(完結)第30-2話 グランドオープン(後半)
【オープニングセレモニー】
午後2時。
ホテル前のグランドステージ。
数千人の招待客が集まっていた。
日本とインドネシアの両国政府関係者、国連関係者、国際金融機関、建設業者、技術者、料理人、航空会社、インフルエンサー——。
このプロジェクトに関わった、全ての人々。
ガムラン音楽が響き渡る。
ゴング、クンダン、ススール——金属の音色が空気を震わせ、心臓の鼓動と共鳴する。音が、波のように会場を満たしていく。
レゴンダンスとバロンダンスの踊り手たちが、華やかに舞い踊る。金色の衣装が太陽の光を反射し、眩しいほどに輝く。踊り手の指先が描く優雅な曲線。その一つ一つの動きに、バリの魂が宿っている。
プダンダ(高僧)が、ムルカット(浄化の儀式)を執り行う。聖水が撒かれ、お香の煙が立ち昇る。
フランジパニの花の甘い香りが、風に乗って広がる。お香の少しスパイシーな香りと混じり合い、聖なる空気を作り出す。
そして——。
トータルコーディネーターの鳴子が宣言した。
「それでは、プロジェクト統括責任者、子田賢氏より、オープニングスピーチをいただきます」
会場が、静まり返った。
賢が、ゆっくりとステージに歩み出た。マイクの前に立ち、深く一礼した。そして——静かに、しかし確かな声で語り始めた。
「皆様、本日は、お集まりいただき、誠にありがとうございます」
賢が会場全体を見渡した。
その視線は、一人ひとりの顔を、確かめるように辿っていった。
「まず——このオープンまでに尽力をされた、全ての皆様に、心から感謝を申し上げます」
賢の声に、深い誠意が滲む。
「料理人の皆様——あなた方は、食材一つひとつに魂を込めてくださいました」
「建設業者の皆様——あなた方は、一本一本の柱に、誇りを刻んでくださいました」
「技術者の皆様——あなた方は、このインフラに、未来を織り込んでくださいました」
賢が、会場のそれぞれの席を見つめていく。
「政府関係者の皆様——困難な調整を、粘り強く進めてくださいました」「金融機関の皆様——リスクを恐れず、この夢に賭けてくださいました」「航空会社の皆様、インフルエンサーの皆様——世界とバリを繋ぐ架け橋を、築いてくださいました」
賢が、深く頭を下げた。
「そして、このプロジェクトに関わってくださった、全ての皆様——」
「本当に、ありがとうございました」
会場が、静まり返った。数秒間の沈黙。
その沈黙が、言葉以上に重く響いた。
賢が顔を上げ、続けた。
「そして——私は、今、とても感慨深い気持ちでいます」
賢が、ゆっくりと会場を見渡した。
「これほど多くの、多種多様な企業や人々が——」
「日本から、インドネシアから、世界中から——」
「料理人、建設業者、技術者、政府関係者、金融機関——」
賢が、言葉に力を込める。
「それぞれが異なる言語を話し、異なる文化を持ち、異なる価値観を持っている」
「しかし——」
賢の声が、会場全体に響く。
「我々は、一つになることができました」
「国境を超えて、業界を超えて、専門性を超えて——」
「こんなにも大きなプロジェクトを、共に始めることができました」
賢が、深く息を吸った。
「それは——決して、簡単な道のりでは、ありませんでした」
会場が、賢の言葉に引き込まれていく。
「最初は半信半疑の人も多かった」
「反対意見を出す人も多くいた」
「技術的な困難にも直面した」
賢が続けた。
「しかし——我々は、対話を重ねました」
「互いを理解しようと努めました」
「知恵も出し合い、努力も重ねました」
「そして—— 多くの困難を乗り切り、 信頼関係によって強く結ばれ、志を一つにしました」
賢の声に、感動が滲む。
「それが——今日、ここに立つ我々です。本当に素晴らしい日を迎えることができました」
会場から、小さな拍手が起こり始めた。
賢が、静かに手を上げ、拍手を制した。
「しかし——」
賢の声が、力強くなった。
「今日のオープニングは、終わりではありません」
「これは——始まりです」
賢が、マイクの前でまっすぐに立った。
「この旅は、長い旅になるでしょう」
「10年、20年、30年——次の世代、その次の世代へと、続いていく旅です」
