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ロンド  作者: 青砥緑
本編
1/64

神様の意地悪-1. 

 新学期になった。

 1学年10クラスもある高校のクラス替えのおかげで昨年のクラスメイトとはだいぶ離れ離れになった。12歳から16歳の青春を全て捧げた部活も辞めた。

 これですっかり縁が切れたと思ったのに、なぜ。



 八坂円香は新年度初の学園祭実行委員会で見知った顔をみつけた。

 隣のクラスの小松陽太。ほんの半月前まで円香も所属していた陸上部の短距離のホープである。健康的な褐色の肌に日焼けし過ぎて色が抜けて来ている茶色い髪。この一年で見違えるほど逞しくなった体。男らしい骨ばった輪郭に真っ直ぐ通った鼻筋。少年と言うよりは、もう青年に近い。きらきら輝く瞳だけは一年前と変わらない。今は、その目を細めながら白い歯をのぞかせて近くにいる男子生徒と話している。総勢60名が詰め込まれ、ざわつく教室の中で彼は円香にとって唯一の知り合いだった。


 とことんまでについていない。


 打ち捨てられない恋心と、陽太と円香を取り巻いていた様々な不協和音から自由になりたくて大好きだった部活まで辞めたというのに、円香の決意をあざ笑うかのようなこの仕打ち。前世でそんなに悪いことをしたのだろうか。彼女は力なく空いている席に腰かけようとして黒板に目を止めた。席次が決まっているらしい。学年順のクラス順。つまり2年C組の円香は2年B組の陽太の席の後ろに座らねばならない。一年間同じ部活で苦楽を共にした円香を見かければ、いくらなんでも挨拶くらいはしてくるだろう。小さなため息を漏らしながら陽太の方へ歩み寄ると円香が何か言う前に、やはり彼は気がついた。

「あれ。円香じゃん。奇遇だな。お前、脚は大丈夫か?」

 円香を見とめた彼はほんの少しほっとした様子で笑顔を浮かべると、大きな手を上げて円香の思った通りの言葉で声をかけてくる。

「うん。ありがとう。」

 僅かに微笑んで頷いてみせる。もともと上手に笑顔が浮かべられない頑なな表情筋が意外なところで役立ってくれている。今くらい目を和ませれば知っている人なら円香が笑ったと思ってくれるだろう。

「そっか。今度はこっちでよろしくな。」

「よろしく。」

 席につく動作に合わせてさりげなく目を逸らして会話を終わらせた円香は自分をこの席に座らせることになった直接の原因である右手を見下ろしてきゅっと握った。あのとき、もっと気合いをいれて集中していれば良かった。

 後悔先に立たず。


*****


 円香の通う鈴鳥高校は全校生徒1500人を超える大きな高校だ。進学コースだけでも各学年10クラス。そのほかスポーツ特進コース、国際コースなど入試もカリキュラムも違う特別クラスがある。こうなるとクラブ活動や委員会活動も大規模になり各委員に任される仕事は中学校の比ではない。毎年始めの委員決めが白熱するのは、いわゆる「はずれ」を引くと一年間夏も冬も早朝から校門に立たねばならなかったり、巨大な図書室での重労働を課されたりするからだ。そして委員会の初顔合わせでの委員長決めは更に緊迫する。

 一年生の時は、その大変さをよく理解していないので熾烈な委員長の押し付け合いを不思議に思って見ているのだが、上級生になる頃には先輩方の気持ちが良く分かる。一つの委員会に40人から場合によっては100人近い委員を抱えることになる委員長は通常の委員よりもっと責任が重く、早朝や放課後の拘束時間も長い。不文律として公認の部活の部長には委員長を兼任させないルールになっているのもそのためである。


「では委員決めをします。」

 2年生に進級して一週間。とうとう運命の委員決めの日がやってきた。円香は昨年、運よく何の委員にも選出されずに済んだが、部活も辞めてしまった今年はそう簡単に逃げられないだろう。委員を引き受けられないと断る理由がないものはどうしたって弱い。


 どうか風紀委員と図書委員と美化委員だけは勘弁して下さい。


 人気ランキングワースト3は避けたいと思いながら、先ほど決まったばかりの学級委員を拝むように目を閉じた。

 どの組も学級委員の選出はすんなり決まる。大抵の場合、クラスの中で成績の良い数名の中でもっとも暇そうな生徒を選ぶのだ。定期テスト後に成績上位者が未だに廊下に張り出される進学コースの生徒にしてみれば、それを特定するのは簡単なことだ。選ばれる側もクラス替えの発表を見た時点で覚悟はできているらしく、誰かに「やってみないか」と振られれば、じたばたせずに引き受ける。そのあっさりと引き受ける様が妙に格好良くて、学級委員に縁のない成績の円香などは密かに憧れている。とはいえ、いわば雑用係の学級委員を本当にやりたいかと言われたら答えはNOである。


「では体育委員は本村君と藤木さんに決まりました。」

 全ての生徒が委員になることを毛嫌いしているわけではない。委員会によっては部活のように先輩後輩の仲が良く、お互いに来年もやろう、などと話しあっているところもあるようで、そういう委員はさっさと決まる。

「次は学園祭実行委員ですね。立候補はありますか?」

 学園祭実行委員は、通年で努めなければならないながらも比較的に人気がある。お祭りを仕切ることが楽しいという活動内容の魅力もさることながら、学園祭前後に委員会内カップルを量産するとの噂がある魅惑の委員会なのである。誰かしら立候補するだろうと思っていた円香はすっかり気を抜いて肘つきなどしていた。

「立候補、いませんか?」

 学級委員の改めての問いかけに周りを見渡してみると、誰も手を挙げていない。

「じゃあ、いなければ王様じゃんけんにします。まだ委員決まっていない人は全員起立してください。」

 2年C組の学級委員に任命されたばかりの森野穂高は空中にグーを突き出してのろのろと立ち上がる生徒を待つ。


 どうして誰も立候補しないの。他のクラスなら何人も立候補者が出てるだろうに。


 円香はこのクラスの生徒はみんなシャイなのか、面倒くさがりか、すでに恋人に不自由していないか、

さてどれだろうかと考えながら立ち上がった。

「一番負けた人に引き受けていただくと言うことで。」

 森野はじゃんけんの構えのまま提案する。残り生徒数20名程度。勝った方にしても負けた方にしても自分が一番になる確率はそれほど高くもないだろう。


 しかし、そのたった2分後に自分の考えが甘かったことを円香は学んだ。

「はい、では学園祭実行委員は八坂さんに決まりました。」


*****


 委員決定の経緯を思い出して、森野が学級委員のくせに妙にじゃんけんに強いのがいけない、などと心の中で意味不明な愚痴を漏らす。同時に少し、いやかなり、陽太に会えたことを嬉しいとも思っている自分に呆れた。彼の大きな背中を眺めて、ほんの僅かに目を細める。彼を見る度にこみ上げるときめきや喜びを捨てたいと何より願っていたのに、消えていないと分かってほっとしているのだから自分は馬鹿だ。

 まだ諦めきれない。けれど諦めなければならない。大丈夫、きっと忘れられる。


ロンド:回旋曲あるいは輪舞曲。ある同じ旋律が、異なる旋律を挟みながら何度も繰り返される楽曲の形式のこと。

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