三話
「――というわけで、私は全人類を殺戮するべく命を受けて――」
現在、僕の部屋である。あの後、鞄は――彼女が引き寄せ、一緒に帰って来た。
本来なら姉さんが一緒に住むはずだったので、一人で住む部屋よりかはかなり広い。
高校も近いし、そんなに都会でもないので、部屋代も安い。
親が居ればこうも簡単に話が進むことはあり得ない。
……多分、ね。多分。放任主義ならぬネグレクトなら有り得るかもだけれど。
彼女の説明によれば、彼女は人類の宿敵として、この地上に舞い降りたらしい。
あるてぃめっとうぇぽん?と尋ねたら『ほぁちゃー』ビンタされた。ひりひりする。
「……てかもみじさん?聞いてます?」
効いてますよ、ビンタ。
「まぁ私が頑張るんじゃないんですけどね」
「……どゆこと?」
「あれ?気付きませんでした?……それとも、気付いてないふりですか?」
にや、という表情で聞いてくる。
ひどく――魅力的な瞳――凜とした美人。
長めの髪に、独特の……少し黒の抜けた髪色。
人類の宿敵なぁ……。
ただの可愛い女の子にしか見えない。
「……さっきの異常な動きの話?」
「やっぱり気付いてましたか」
「……そりゃ誰だって気付くよ、おかしいもん……でも、今は普通だなぁ」
「――まぁ私がスイッチを入れない限り、その魔法は発動されません」
「スイッチ?」
「そう――それこそ、あの全身タイツ『全人類平和維持団体』が狙っていた秘術――『髭伯爵』です」
「……商標でそんなんあったらちょっと困るな」
「そんな!だって、この秘術は歴史を遡ること一万年――」
「いや、別にウソとかそういうことじゃなくてさ」
「ていうか話の腰を折らないで下さいよ……珈琲が欲しいですね」
「はーいはい」
所望されたので台所にたち、お湯をかける。
「ってことは、僕普通じゃないわけ?」
坂道を転げ落ちた性で……。おのれ……バナナの皮め……。
「まぁそうですね。普通ではないですね。とは言え、私がスイッチを入れない限りは、そこら辺の一般人もとい王子様と変わりはありませんよ」
「…………そこら辺の王子ってなに?」
「あれー?」
お湯が沸いたので、用意しておいたマメに注ぐ。珈琲の香りが拡がる。
「てかもみじさん、手伝ってくれるんですか?」
「嫌だけど」
「一行も逡巡せずに断られた!?」
「当然だろ?」
なんで助けちゃったんだろう、というレベルだよ、普通なら。淹れた珈琲を持ち、彼女に渡す。
「でもでもまぁほんのちょっと先っぽだけならダイジョウブですよね!?(ぐにっとな)」
「どうしてそんな事をき――」
「た・え・こ、です。君、じゃなくて(ずずいっ)」
近づかれて――思わず赤面する。体温があがる。ホッペタが熱くなる。
とりあえずそんな自分の状態を誤魔化そうとふいっと珈琲を飲む。
姉さんも美人だけど……いやぁこんなに狼狽するの初めてかも……。
男ってやつぁ……。
「まぁその、人類の殺戮とかそんなんをする気は――ってぇええ!?ナニ、その表情?」
「殺戮?なんです、その物騒な単語」
そんな話聞いたこともなーい、という弱冠イラっときそうな(きょとんとした)表情。
なんて都合の良い奴!
「うそぅ!?この話の冒頭でも言ってたじゃん!しかも魔法少女の述べ口上じゃん!?」
「まぁそれは冗談として」
「冗談なのかよ!?」
タイトルなのに……。
「まぁそのぅ、キャッチコピーとしてのインパクト重視というか……だって!愛と勇気とか変態とどえむ魔法少女とかってありきたりじゃないですか!人類皆、ふにくりっとか、くにくにとかまるまるめちゃめちゃとか、そのぐにゅっとしてくりっとしたあのふにふにをぐっちゃぐちゃに潰すわけじゃなくてですね」
「完全にそのつもりだよね!?違わないよね!?」
とりあえず変態とどえむ魔法少女はありきたりじゃない!……よね?