会場全体が、息を呑んでいた。
賢が、さらに続けた。
「これから——良い時もあるでしょう」
「訪れる方々が、このリゾートを愛してくださる時」
「新しいサービスが、多くの笑顔を生む時」
「我々の取り組みが、世界から評価される時」
賢が、微笑んだ。
「その時は——皆で、喜び合いましょう」
「その喜びを、分かち合いましょう」
賢が、率直に語った。
「しかし——悪い時も、必ず訪れます」
「予期せぬトラブルが起きる時」
「期待に応えられず、批判を受ける時」
「自然災害や、経済的な困難に直面する時」
賢の声が、より真剣になった。
「その時は——皆で、助け合いましょう」
「一人で抱え込まず、共に考えましょう」
「今まで我々がそうしてきたように——」
賢の声が、より力強くなっていく。
「そうして——このリゾートを、より良いものにしていきましょう」
「日々改善し、日々進化させていきましょう」
「訪れる方々に、より深い感動を届けられるように」
「地域の方々に、より大きな誇りを感じていただけるように」
「そして——世界に、このリゾートの良さを届けましょう」
賢が、会場全体を見渡した。
「ここには、クリーンエネルギーがあります」
「ここには、最先端の技術があります」
「ここには、世界最高の料理があります」
「そして——ここには、バリの美しい文化があります」
賢の声が、熱を帯びてくる。
「しかし、最も大切なのは——」
「ここには、人の心があるということです」
「多様な人々が、互いを尊重し、共に創り上げる——その心です」
会場全体が、賢の言葉に聞き入っていた。
「このリゾートから——世界へ、メッセージを発信しましょう」
「異なる国、異なる業界、異なる専門性を持つ人々が——」
「一つになって、共に創り上げることができる。そしてそれがこんなにも美しいものになる」
「そのことを——世界に、示していきましょう」
「そして——世界中の人々に、夢と希望を与えていきましょう」
賢が、会場全体を見渡し——。
最後の言葉を、静かに、しかし確かに紡いだ。
「——我々は一つの大きなチームです」
「その固い絆が今日結ばれました。そしてその旅は——今、ここから、始まります」
賢が、深く一礼した。
会場が——沈黙に包まれた。
誰もが、賢の言葉の重みを、噛み締めていた。
そして——次の瞬間——。
会場全体が、爆発するような拍手に包まれた。
全員が立ち上がる。
スタンディングオベーション。
拍手が、鳴り止まない。
日本の政府関係者が、インドネシアの大臣が、ADB副総裁が、国連代表が——全員が、拍手している。
料理人が、建設業者が、技術者が、航空会社の担当者が、旅行代理店の社員が、インフルエンサーが——。
全員が、心から、拍手していた。
鯨岡社長が、雲居社長が——二人とも、拍手しながら、誇らしげに微笑んでいた。
そして——。
賢が、もう一度深く一礼した。
ゆっくりと顔を上げた。
その眼には、涙が光っていた。
【エピローグ——夕暮れの誓い】
オープニングセレモニーが終わり、夕暮れ。
バリ島の海岸。
十二支の仲間たち——子田賢、牛田誠、虎山威風、兎野理子、龍雲昇天、蛇原静香、馬場疾駆、羊谷和奏、猿田新々、鶏鳥鳴子、犬塚潜在、猪野勇進——十二人だけが、波打ち際に立っていた。
夕日が、海を赤く染めている。
勇進が、遠くのホテルを見つめながら言った。
「本当に……やり遂げたんだね」
威風が口を開いた。
「俺たち……本当に素晴らしいチームになったな」
全員が、威風を見た。
牛田が頷いた。「正直、ここまでのプロジェクトをすることになるとは思ってもいませんでした」
鳴子が続けた。「そう、バリでこんなことをしているなんて、まるで夢のよう」
賢が深く息を吸った。
「そうですね。でも——我々が素晴らしいチームになれた理由、それは——」
賢が全員を見渡した。
「それぞれが自分の弱さを、さらけ出したからだと思う」
意外とも言える言葉だったが、全員が静かに頷いた。
新々が頭を掻いた。「俺は……独断で炎上騒ぎを起こしちまった。あの時、みんなの前で泣いた」
潜在が小さく言った。「僕は……休職から復帰した時、自信がなくて、震えていました」
