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無機物的オブジクト  作者: 三谷尾だま
【方法】
20/43

実験V.ライヴァル襲撃?2

 ラ・コスタは道中無言だったので、帰りに迷わないように道を覚えてやろう、とキョロキョロしていた。街中に入って建物と人が増えてき出すにつれ、ふと、この組み合わせで年上に見える俺がキョロキョロしているのは目立つらしいと気付き、露骨な動作を避けてさり気ない観察に切り替える。


「サーフ、ここだよ」

 古めかしい建物の古めかしい入り口に吸い込まれていった彼を追いかけて、薄暗い廊下や階段を進み、カウンタや閲覧室の向こうにあったたくさんの本が並んでいる部屋にたどり着いた。閲覧室より薄暗く、窓のないその部屋は、心の準備なしで不用意に入ってしまうと圧倒されそうだ。

「この部屋にある本は全部借りられるよ。書庫にもまだまだあるけどね、禁帯出なんだ」

「ふーん、あるのに貸してくれないなんてケチだな」

「貸さないじゃなくて、貸せないのさ。古くて壊れる」くすっと笑って彼は口元を斜めにする。「じゃ……、僕はそこにいるから飽きれば呼んでね」

 そこ、と指差された場所には『雑誌』とプレイトのついた扉がある。そして俺の返事を待たずに彼は行ってしまった。


 飽きたら、飽きたらねえ……。こんなに多量の本があるのに、そう簡単に飽きることがあるのだろうか? 逆にこんなに多量に本があるから、嫌になったらという意味かもしれない。つまりは気が済んだらか?

 それにしても困った。確かに本がたくさんありすぎて、どうして良いのかが全く判らないぞ。タイトルだけじゃ内容を判断するには貧弱だし、かといって、いちいち内容を確認すれば時間がかかる。

 さてどうしたものか。そうだ! ラ・コスタに効率的な方法を聞けば良いのだ。早速、雑誌室へ乗り込む。


「もう飽きたの?」

 隅で雑誌を捲っていた彼は呆れたように言った。フッドはさすがに外していたが、室内でも帽子を被ったままだ。

「本を効率的に探す方法を知りたい」

「あぁ、そっか。ごめんごめん」

 彼は口だけ謝りながら、読みかけの雑誌を名残惜しそうに棚へ返し、見取り図の前まで移動して分類と見出しや位置関係を小声で説明してくれる。何故小声かというと、図書館では十秒以上話すときは小声でないといけないからだ。タイトルや著者もしくはキーワードによる蔵書検索の仕方も教えてもらったが、よっぽどのことがない限りカムピュータという機械は使いたくない(使えない?)気がする。


「サーフはどんな本が読みたいの?」

「え? そういえばまだ考えてないや」

「いい加減だなぁ。読みたい本が分からないのに、その本の効率的な探し方が解っても意味ないでしょ。ま、借り方はあとで教えるから、とりあえずぶらぶらしてみれば?」

 彼こそいい加減なアドヴァイスを授けて、よほど早く雑誌の続きが読みたいのか、そそくさと立ち去る。


 うーん、どんな本を探してみよう。あ・そうだ。オルデスローエの作品が載った本が置いてないだろうか。ちょうど見てみたいと思っていたんだった。分類は芸術だろう。芸術は……あった。端から二列目の左、見取り図で位置を確認して端から二列目の左に芸術分野の始まりを発見する。

 そして終わり部分となる棚も確認した。ちょっと果てしない。芸術を舐めていたかもしれないぞ。作品集、塑像、エッチング、絵画……。背表紙をしばらく眺めてみて、もしや無謀なことをしようとしているかもしれないと自覚する。本の多さに閉口してうろうろしていると、横に立っていた女の子に肩がぶつかった。


「あ、ごめん」

「気にしないで。ところでなにか探してるの? さっきから行ったり来たりしているようだけど」

「え……うーん、探しているようないないような」見知らぬ人にいきなり話しかけられてびっくりした。ルールを守らなければと、早口で小声になる。

「なによ、はっきりしないのね。探しているのなら一緒に探してあげるから、本のタイトルを言ってみなさいよ」

 彼女がルール違反を犯してしまいやしないかと、冷や冷やしながらも、一緒に探してくれる、とか親切なことを言われてますますびっくりする。初対面でここまで親切にしてくれる奇特な人物も世の中にはいるんだ。ラ・コスタなら絶対に自分から話しかけようとはしないだろうし、ルニエなら……どうだろう?