「さきっちょだけでも聞いて下さいよ」
「その表現間違ってるって!」
妙子が腕を組む。首を捻り、
「……さきっぽ?」
「違う!」
どうしてこんな下的発想を連想させる言葉を話すんだ!?誰の趣味だ!
「……ほほぅ、嫌がりながらも屈服していく様……しかも主人公の男の子がやられる系……案外どどへむさんなんですね、もみじさん」
本を読んでいる……。
いつの間に!?
「それは僕の――!?」
「……なんです?」
にやにやしながら、僕のアダルティッシュ参考書を広げている妙子。
――マジでいつの間に!?
「ほほぅ……こういう系がお好みで」
「いや、その、ってか、おい!」
「あぁ!?まだ勉強中なのに(?)!?止めてくださいへむへむさん!……てかげもんげもん?」
「危険だ!危険すぎるよ!?てかどこの欠番作品!?てかやってないよ!?悪い事!?」
ぜってぇ知ってる。てか絶対解ってやってる。
「……ダメデスよぅ?年齢が法律違反です」
「うぅ、微妙に正論だ……」
オマエが読むのはいいのか、と思ったが、突っ込んだらやり返される気がするのでやめておく。
「突っ込まれたいんですよね?」
「どんな勘違いぃ!?」
てか人の思考を読むな。
「てかそんなもみじさんの特殊性癖の話よりですね――」
「だから違うって!それは――」
「『だ・め・よ?焦っちゃ?』」
近づかれてしなをつけられて、挙げ句流し目で顔が真っ赤になりそうな気がしたので――
「トイレ!」
に、逃げ込むことにした。
「ティッシュ要りますか~?」
「違う!てかある!でも――違う!」
……………………
「お、お帰りなさい……すっきりしました?」
「完全に別の方向性だよね、その質問……それに数秒だよ、さっきと三〇秒くらいしか変わってないよ、時間……視線、合わせろよ……」
「……早いのは嫌われますよ!?(ぽっ)」
「だから違う!」
しまった。自分から燃料を投げ込んでしまっていた。
「で、そんな早くて特殊なもみじさんの話より、その、協力してくれるかどうかについてなんですけど」
「ふんふん」
「まぁぶっちゃけた話、人類を殺戮、だの、虐殺、なんて人類がやっていればいいので、それより、私にはやらなきゃならない事があるんですよ」
「……さっきまでの前振りは?」
「ノリです、ノリ。てか建前?」
「…………」
返す返すもタイトルなのにな……。
「先ほど言っていたのは、一応、建前で、本音は『平和維持団体』のこの地区の支部壊滅にあります」
「支部壊滅……」
これまた随分、ローカルな……。
「てか壊滅?」
「平和ってなんだと思います?」
「そう聞かれても……」
正直、今の状態しか思いつかない。戦争がない状態。生まれてこの方、戦争の状況を味わったことは一度もないので、アニメやら映画の世界でしか知らない。
戦争……。
「戦争状態じゃない状態」
「悪くないですね、まさに。そう言う状態を維持しよう、と考えるのがごく普通の人間です。人類は正しくもないですが、悪くもないんです。どちらか一方に偏る、の方が危険というのはそこら辺の高校生でも解るでしょう」
「まぁ、ね」
平和だからこそわけのわからない喧嘩の売り買いが横行するのもまた事実だよなぁ……と思う。マシンガンを抱えてる人間にわざわざ肩をぶつけにいく人間は居ない。普通。
「さて、まぁ、動物愛護しかり、自然保護しかり、大抵、団体というのは、『生活』というのをベースに考えた場合、かなりの確率で主張が間違ってしまうことが多いのは、もみじさんでも解りますよね?」
「お金が手に入らないことには、話にならないからね」
残念な事に。
「まぁそこのバランスが重要になるんですけど、とにかく、どうもその『平和維持団体』の練馬支部に厄介なヤツが来たみたいでしてね」
机の上に魔法陣が浮かび上がり――立体映像が浮かび上がる。
「――すげっ!?」
「これくらいは普通です。それより、これを見て下さい」
やはりリアルに彼女は普通じゃないらしい。
映像が流れ出す。
隣に座る彼女の女の子特有のあの良い香りにドキドキする。
そこには、ごく普通に町並み、地元の商店街が写されており、たい焼きを注文している彼女、手元にはたこ焼きがある。はふはふしながら幸せそうな笑顔で……この映像が――
「あ、しまった。これは違いますね」
「なにが?」
違ったらしい。
まぁ……違うだろうなぁ……。
「いやいや、失敬失敬、こっちです」
そこにはレンタルCD屋でアダルトDVDを熱心にあさっている僕の姿が――
「ってこらぁ!?ナニ、この映像!?此処どこ!?」
「あ、間違えた。失敬失敬……これは保存用でしたね」
「いや、失敬じゃなくて流出問題でしょぅ!?これ!?てかナニ!?その保存用って!?」
「まぁまぁ、ちょっと軽くはかーしてみただけなんで気にしないで下さいよ」
アメリカじゃないんだからそんな電子器具で映像管理してねえよ、と思ったが、黙っておくことにする。
ちなみにハッカーなのか、はかーなのか、それとも吐かしてみたのかは知らない。
てかクラックじゃねえよなぁ……?
