憧れの生徒会長はテロリスト!
ーーー僕は、テロリストだ。
貴族が通う学園、その中の生徒会室の一室で、今日も僕は写真を見つめる。
「今日も婚約者の写真を眺めているんですか? ゼスィア会長」
僕の右腕にして、学園の生徒会副会長アレン。
写真を見ていると、彼はいつもおちょくってくる。
「まあね。僕の女神は、何度見ても飽きない」
「あんまり愛が強すぎると、セレナ嬢から引かれちゃいますよ?」
「愛に惹かれるよりも、引かれる愛の方が魅力的だと、僕は思うな」
「おお〜、なんだかよくわかりませんが。・・・・・・セレナ嬢のどんな所を愛してらっしゃるんで?」
「胸がでかいところかな」
「・・・・・・引きました」
そんな軽口を叩きながら、一枚の写真に隠された情報を隅々まで確認する。
皮膚に締め付けられた跡などはないか。
表情から健康状態に違和感がないか。
周囲の背景におかしな痕跡はないか。
「・・・・・・黒だな」
「何がですか?」
「下着がね」
「セレナ嬢のですか!?」
アレンはギョッとしてこちらを向く。
「く、黒・・・・・・」
その目には好奇心が宿り、ちゃんと18歳らしく興奮している様だった。
「残念だけど、これは僕だけが見ることを許されている。アレン」
「わ、分かってますよ・・・・・・」
そういう彼の表情は、飯を抜かれた犬の様にしょんぼりしていた。
全く可愛い奴である。
「人の婚約者のパンツに想いを馳せる暇があるなら、さっさと今日の仕事を終わらせなよ」
生徒会室の真ん中に設置された大きな机に目を向ける。
大人二人が大の字になっても余裕があるほど大きな机の上に、ぎっしりと積み重なった書類の山。
生徒会の仕事の多さは、教師にも引けは取らないだろう。
「あ、ゼスィア会長。またアボドレアでヤトノスガラが事件を起こしたみたいですよ」
新聞クラブの作った新聞を眺めながら、アレンはハァとため息を溢している。
「ああ、確か、夜会パーティーを襲撃したんだってね」
「ほんと、ああいう連中ってどんな生き方したら、こんな酷いこと出来るようになるんですかね」
「さぁね。僕達には関係のない・・・・・・気にする価値もない事だよ」
パラパラとクラブ費の会計帳簿をめくっていくと、経費の計算間違いが目についた。
「アレン。昨日の演劇クラブで渡された経費、間違ってたから修正仕訳入れておいて」
「はーい。あ! これ、ヤトノスガラ役の為の衣装ですよ」
「次の演劇、ヤトノスガラが出てくるのかな?」
「らしいですよ。なんでも、最近いろんなところで話題になってるから、観客に刺さりやすいとかなんとか。悪事が絶えない連中ですからね〜。貴族を襲っては身を眩ませて・・・・・・。どこまでも卑怯な奴らですよ」
苦虫を噛み潰したような顔で眉間にシワを寄せるアレン。
正義漢である彼らしい言葉に思わず笑ってしまった。
「ハハ。・・・・・・そうだね。卑怯な人達だ」
「笑ってますけど、ゼスィア会長も襲われないように注意してくださいよ? あんまり運動得意じゃないんですし」
「僕はどうでもいいよ。セレナさえ無事で居てくれたら」
「ほんと、セレナ嬢一番ですね。巨乳大好き男のくせに」
「勘違いしない様に言っておくが、僕は単なる巨乳好きではないんだよ。セレナのおっぱいだからいいんだ。あの弾力、張り、形、そして滑らかな触り心地。その全てが最高なんだよ」
「ゼスィア会長って、他の生徒からはイケメンアイドルって感じで憧れられてるのになぁ」
何やら残念そうな顔をしているが、まあいいだろう。
セレナの愛を語り始めてしまった時点で、僕はもう止まれない。
「仮に100人の巨乳をズラリと並べたとしよう。そしてこんな問題が出されたとする。この中で、セレナのおっぱいはどれ・・・・・・」
「そんな集団セクハラ問題出されませんよ、絶対」
「僕は間違いなく! この手に彼女の乳房を触れさせた瞬間、彼女がセレナだと分かる! 断言出来る!」
「そんな語気強めて言われても・・・・・・」
「何故断言できるのかって? 簡単な理由だよ」
「まだ続いてた!?」
「それは僕が、彼女のむn」
ーーーバァァァァンッ! という轟音が生徒会室に響き渡る。
音の主、部屋の扉を力一杯開け放った者は、僕の事をキッと睨む。
「先程から大きな声で、なんてことを話しているのですか!!」
女神の如く可愛らしい少女が、羞恥に声を張り上げていた。
その少女の名前はセレナ。
僕の愛しの婚約者。
「やぁ、セレナ。今日もこの世で一番綺麗だ。今すぐ結婚できないことが残念なほどに」
「ゼスィア様! 私は怒っているのですよ?」
「処罰は何なりと・・・・・・」
「へ!? あ、いや・・・・・・処罰が必要なほど怒ってはおりませんわ。私はただ」
「恥ずかしかった、かな?」
「そ、そうです!」
「恥ずかしがるセレナを見れたから、僕は満足だ」
眼福眼福・・・・・・と嬉しくなっていると、突然ブチッと何かが切れる音がした気がする。
はて、アレンの制服でも破れたかな?