 目の前に立っている少女は、短い黒髪で活動的な格好をしていた。ルニエともフィーヌとも違って少年のようなタイプだ。彼女の視線が早く教えろと促している。とりあえずお礼は言っておこう。

「ありがとう。でも、本のタイトルが分からないから」

「キーワード検索すれば? どんな本なの?」

 うっ……!

「オルデスローエの作品が載ったものがないかと思って……」

「オルデスローエ? 駄目、彼の作品に関する本はレプリカの写真集が一つあるだけで、しかもここにはないわ。ほかに彼の作品が載っているものといえば展示会の小冊子くらいね」

 彼女がオルデスローエを知っていたことで探す手間は省けたものの、がっかりした。レプリカが何なのか判らないが、絵なら画集だろうし、写真集なのだから人形のほうだと思われる。レプリカというのがあの人形の名前なのかもしれない。人形ならラ・コスタから借りた小冊子でどんな風なのか見たことあるけど、新聞に盗まれたと載っていた絵のほうは、まだ見たことないから見てみたかったんだけどな。

「そうなんだ。教えてくれてありがとう」


 彼女はまだなにか言いたそうだったが、お礼を言って逃げ出してきた。突然現れたフィーヌに突然話しかけられたときは、割りと平気だったのを例外にして、いきなり知らない人から話しかけられると逃げてしまいたくなる。

 積極的なのは苦手なのだ。もっと物色してみたかったけど、そうするとまた彼女に声をかけられそうな気がしてあえなく中止。一度家に帰ってから作戦を練って再び出動しよう、と計画を立てる。

 気まずい鉢合わせをしないように、辺りの様子を窺いながらラ・コスタの元へ行くと、ちゃんと文字を読んでいるとは思えないスピードで機械的にペイジを捲っている彼が目に入る。面白いのでしばらく観察。そのうち彼が立ち上がって雑誌を棚に戻し、近寄ってきた。


「行こうか。借りるのはどの本?」

 料理の本を持っているのとは反対の手がひらひらされるが、本を探すのを途中で断念したわけだし、借りる本があるわけない。仕方ないので意味もなく手をひらひらし返した。

「選んでないの? 仕方ないな……、少し待っていて。これ返却です」

 ラ・コスタは眉で怒っているらしい仕草をすると、返却カウンタに料理の本を置く。少しと言われたが、本当にすぐ彼は本を片手に返ってくる。差し出された本のタイトルは『妖精の世界』だ。タイトルをちらっと見ただけでそのまま立っていたら、本ごと腹にアタックされた。どうやらタイトルを見せたのではなく、受け取れとのことだったらしい。


 渋々本を受け取ると、彼はポキットから小さな財布を出して、さらにその中からプラスティックのカードを出した。

「はいこれ、サーフの登録カード。本を借りるときは、これをカウンタで提示してね。大事なものだからなくさないように」

 渡されたカードをまじまじと眺める。「もしなくしたら?」

「住民税を払って再発行」

 うーん、お金がかかってるのかこれは。よし、大事にしよう。

 ラ・コスタに促されて本とカードをカウンタに出す。あっという間に手続きが終わり、二週間が貸し出しの期限だと言われた。二週間で読めるかな、とか考えていたら……、いつの間にか彼は部屋を出ていこうとしている。

 全く、置いていくつもりか! カードをポキットに入れると、呆れながらも後ろを追い駆けた。

「今度、お財布も買ってあげる。お小遣いも欲しい?」追いつくと彼が言った。

「くれるのか?」

「お小遣い帳をつけるならね」

「つける」即答したらラ・コスタは可笑しそうだった。

 まさかまさか自由に使えるお金まで貰えるとは思ってもみなかったので、妙に嬉しい。どうせ先生の懐から出ているのだろうが、ありがたく貰っておこう。


 建物を出ると見事に外は晴れていた。

 やはり風が雲を吹き飛ばしてしまったようだ。隣からラ・コスタの舌打ちが聞こえる。何だか可哀相になるけど、それでも彼はめげないで帽子を目深に被り直し、俺をできるだけ日除けに活用して歩いていた。

「なあ、あの部屋にある本って、まさか全部お前の?」

「そうだよ。散らかっていてびっくりしたでしょ。本棚に入れたらスッキリするんだけどね」

 本棚が存在しているとは気付かなかった。あるんならちゃんと活用するべきだ。せめて気楽に侵入できるように。密かに探検してみたかったんだけど、本を倒したら困るから諦めていた。


