かった。」頷く。

「じゃ、行くね。」

 円香はさっさと会議室を飛び出した。次の授業まであと四分だ。


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