【目的】
雨は嫌いだ。
冷たい。雨は体温を奪っていく。天からの恵み、などと例えられているのを聞いたことがあるが、俺にはなにも与えてくれない。ただ、一方的に奪っていかれるばかりだ。
昨夜、やつは夜が終わらないうちに、寝ていた俺を叩き起こした。冷たい雨粒で頬を打ち、自らの存在を主張し、空が見えない、という現実を突き付ける。
事実、ここから見える細長い空は、灰色の分厚い雲に覆い隠されていた。
もし雨粒が涙だとしたら、泣いているのは隠された空だろうか。それとも、空を隠してしまって自己嫌悪した雲のほうだろうか。いや、雲が嬉し泣きしているのかもしれない。
いずれにしろ、泣きたいのはこっちだ。
冷たいコンクリートの壁に背もたれし、空に手を伸ばす。もちろん、この手が空に届くはずもない。
降り止む気配のない雨。温かい季節ではあるが、このまま雨に濡れていれば風邪を引いてしまうだろう。こんな暮らしをしていると、不健康であることくらい煩わしいことはない。
早く、細長く区切られていても良い。青い、青い空が見たかった。
ここは暗くて寒い。ここにまつわる思い出は、どれも陰気なものばかりだ。ただ生きていくことに必死だった。
この、現実的な場所から抜け出して、あの青空に少しでも近付きたかった。
――大嫌いなこの場所。好きでたどり着いたわけじゃない。気が付いたらここにいた。
自分は何故、こんなところにいたのか。それ以前のことは、ごっそりと記憶が抜け落ちたように分からなかった。初めはなにも判らず、言葉を理解できたのがせめてもの救いだったが、どうすれば日々を生き抜いていけるのか、なにも知らなかった。
途方に暮れていた俺に、ここで生きていく術を教えてくれたのは、偶然通りかかった気の良い年上の少年だった。
彼もここで暮らしていて、彼がいなければ、俺なんて野垂れ死んでいたに違いない。彼はブルーと呼ばれていた。それは、彼の眼が青かったからだろう。その色は、空の澄んだ青よりも深い青だった。
ここでは、何人か俺たちみたいなのがいても、何とか生きていくことができた。ものを拾ったり貰ったり、ときには奪ったり。全ては、生きていくために必要だった。
だが、ブルーと呼ばれていた彼は、どれくらいかまえに帰ってこなくなった。彼がどこへ行ったのか、どうなったのかは知らない。
彼がいなくなって、今度は俺がブルーと呼ばれるようになった。初めて呼ばれたとき、とても不思議な気持ちがしたことは、いまでもよく覚えてる。彼のような青い眼をした子どもは、彼以外見ることはなかった。
ここにいる子どもたちは、一体どこからやって来たのだろうか?
きっと、誰もがこんな生活から抜け出したいと考えていただろう。
いや、そんなに大げさなことではない。
俺はただ、『ここ』じゃない『どこか』へ行きたかった。