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ロンド  作者: 青砥緑
本編
12/64

反転-4.

 ぐったり疲れた円香が教室を出ると階段へ向かう途中の廊下でたむろしていた女子生徒数名がにこりと笑って声をかけてきた。確か学園祭実行委員の一年生。名前もうろ覚えな相手だが、明らかに相手を傷つけようとする嫌な笑顔に反射的に悪感情を覚えた。進級して以来、遠ざかっているがこの顔は去年、嫌というほど見た。

「お疲れさまでーす。ほんとに黒江先輩と向井先輩と仲いいですよねー。なんかすごいと思ってー。どうやって仲良くなったのか教えてほしいんですけどー。」

 委員長は人柄も明るいくて楽しいし、見た目もワイルドな感じでカッコいいという女子生徒は多い。黒江に関しては言わずもがなだ。そんな二人に囲まれている円香は両手に花状態に見えるのだろう。

「別に仲が良いわけでもないし、凄くもないよ。」

 淡々と答えると女子生徒はむっとしたように更に言葉を重ねた。

「去年までは小松先輩とも仲良しだったって聞きましたけど?仲良くなる人イケメンばっかりなんですね。偶然ですかあ?」

 彼女達が入学する前に収まったはずの陽太のことまで持ちだされて、円香は舌打ちしそうになるのを必死にこらえた。

「部活が一緒だっただけよ。別に仲良くないって。」

「仲良くないんだったら、もうちょっと遠慮しろっつーの。」

 誰かがぼそりと呟いた。これ見よがしの嫌味に付き合っても良いことなど一つもない。円香は「お疲れ様」と言うとさっさと踵を返した。その背中に甲高い声で何か言いあう女子生徒達の声が追いかけてくる。

「何アレ。ちょっと贔屓されてるからって感じ悪い。」

「ほんとー。」

「ただの面食いでしょー?」

 委員長や黒江君が私の仕事を手伝ってくれているんだったら、贔屓と言われても納得するけどむしろこっちが押し付けられている側なんですけどね。それよりも、仲がいいと凄いなんて言っちゃって彼らのことをどこの頑固おやじだと思っているんだか。

 いつもより饒舌に、胸の中だけで言い返しながら円香は振り返らずに立ち去る。怒っていることを相手に気がつかれることも癪なので足早にならないように気をつけて廊下の角を曲がり、すっかり相手から離れたところで一度「ああ、腹立つ」と小さく呟いた。

 嫌味を言われても、仲間外れにされても、悲しみや怒りは顔に出さないし、態度も変えないように努力してきた。けれど、もちろん何も感じないわけではない。昨年度からのつまはじきがようやく解消されてきたと思ったら、また懲りもせずにチクチクした嫌味だ。女同士のべっとりした悪意には全く辟易する。男子校に入れるならそうしたかったと切実に思う。とにかく自分が苛立っていることを知られたら相手は興に乗ってもっと言ってくるだけで良いことなど一つもない。かっとなった結果、余計なことを口走って何かの拍子にひた隠しにしている陽太への恋心を知られてしまうようなことがあったら最悪だ。恋心は弱点になる。それをみつけて放っておいてくれるほど女子と言うのは優しい生き物ではない。過敏になれば必ず知られる。だからこそ、何事にも激せずに耐えてきたのだ。去年を乗り切ったというのに、ここで躓くなんて冗談じゃない。

 黒江を眺めて陽太のことを忘れるという加奈提案の作戦は実行に移す前に敗色濃厚だ。

 本当に、あのとき王様じゃんけんに負けさえしなければ。


 *****


 くさくさした気持ちのまま教室へ戻ると、また森野が残っていた。

「森野」

 声をかけられた森野が顔を上げたときには、既に円香は右手を振りかぶっていた。

「じゃーんけーんぽん。」

 いきなりかけられた掛け声に森野は条件反射で手を振りだす。ペンを持ったままだった右手で不器用なチョキ。円香は自分の大きく開いた手を見下ろしてため息をついた。

「やっぱり負けか。」

 俯いて首を振りながら円香は自席へ向かう。

「何?何の話?」

 怪訝そうな森野に軽く笑って答える。

「森野はじゃんけん強いよね。」

 一度席替えがあって、今は二人の席は前後に並んではいない。とはいえ窓際の後ろから二番目に円香、その斜め後が森野、その更に隣が加奈で、やっぱり席が近いことには変わりない。

 自分の席に戻る一歩前で「は?」と問い返したまま顔を上げている森野の机を覗きこめば今日は宿題ではなく学級委員の雑用らしい。最近提出した覚えのあるアンケートを集計していた。

「ううん、何でもないよ。学級委員様、お疲れさま。」

 近づいて声をかければ、顔を上げた拍子にずれた眼鏡と前髪の間の妙に狭い隙間から視線を合わせられる。その様子は、老眼鏡をちょっとずらして顔をあげるおじいさんのようだったが、それはどうも言ってはまずいような気がしてまだ円香は敢えて口をつぐんだ。

「疲れてるのはそっちみたいだけど?」

 森野の声は低過ぎず、高過ぎず耳に心地よい。それに円香は気を許してため息をついた。

「ちょっとお仕事が増えちゃっただけ。」

「また向井?人使い荒いねえ。」

 ペンをくるりと回しながら森野が笑う。こちらも昨年は向井、黒江と同じクラスだったという森野は彼の人となりを円香より良く分かっているようだ。

「あいつ、ごり押しうまいから本当に気をつけた方がいいよ。」

「そのアドバイス、もう少し早く欲しかった。」

 円香は笑って席につく。今日帰るまでに片付けておきたいことが色々と残っていた。

 委員会の仕事に、宿題に予習。静かにこなして行きながら目が疲れたところで顔を上げる。

 目を外に逸らすと練習する陸上部の姿が見えた。毎日のようにそうやってグランド見下ろすおかげか小さくしか見えなくてもすぐに彼を見つけてしまう。決して見間違えたりはしない。

 相変わらず、綺麗なフォーム。変な癖がつかなくて本当に良かった。

 じっと見つめて、口元が緩むのを感じてため息をこぼした。

「まだまだだなあ。」

 黒江で気を逸らす作戦はうまくいきそうにないし、陽太を思いきるための道のりは遠い。自分は案外引きずるタイプだったのだな。そう思いながら円香はペンをかちりと鳴らして意識を教科書に戻した。

 嫌なことも何もかも、なるべく考えないようにすること。円香に今できるのはそれだけだ。


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