勇進が力強く言った。「俺は……10年7回失敗した。何度も諦めそうになって、弱音を吐いた」
和奏が優しく微笑んだ。「私は……なだめることしかでずに、相手を怒らせてしまった」
鳴子が真剣な表情で言った。「私は……失敗する恐怖から攻撃的な言動をしてしまった」
威風が腕を組んだ。「俺は……強引すぎて、反発を招いていた」
理子が照れたように言った。「私は……逃げてばかりで言うべきことを言えなかった」
昇天が頷いた。「私は……カリスマだけでは通用しないことを思い知らされた」
静香が静かに言った。「私は……感情を持たずに人間分析することが正解だと思っていた」
疾駆が明るく笑った。「俺は……リゾートで資料を全部壊してしまった!」
牛田が微笑んだ。「私は……地道すぎて、決断や分析が出来なかった」
賢が深く息を吸った。
「そして僕は……効率と速さだけを追い求め、一人一人の心が見えていなかった」
賢が全員を見渡した。
「我々は——不完全で、弱かった。でも——それを受け入れ合い、ありのままの自分自身をさらけ出し合い、認め合った」
「その信頼が、土台になった」
賢の声が、より力強くなっていく。
「そして——その土台の上で、我々は個性を存分に発揮できた」
そして一人一人の目をみて言った。
「その結果——これほど大きなプロジェクトを——成し遂げることができた」
全員がお互いを見つめ合い、力強く頷き合う。
その時——賢のスマートフォンが鳴った。
画面には、「青天澄香」の文字。
賢が電話に出る。「はい、子田です」
澄香の声が、興奮を抑えきれない様子で響いた。
「賢さん!大変です——いえ、素晴らしいニュースです!」
「どうしたんですか?」
「バリ島プロジェクトの成功を受けて——更に大きな案件が舞い込んできました!」
賢の目が見開かれた。
「更に大きな……?」
「はい!規模は——バリの3倍です!来週、インペリアルスカイグループの本社で、詳細をお話しします!」
賢が深く息を吸った。
「分かりました。チーム全員で伺います」
「お待ちしています!」
電話が切れた。
全員が、賢を見つめている。
賢が、ゆっくりと顔を上げた。
「みんな——次のプロジェクトが、来ました」
全員の目が、輝いた。
威風が拳を握った。「内容は?」
賢が答えた。「詳細は追ってとのことですが、規模はバリの3倍です」
威風が驚いて言った。「…それだけの規模。それは戦略の立て甲斐がありますね」
疾駆が叫んだ。「マジですか、また新しい風を吹かせないとですね!」
新々が興奮して言った。「1兆5000億円規模、世界が変わるアイディアを出したいですね!」
理子が冷静に計算した。「その規模なら……国家レベルのプロジェクトです。慎重に進めましょう」
昇天が微笑んだ。「私のカリスマがまた世界に向かって輝くときです」
勇進が大きく頷いた。「今回も絶対に諦めずに取り組みましょう」
潜在が静かに言った。「私自身も更に成長して皆さんに貢献していきます」
鳴子が冷静に言った。「スケジュールは私が完ぺきに組みますね、任せてください」
和奏が優しく微笑んだ。「世界の人の心が一つになるような取り組みにしたいですね」
静香が穏やかに言った。「人と人が繋がるように、確りと心を込めていきましょう」
牛田が落ち着いて言った。「焦らずに、信頼を得ながら、一歩ずつ確実に進みましょう」
賢が全員を見渡した。
「それでは、次のプロジェクトに向かって、いつものやつ、やりましょう」
全員が頷き、手を伸ばして合わせた。そして大きく叫んだ。
——
「One for all, All for beyond!!」
——
その声が、一つになって天へ昇る。
インド洋に沈む夕日が、黄金色から深紅へと染まっていく。水平線が燃えるように輝き、海と空の境界が溶け合う。
遠くに見えるブル・ガルーダ グランドホテルの白亜の建物が、沈む直前の光を受けて、まるで祝福のように輝いている。
その美しい景色を12人は暫く見つめていた。
お読みいただきありがとうございました。
お陰様で無事に書き終えました。
初小説でしたので、書き終えて感無量です。
少しでも楽しんでいただけたのなら幸いです。
是非とも、いいねやコメント、評価の方、宜しくお願いします。