「あぁ、出ました、出ました、この人です」
「堕天使!?」
「あぁ、まぁ見たまんまそうですよね……」
非常に心苦しそうにそういうコメントをする。なんだ?
「えっとこのまぎ……堕天使――かず――ミカエルは――」
「かずミカエル!?」
「いやいや、違います。かずたろ――じゃなくてミカエルは、その――まぁちょっと面倒くさい方向に道を間違っちゃいまして……」
堕天したらしい。で、ついでに『じゃあもうアッタマきた!平和なんてぶっ壊してやる!』ということで、『平和維持団体』に潜り込み――
「破壊活動をしようとしているようなんです」
「……でも、平和維持なんじゃないの?」
「……まぁ其処はそれ、なんとも言えないんですが、大抵の団体はそういう危ない所があるんですよ」
まぁ言い方を変えれば納得、というのはいつでもどこでもあるからなぁ。
全裸になる勇気――みたいな。
変態である――勇気……いや、別に僕がそうとかそういうことじゃなくてね?
「……HPもある」
パソコンに打ち込むと
「堕天使ミカエルの日常と平和……」
まふー(MAHOO!)のトップに来た。
アイタタタ、と言いながら妙子は頭を抑える。
「えー、なになに、瞳は――」
「ちょ!もみじさん!止めて!すとっぷ!ストオオオップ!」
「いやいや、敵を知り、己を――」
「いや、それもそうですけれど――」
バタバタ。やいのやいの。
どうやら――突かれると痛いところらしい。
「とにかく!うちの兄――ではなく、そう、堕天使をやっつけるために協力してください!」
そして――あまり触れられたくもないらしい……。
「いや……で、なんで殺戮?」
「最終的に人類はをちょめちょめするのは私ですから」
ちょめちょめは違う気がするけど……。
「それでなんで止めんの?」
「……いやまぁ、それはそのぅ……ね?……王子様が……」
「?」
なんか呟いていたが聞こえない。ずずず、と珈琲を飲んでいる。
変なヤツ。
「……あと、ついでと言ってはなんですが――」
「……ナニ?」
「私、スイッチと足止め以外といくつかの魔法を除いて、はっきり言って戦力的にはいまいちなので気にしないで下さいね」
可愛い笑顔でさらっと言う。
「……そりゃ仕方な……――仕方なくないよね!?どゆこと!?」
騙されるところだった!
「だからぁ……髭伯爵以外、私目立つ魔法ないんですよ……」
「そんなんで人類を殺戮!?」
「むぅ……まぁそれはその時が来たら考えますんで。今やるならもみじさんを使いますがね」
いい加減だ!いい加減すぎるヤツだ!
「……てか天使?」
「そうで――いや、人間です」
これまた壮大にとってつけたな。
「いやいや、人間て大変なんですよ?夏は暑いし、冬は寒いんでしょ?下着はつけないといけないし、もう全く、やってられないですよ」
ホントに盛大にとってつけたな。
「さて、人間はエロDVDのコーナーをうろつかないといけません、さあ!行きましょう!」
行きましょうじゃねえよ。
「てか!そう、もみじさん!そう言えば本題を忘れてました!というわけで一緒に支部を潰しに行きましょ!」
さりげなく本題も混ぜ込んできた。どうやら、なかなかの手練れのようだ。
「マジで?」
「マジですよ?」
というわけで、明日、学校帰りに支部壊滅を図ることになった。