「そういえば、カナリアを捜しにいく王女の話の本、あれもお前の?」

「オリンジの? ……いや、それなら僕も持っているけど、君が言っているのはルニエのなんじゃない?」

 時間をかけてしまったが、このまえやっと読み終わったのだ。ああいう類のものを読んだのは初めてなので、内容の良し悪しを比較できないのが残念である。ただ小説というものを読んでみて、まずこんなものを考え付ける人もいるのだとびっくりした。率直な感想は、話自体は幸せになって終わっているのに妙に引っかかるというか、すっきりしないというか。

 でもまさか、一家に二冊もあるほど普及している本だったとは。


「小説って不親切だよな。解説がないから自分が文章から読み取ったものが正解かどうか判らない」

「正解なんてどこにもない。どれもが小説を読んだ人の出した答え。作者の真意が正解と言えるのなら、それは気付かないほうが幸せなのかもしれないよ?」

「もっと解りやすく言ってくれ……」

「つまり」彼は両手で眼鏡を押し上げて続けた。「捕らえ方なんて人それぞれだから、自分で考えなさいってこと」

 ときにラ・コスタは哲学者のようなことを言う。

 俺にとって哲学者とは、ごく普通のことをわざと解りにくく再構築してしまう迷惑な存在のことだ。だから、自分で説明を求めておいて改めて説明されると、それはそれで情けなくなる。最初からそう説明してくれれば良いものを。


「でもさ、作者が言いたかったことが読者に伝わってなかったら、結果として問題じゃないのか?」

「でもね、作者がここはこうなのだと一方的に押し付けても、読者が納得しないかもしれないでしょ。だから作者はそこへ導くための道は用意するけど、最終的にたどり着けるかどうかは読者次第なのさ。……ところで、カナリアを読んだ感想はどうだった? 上手く構成してあるとは思うんだけど、やっぱり僕としては気に喰わないなぁ~」

「気に喰わないって、具体的にどこが? 勇者の活躍シーンが不自然に抜け落ちてるところ?」

 街から離れるに従って人通りが少なくなってきたので、左手に持っていた本を両手で抱え直し、図書館で静かにしていた分、少し声量を上げて喋った。あの本を読んでラ・コスタがどのような感想を持ったのかも大いに興味深い。

「まっさかぁ! 僕、勇者嫌いだもん。みんなあいつに騙されているんだよ。気に喰わないのは、カナリアが幸せにならなかったこと。最後に幸せになったのは、カナリアを相手にしなかった奴ばっかり……」

 どうやら彼はかなりのカナリア贔屓びいきらしく、そのあとも続けてカナリアを相手にしなかった奴を列挙していた。俺にとってカナリアは単に王女を呼び寄せるために登場したキャリクタで、勇者が悪い魔法使いを倒すという勧善懲悪な部分が面白いんだと思う。主役はあくまで勇者なのだ。


 その部分について考えながらも歩き続ける。いつの間にか川沿いの道へ続く上り坂を歩いていた。心地良い風が吹いていており、行きがけに通ったときとは雲と空の割合が反転している。河原には子どもの姿がちらほら見え、その中に混ざるのは嫌だが、できれは曇り空の下ではなくて、いまみたいな晴れた空の下で寝転びたかったものだ。


「あ……」

 ラ・コスタが動きを止める。水音が響き、ざわついた声が広がった。彼が凝視している先には川を横断する橋、その中心付近から数人の子どもが水面に向かってなにかを叫んでいる。誰か落ちたのだ。

「これ持ってて」帽子と眼鏡を無造作に投げ付けられたかと思うと、もう彼は走り出していた。

「あ……おいっ!」

 わたわたと帽子を眼鏡ごと受け止め、遅ればせながらあとを追って走るが、既に彼はかなり先を走っている。彼の足は俺よりも速いかもしれない。橋の下では水しぶきを上げて子どもがもがき、その兄弟なのか、男の子が必死になって名前を叫んでいた。

 俺にもようやく事の重大さが飲み込め、走る足に力を込め直す。橋に着くとラ・コスタはそのまま斜面を駆け下り、いきなり水に飛び込んだ。綺麗な曲線、包み込むような水音、見る間に子どもまでたどり着き、ぐったりとした彼女の服を引きずるようにして戻ってくる。


 岸に引きずり上げているところで、やっと俺は斜面にたどり着いた。勢いよく駆け下りる。

 子どもを仰向けにして服を途中まで脱がせ、いまは顔に耳を当てているラ・コスタに近付き、彼が舌打ちをしたかと思えば、いきなり彼女の鼻を摘んで口を押し当てたのだ。

「な……なにしてるんだ……?」

「人工呼吸、黙っていて!」

 人工呼吸? 呼吸ってのはこう、空気を吸ったり吐いたりすることだろ? それを人工的にするってことなのか? えっとえっと、つまり彼女は溺れて自分では呼吸ができなくなったから、代わりにラ・コスタがしているってこと……だよな?


