第3話 最初の壁
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登場人物紹介
子田賢 - ネズミ。プロジェクトリーダー。
全体を俯瞰し優れた分析力と観察力を持つ。
牛田継続 - ウシ
着実に前進する実行力と信念を持つ。
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前半
——エレファントモーター問題発覚から四週間後。残り時間:八週間。
新しい連携体制が動き始めた。設計部門と製造部門の合同会議が開かれ、情報共有のルールが決まった。現場の作業員たちも、変化を感じ始めていた。
「少しずつ、良くなってきました」工場長が報告した。「設計変更の連絡も、ちゃんと届くようになりました」
賢と牛田は、小さな成功を喜んだ。しかし——
「問題は」賢がデータを見せた。「納期遅延は改善してきています。でも、品質クレームが——まだ減っていない」
牛田が資料を見つめた。「品質検査の体制に、まだ問題が残っているということですか」
「そうです」賢が頷いた。「検査漏れが、依然として発生している。この原因を——あと八週間で解決しなければ」
その時、賢の携帯が鳴った。エレファントモーターの象山部長からだった。
「子田さん、また品質問題が発生しました」象山部長の声は、冷たかった。「二週間前に納入された製品に、不良品が見つかりました。これで——何回目ですか?」
賢の顔が青ざめた。「申し訳ございません。すぐに調査して——」
「三ヶ月の猶予を差し上げましたが」象山部長が続けた。「残り二ヶ月で、本当に改善できるんですか?正直、不安になってきました」
電話が切れた後、賢は椅子に崩れ落ちた。
「また……失敗した……」
牛田が賢の肩に手を置いた。「子田さん、諦めるのは早いです。まだ、八週間あります」
「でも!」賢が叫んだ。「連携体制を直して、納期は改善した。でも、品質は——まだダメなんです。私の分析が——間違っていたんでしょうか」
牛田が静かに言った。「間違っていたのではありません。ただ——まだ、全ての問題を見つけられていないだけです」
「もう一度、現場に行きましょう。今度は、品質検査のラインを」
——
翌日、二人は品質検査室を訪れた。そこでは、検査員たちが黙々と製品をチェックしていた。
「一日に何個、検査するんですか?」賢が聞いた。
「約500個です」年配の検査員が答えた。「一個あたり、だいたい30秒で——」
「30秒?」牛田が驚いた。「それで、全ての項目をチェックできるんですか?」
検査員が苦笑した。「正直に言えば——厳しいです。検査項目が20個あって、それを30秒で。でも、生産ラインのスピードに合わせなければならないので——」
賢の頭に、電流が走った。
「これだ……」賢が呟いた。「検査員が悪いんじゃない。検査時間が——足りないんだ」
牛田が頷いた。「生産効率を上げるために、検査時間を削っている。その結果、検査漏れが——」
「でも、どうすれば」賢が考え込んだ。「検査時間を増やせば、生産効率が下がる。コストが上がる。会社の状況を考えると——」
牛田が言った。「もう一つ、方法があります」
「検査項目を、本当に必要なものだけに絞る。20個全てをチェックするのではなく、本当に重要な項目だけを厳密にチェックする」
賢の目が輝いた。「それだ!効率と品質、両方を——」
後半
その日から、賢と牛田は検査項目の見直しに取り組んだ。
20個の検査項目を一つ一つ分析する。「これは本当に必要か?」「これは別の項目でカバーできないか?」「これは重要度が高いか?」
そして——検査員たちの意見も聞いた。「どの項目が一番重要ですか?」「どの項目で不良が多いですか?」
データと現場の声を組み合わせて、賢は新しい検査基準を作り上げた。
20個の項目を——10個の「重要項目」に絞る。そして、その10個を徹底的にチェックする。検査時間は変わらない。でも、精度は——大幅に向上する。
「これなら、できます」検査員たちが笑顔で答えた。「30秒で、しっかりチェックできます」
しかし——問題が起きた。
新しい検査基準を品質管理部門に提案したところ、部長が激怒したのだ。
「検査項目を減らすだと?」品質管理部長が怒鳴った。「品質を軽視する気か!」
「いえ、そうではありません」賢が説明した。「重要な項目に集中することで、むしろ品質が——」
「黙れ!」部長が資料を叩きつけた。「君たちは何も分かっていない。品質とは、全ての項目を守ることだ。一つでも減らせば、それは妥協だ!」
賢は言葉を失った。論理的に説明しようとしても、感情的な拒絶に——対応できない。
その時、牛田が静かに立ち上がった。
「部長」牛田の声は穏やかだった。「あなたは、品質を大切に思っている。それは、本当に素晴らしいことです」
部長が牛田を見た。
「私たちも、同じです。品質を守りたい。お客様に、良い製品を届けたい。その思いは、あなたと同じです」
牛田が続けた。「でも——今の検査体制では、検査員たちが限界を超えている。そして、その結果、検査漏れが起きている。これは——本当に品質を守っていると言えるでしょうか」
部長の表情が、わずかに変わった。
「私たちの提案は、品質を諦めることではありません。限られた時間の中で、最も重要な項目を確実にチェックする——それが、現実的な品質管理だと思うんです」
「お願いします」牛田が深く頭を下げた。「一ヶ月だけ、試させてください。もし結果が悪ければ、すぐに元に戻します」
長い沈黙の後——部長が小さく頷いた。
「……一ヶ月だけだ。結果が出なければ、即座に中止する」
——
会議室を出た後、賢は牛田に言った。
「牛田さん……また、助けられました。私は——論理で押し通そうとして、失敗した」
牛田が微笑んだ。「いえ、子田さんの論理があったから、私は心を込めて話せました。二人だから——できたんです」
賢は思った。自分一人では——何度も壁にぶつかっていた。でも、牛田がいる。二人なら——乗り越えられる。
新しい検査基準が導入された。そして——一週間後。
「不良品の検出率が、20%向上しました!」検査室から報告が入った。
賢と牛田は、思わず抱き合った。
「やった……やったんだ……」
小さな成功。でも——確実な一歩。
残り時間:六週間。エレファントモーターへの報告まで、あと少し。
二人は、希望を感じていた。
続く
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