「・・・・・・フフフ」
「セレナ?」
何故か女神が微笑み始めた。
いつもの可愛らしい笑顔とは違う、なにかを悟ってしまったかの様な笑い。
けれどそんな顔の彼女を見たのは久しぶりで、つい嬉しくなって口が勝手に動いてしまう。
「ああ。目だけが笑ってない顔も、最高に可愛い」
「・・・・・・・・・・・・」
「もちろん怒った顔も、好きだ」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
「でもね。恥ずかしがる君の顔は、もっと大好きなんだ」
「・・・・・・お説教です」
静かに呟いた少女は徐に僕の首根っこを掴むと、予想だにしないほど力強い手で僕の体をひきづっていく。
ズルズルとなす術なく引っ張られる僕は、さながら親猫に運ばれる子猫みたいになっているだろう。
もう今日の生徒会の仕事は、セレナの部屋でやるしかないかな・・・・・・。
「すまない、アレン。今日はここまでの様だ」
「・・・・・・でしょうね」
何故かアレンがげんなりした表情で頷いた。
「申し訳ありません、アレン様。この方とお話ししないといけませんので、今日は失礼させて頂きます」
「大丈夫です。こっちは俺がなんとかしますので・・・・・・」
セレナは副会長にペコリとお辞儀すると、ぐいっと僕を引っ張った。
自分たちの会話をアレンには聞かせたくないからか、ドアもしっかりと閉め、早歩きで生徒会から離れていく。
襟を掴まれている僕も、当たり前だが彼女と一緒に連れて行かれる。
「・・・・・・・・・・・・」
カツカツと天井の高い廊下に足音が響き渡った。
あたりはもうすっかり夕方となり、真っ赤な夕日が僕達を照らす。
「いくら婚約者だからと言って、あの様な破廉恥な会話など、よろしくありません」
ブツブツと不満を漏らす少女。
もう処女ではないのに、生娘の如く恥ずかしがる彼女は可愛くて仕方がない。
「セレナ・・・・・・顔、赤いよ?」
「ふえ!?」
バッと慌てて頬を触れるセレナ。
可愛い。
やはり女神。
「ま、まだ赤いですか!?」
「どうだろう。適当に言ったことだし」
また怒られるかな?それとも恥ずかしがってくれるかな?
そんな事を期待して、彼女の反応を心待ちにしていると、
「・・・・・・・・・・・・もう、・・・・・・バカ」
「・・・・・・」
見てくださいよ。
これが僕の未来のお嫁さんですよ?
信じられますか?
もう最高ですとしか言えません。
ありがとう、世界。
僕達はしっかり後世に種を遺す事を誓います。
「そう言えば、どうして私のお・・・・・・胸の話ばかりしてたの?」
「ああ、それは・・・・・・セレナの下着の話になって、その流れでいつの間にかね」
「待って・・・・・・。じゃあ何で私の下着の話になったの?」
「この写真を見てた時に、君のことが頭に浮かんでさ」
「写真?」
彼女に写真を見せる。
それにはボロ雑巾の様な服を着た小さな女の子が写っている。
表情に正気はなく、栄養失調で今にも倒れてしまいそうな痩せ細った少女の写真だ。
婚約者様は怪訝な顔をした。
「この子は誰なの?」
「先日、ボランティア活動中に保護した子。セレナと同じ髪色だろう?」
「そうなんだ。相変わらずボランティアも頑張ってるのね。・・・・・・凄いわ」
「愛する君と僕の未来の為さ。当然だよ」
そう。
僕達の未来の為の投資活動。
愛のボランティア。
「私も、何か手伝えることはある?」
「ありがとう。でも、多分頼めないかな」
「どうして?」
「色々理由があってさ」
ごめんね。
だって、そのボランティア団体の名前を教えるわけにはいかないんだ。
「私、多少汚れたって平気よ?だから少しは手伝えると思うんだけどな」
「ああ、好きだ」
「聞いてる?」
ダメなんだ。
もし手伝ったら少しの汚れじゃ済まないから。
これから先、新しい命を育む母となる君の手を、真っ赤に染めるわけには行かないだろう?
「ねぇ・・・・・・。もしかしてだけど、危ないこととかしてない?」
「してないよ」
してるよ。
「悪いことじゃないよね?」
「もちろん」
アレンにはだいぶ嫌われてたな。
「本当に大丈夫なの?」
「当たり前じゃないか」
バレたら終わりだね。
だって誰も予想しないだろうし。
生徒会長で、上級貴族で、婚約者がいて。
そんな僕が本当は、
ーーーテロリストだったなんてさ。