 その後もラ・コスタは、少女の反応を見ながら胸を圧迫したりしていた。それもなにをしているのか聞きたかったが、そういう雰囲気ではなかった。

 周りには橋の上にいた他の子どもたちも集まり、一心に二人を見守っていた。そして、やがて彼らの願いである少女の帰還は叶えられたのだ。少女は意識を取り戻した。

 彼女が真っ先にしたのは泣くこと、彼女が泣き始めるとラ・コスタはまず周りの子どもに大人を呼んでくるように言った。泣いている彼女に質問をし、答えられるほど彼女が落ち着き、いくつかの返事を得ると、急にやる気を失ったかのような無表情さで立ち上がる。


 近付いてきた彼は、突然の出来事でまだ唖然としている俺から帽子を奪い、中から財布(……いつの間に!)を取り出して俺に押し付け、袖で顔を拭い、残る眼鏡と帽子をずぶ濡れなのもお構いなしに身に付けていた。

 走り寄ってきた男の子が涙でぐちゃぐちゃになった顔で、なにかを言いたそうに口をパクパクさせている。

「サーフ、帰ろう」彼を無視してラ・コスタは水の滴るフッドを被って歩き出した。靴を鳴らし、雫を垂らし、道標をつけながら。

 無視されてポカンと立っている男の子が可哀相だったが、彼はしばらく立ち尽くすとそれを忘れてしまったかのように泣いている女の子のところへ走っていってしまった。


「なあ、俺が川に落ちても助けてくれるのか?」

 財布を握り締めて問いかける。彼は顔を斜めに上げて、愚問だとでも言いた気に口を曲げて微笑んだ。

「岸よりあまり遠くなかったらね」

「遠く?」

「僕はほとんど泳げない」

 さらりと爆弾発言。さっきの川がもっと広かったら、一体どうしたのだろう。それでもあの綺麗な曲線をえがいて飛び込んだのだろうか。魔法を使って助けたりしたのだろうか。謎である。

 足の着かない水に入る機会がなかった俺は、泳いだことなどなかったが、水面を見ていると何故か泳げそうな気がしてならなかった。何の根拠もなく。


「途中で溺れたらどうするつもりだったんだよ。そのときは魔法か?」

「魔法かぁ、その手もあったんだ!」ラ・コスタが指を鳴らし、彼の足元に赤いなにかが現れる。そして、それが熱風を噴き出した。その理不尽な現象は、魔法以外にありえない。「もしものときは、プルーネルに来てもらおうかと思っていたんだけど。彼ならきっと水面でも走れるはず!」その場の勢い的に彼は握り拳を作って言った。その袖は、もう濡れていた形跡もない。

 変な期待をかけられているとも知らない師匠。しかし残念なことに本人にはなにも影響を与えはしないと思われる。


「魔法でお前を泳げるようにはできないわけ?」

「そんな理不尽な魔法ないよ」

 さっき彼が服を乾かした魔法だって、原理の解らない俺から見れば十分に理不尽である。

「ふーん?」

「それにサーフは泳げるから大丈夫」

 なにを根拠に……、笑おうとした。でも笑うために動かそうとした口元の筋肉は逆に醜く引き攣ってしまう。耳元に響く水音。そうか、俺は……


「……月に喰われているのだから、そもそも溺れるはずがない」

 ごうごうと渦巻く水音の中に、彼の声だけが投げ込まれた石のように深く刺さった。広がった波紋が、おかしなことに渦巻く水音を静めてしまう。

 また、笑いたくなった。理解不能だ。ここで普通なら俺はさらに追い討ちをかけられてショックから立ち直れなくなるはずなのに、何で反対に安心しているんだよ全く。

 まあ良いか。

 とりあえず、今日初めて、俺はラ・コスタを尊敬した。彼は力不足の俺とは違って、命を救えてしまうような、そんな奴だったからだ。医者ってやっぱりすごいらしい。

*補足 ポキット:ポケット キャリクタ:キャラクタ

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