反転-3.
梅雨が始まる頃には学園祭実行委員の活動は本格的になり準備の実質的な中心となる円香や黒江は連日委員会の仕事で居残りをするのが当たり前になっていた。陽太について考える時間がなくなるのは歓迎だが、予想よりも遥かに黒江とセットで扱われることが増えたのは問題だ。遠くから見つめるどころの話ではない。女子のやっかみは怖いと身にしみているだけに、声をかけられる度に及び腰になる。
「黒江、八坂さん、ちょっといい?」
「はい?」
委員会が終り、三々五々と立ち去る生徒達の中で黒江と円香だけが委員長から呼びとめられる。
またか。円香は委員長の言葉にぴりっとした空気を発した他の女子生徒の気配に頭痛すら感じながら委員長の元へ戻った。
「まあ、座って。」
他の委員を全て追い出してから扉を閉めて戻ってきた委員長は円香を促す。一方の黒江は近くの机にもたれかかったまま聞いている。
「当日に出す受付なんだけどね。」
委員長が説明し始めたのは円香達が用意している受付のことだった。例年ならば校門を過ぎてすぐのところにテントを立てて外来者受付やパンフレットの配布を行う。今年もそれに倣うつもりだったのだが、ただの受付、案内ではつまらないとどこかから提案が出たらしい。
「こう、つかみをぐっとするようなアイディアを盛り込んでほしいっていうか。平たくいうとコスプレとかどうだろう。メイドさんとか。」
円香はなぜか頬を染めながら聞いてきた委員長を見返した。
「コスプレ?」
予想外の言葉に聞き間違いかと念のため聞き返す。円香に真正面からじっと見つめられて委員長は「うっ」とうめき声を上げた。
「向井、お前は馬鹿か。」
黒江が呆れ顔で委員長に声をかけた。
「生徒の保護者も、受験生の保護者も来るんだぞ。鈴鳥高校に入ったら女子生徒がメイド服を着させられると思われたら印象悪いだろう。」
「ええー。」
委員長は黒江の言葉に口を尖らせた。二人は元クラスメイトらしく仲が良い。黒江は委員長相手に容赦しないので、彼の毒舌ぶりにも高飛車な物言いにも円香はだいぶ慣れてしまった。
「でも喫茶店やるクラスとか着るじゃん。女子だってノリノリじゃん。」
委員長は大きな体を揺らしてだだっこのように言い返す。どうやら委員長は女子生徒にメイド服を着せて受付をやらせたいらしい。円香はぐいと眉を寄せた。
「これがノリノリの顔に見えるか。」
黒江が顎で円香を示して見せると、委員長はしおしおと俯いた。
「駄目かあ。」
円香は何ともいえないまま、黙って俯く委員長を見ていた。どうしても嫌だというほど嫌ではないが、自らメイド服を来たがる女子というのは何となく痛々しい感じがする。ましてひょろりと細長いばっかりの自分が着ても似合わないだろうと思えばなおさらその提案には乗りにくい。
「なんで急にメイド服なの。」
とりあえず聞き返すと委員長は大きな体をもじもじさせた。
「可愛いから?」
なぜか疑問形で答えられて、円香はこれは完全に委員長の趣味だなと結論付けた。一見すると好きな女子のタイプはギャルとか言いそうな雰囲気なのに、メイドさんとかが好きなのか、と意外に思う。
「可愛い子が着れば可愛いだろうけど、黒江君の言う通り親や来賓が通る受付にメイド服はまずいと思うわ。」
委員長は深くため息をついて「そっかあ」としょげている。
「お前はどれだけメイド服に期待してたんだ。ど阿呆め。」
「お前は!本当に友達に対する思いやりが足りないよね。」
委員長はじっとりと黒江をねめつけてから円香に顔を向けた。
「まあ、メイド服は冗談として普通の受付じゃちょっとつまんないかなーと思うんだよ。去年も、おととしも見たけど一番お祭り気分を盛り上げて欲しい入口がさあ、学校見学会の日と同じでおカタイ感じなの変えたいなと思ってさ。なんか考えてくれないかなあ。」
さっきの落ち込み方はちっとも冗談には見えなかったけれど、とは言えず円香はため息をつく。委員長の言うことも分からないではないが、はっきり言って面倒くさい。
「黒江チームも手伝ってあげてよ。イベント班。」
声をかけられた黒江は綺麗に片眉だけ上げてみせた。
「そういうことなら、別に構わないけど。」
黒江が引き受けてしまうと円香が断る理由が見つからなくなる。円香は「分かりました」と心がこもらないなりに委員長のお願いを聞きいれることにした。
結局そのままアイディアの出し合いからプランの決定まで一気に行ってしまった。胃や頭を痛めつけられながら年中彼らに呼びとめられるので、この三人で話をするのにも慣れて来た。とにかく良く喋るアイディアマンの向井委員長と、委員長の牽制担当の黒江。委員長のアイディアを現実路線に落ち着かせて作業の道筋をつけるのは黒江の仕事だ。円香は二人の話を聞いて最後に結論と宿題をまとめる係。どちらも頭の回転が速い黒江と委員長の会話に口を挟むのは難しい。円香はとにかくついて行くだけで精いっぱいなのだが、要点をまとめてくれて助かると委員長は打ち合わせ後によく褒めてくれる。いつものごとく怒涛のように話を進める二人に何とか食らいついて打ち合わせを終えた。今回も、美しい顔に感動したりときめいている余裕は全くなかった。