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ロンド  作者: 青砥緑
本編
10/64

反転-2.

 円香は休み時間だと言うのにノートに向かって何かしている森野に後ろから声をかけた。

「学級委員の森野くん。」

 シャープペンシルを置いて顔を上げた森野は円香のペースに合わせて返事をしてくる。

「なんですか。学祭委員の八坂さん。」

「来週か再来週のHRの時間を使わせてもらえない?学園祭の出しものを決めたいから。」

 学園祭は秋に行われるが、夏休み返上でする準備をする方が楽しいという生徒も多い。各クラスや団体の出しものは一学期の後半には決定される。

 森野は無言でカバンを漁り、スケジュール帳を取り出した。女子たちのようにプリクラやシールでパンパンになったシステム手帳とは違う薄っぺらい黒い手帳。ぺらりとページをめくって指で水曜日をなぞる。

「来週、空いているな。」

 自分の手帳にHRの議題を書いているのか。色ペンも使われていない地味なページを何気なく眺めながら、学校行事の予定ばかり書いてある手帳は少し寂しいと思う。

「じゃあ、来週予約でお願いします。」

「了解。」

 さらさらと綺麗な文字で来週の水曜日に<HR>学園祭と書きこまれる。

「森野、その手帳は学級委員用なの?」

 気になって聞いてみると森野は長い前髪と眼鏡の奥から円香を見上げて来た。

「学校の予定ばっかりだから。」

 質問の理由を述べると、森野は自分の手帳を見下ろして数ページめくった。白と整った形の黒しか存在しない静かな帳面は、彼の印象に似ている。

「他に書くことがない。」

 どうやらこれ以外の手帳と使い分けている訳でもないらしい。情報はなんでもケータイに預けるケータイ派かと思うが、彼がケータイをいじっているところをあまり見ない。

「友達の誕生日とか、家族の誕生日とか、遊びに行く予定とか。」

「そういうのなら、だいたい覚えられる。」

 ま。優秀な生徒は言うことが違うわ。

 日付を覚えることにかけては壊滅的にセンスのない円香はしらっとした顔の学級委員に向かってちょっと顔を顰めた。年中、一緒に勉強して円香から質問を受けたりしている森野は円香の苦手科目が数学だと言うことも、それ以前にあらゆる種類の数字が嫌いなのだということも知っている。彼女の表情だけで何が言いたいか察したらしい。

「数字は友達。」

 そう言ってちょっとだけ口の端を上げてみせた。円香は引きつったように口の端をあげてひょいと森野の手から手帳を奪った。そのまま円香は素早く手元にあった緑色のカラーペンで書きこみを加える。

「君の日常に彩を添えてあげたわ。」

 円香はわざと少し偉そうに言うと、小さな腹いせを済ませた手帳を返した。

「お気づかい、どうも。」

 森野は真顔のまま手帳を受け取り、ぱらぱらとめくる。

「じゃあ、来週よろしく。」

 円香は森野が最後までページをめくりきるのを確かめずに席を立った。


 *****


「では、出しものを決めます。」

 水曜の最後の時間はロングホームルーム。円香は教卓の前に立って案を募る。

「アイスクリームよくない?学祭の時期ならまだ暑いし絶対売れるよ。」

「売れても稼ぎにならないよ。定価で買ってきて定価で売る以外ないじゃん。冷凍庫のレンタルなんてしたら赤字。」

「たこ焼きは?」

「誰か焼けんの?」

「てか生もの怖くね?食中毒出したら大変だぜ。」

「お化け屋敷やろうよ。」

 放っておけば脱線する話しあいを、ときどき軌道修正させながら円香はクラスを見渡した。去年の後半のクラスなら、自分が司会を務めたら女子生徒の多くが無言になってずいぶんと居心地の悪い思いをしただろう。和気あいあいとしているクラスメイトの姿にほっとしてしまう。部活を辞めたこともあるけれど、やはり加奈や森野や、それから親しくしてくれている他の級友たちが教室内に円香を傷つける噂を持ちこませないように、それとなく気を使ってくれているおかげだと思う。本当に感謝してもしきれない。


 アイディアが出尽くしたと思われるところで、多数決をとることにした。

「では13票獲得で一位はお化け屋敷です。」

 円香は何も議論を誘導しなかったが、衛生管理が面倒な食べ物屋が互いに潰しあってくれた結果に密かに満足していた。

 不思議なもので最初は他のことをやりたいとごねていた生徒も、出しものが決まってしまうと急に協力的になる。どうせやるなら楽しくと思うのだろう。円香が黒板を消している間にも周りの同級生はいかに本当に怖いお化け屋敷を実現するかで盛り上がっていた。


「学級委員の森野くん。」

 黒板を消し終り、教室を振り返った円香は森野を指名した。学園祭の議論には興味がなかったのか、何かの勉強をしていたらしい森野は顔をあげてずれた眼鏡を押し上げた。

「クラスの出しものが決まったところで、今後の準備についてなんだけど。正直、私は全体の学園祭準備の方で手いっぱいなので、なるべくクラスのことは森野くんにお任せしたいのだけど。」

 何もかも押し付けるのはやり過ぎだが、この辺りの役割分担は各クラス委員同士の力関係次第でかなり柔軟に対応される。森野は「お化け屋敷」と書かれた黒板を見て軽く顎を手で撫でた。

「できる限りお手伝いしたいのだけど。」

 円香の口ぶりを真似しながら森野が答えると、教室のあちこちからクスクスと笑いが漏れた。悪い感じの笑いではなく、まじめ一辺倒に見える森野がたまに出してくるユーモアを好意的に受け入れている笑いだ。

「たまには手を貸してもらえる?」

 森野が尋ねるので、円香はもちろんだと頷いた。

「じゃあ、俺メインでいいよ。」

 すると森野はあっさり引き受けてくれた。そのままくるりと器用にペンを回してから「今日はもうおしまい?」と聞いてくる。こちらのすることは終りだと頷くと森野は「うん。お疲れ様。」と頷いてペンを下ろした。

 彼はパンパンと手を叩いて立ち上がるとそのまま選手交代よろしく前に出て来て細々とした連絡事項を手際よく伝えていく。その声を背中で聞きながら円香は席へ戻る。

「補講対象者は職員室前に張り出される時間と教室を確認して参加してください。欠席すると単位落ちるからドタキャン禁止で。」

 学級委員は教師の手足だ、(しもべ)だ、などという生徒もいるが、一面それは正しい。そんなこと担任の教師が伝えればいいだろう思うようなことも丸ごと学級委員の仕事なのだから全く頭が下がる。

 そんなことを考えながらも、さらに学園祭準備まで押しつけた自分を振り返り円香は心の中だけでそっと森野に謝る。

 学園祭終了の暁には何かお礼をした方がいいのかもしれない。


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