第26-2話 ガストロノミーツーリズム(後半)
後半
和奏が冷静に言った。「落ち着いて。みんなで考えましょう。二つの問題は別々に見えるけれど、何か関連があるかもしれない」
五人は一つのテーブルを囲んだ。天野が食材調達の資料を、美咲が情報漏洩の報道を、それぞれ中央に置いた。
数分間、誰もが黙って考えていた。
そして——疾駆が顔を上げた。目が輝いていた。
「みんな、合わせ技で考えるんだ」疾駆が言った。
「合わせ技……?」和奏が尋ねた。
疾駆が興奮して説明し始めた。「僕たちは『食材を運んでもらう』って考えてた。でも——合わせればいいんだ。『観光客を運んでもらって、そのついでに食材も載せてもらう』んだ!」
天野が目を見開いた。「なるほど……航空会社に増便をしてもらい、その貨物スペースに高級食材を載せてもらう」
疾駆が言った「もともと多くの観光客に来てもらうために増便のお願いをするつもりだった。そして、そのついでにこの食材問題は解決できそうということです。お客さんと食材、二つを分けて運ばなくて良い」
「それだけじゃない」疾駆が続けた。「その食材を運ぶ権利を『独占供給権』として、1社だけに与える。複数の航空会社に競争入札させれば、最高の条件を引き出せます!」
新々が頷いた。「面白い。食材問題を、航空会社の競争に転換するんですね」
疾駆が説明する「その通りです。競争心を掻き立たせることで、魅力的なプロジェクトと思わせる。といっても、実際魅力的なプロジェクトなんだけどな」
天野が言った「早速、競争入札の資料を作成します」
和奏に言った。「ありがとうございます。これで食材調達問題の方は道が開けましたね」
新々が 言った「あとは情報漏洩の問題ですが——これは、チャンスかもしれません」
美咲が驚いた。「チャンス?どういうことですか?」
新々がホワイトボードに立った。「情報が漏れた。普通なら危機です。一方で……」
彼は素早く図を描き始めた。
「世界が注目している——これはポジティブ要因です。これを利用するんです。ドキュメンタリー番組『世界のシェフ、バリ島の奇跡』を制作します。でも、完成後に放送するんじゃない。今から、毎週配信するんです!」
美咲が目を見開いた。「今から毎週?それは——リスクが高すぎます」
新々が笑った。「そうです。でも、それが逆に信頼を生むんです。完璧な広告じゃない。本物のストーリー、本物の挑戦——失敗してもいい。それを隠さずに、悩みも含めて全て見せる」
疾駆が頷く「確かに最近は、人々は完璧なものより、人間臭い挑戦に共感するな」
美咲が頷いた。「なるほど、納得です。有名You Tuberの動画はそんな感じですよね。インペリアルのメディア部門に動いてもらいます」
和奏が微笑んだ。「疾駆さんの発想と、新々さんの最新の動向を捉える目で、素晴らしい案ができましたね。早速明日から取り組みましょう」
—— 翌日から、五人は一つのチームとして動き始めた。
天野は、疾駆のアイディアを形にするため、航空会社向けに3日間かけて完璧なプレゼン資料を作成した。市場データ、需要予測、リスク分析、収益シミュレーション——全てが完璧に整理されていた。
同じ頃、美咲は新々のドキュメンタリー企画を形にするため、配信プラットフォームの確保やSNS戦略を練っていた。撮影スケジュール、配信計画——全てが詳細に描かれていた。
新々も、天野のプレゼン資料を見てアドバイスした
「航空会社へのメッセージにドキュメンタリーの話も入れましょう。観光客が增える根拠になります」
疾駆も、新々の企画書を見て提案した。「ドキュメンタリーに航空会社のロゴも出せば、協賛金を引き出しやすくなる」
【第1週】
月曜日、午前9時。疾駆、天野、和奏の三人は、航空会社A社のオフィスに向かった。
会議室には、A社の経営企画部長、営業部長、貨物部門責任者——計5名が座っていた。疾駆が資料を開いた。
「世界4人のトップシェフが、バリ島に集まります。アンドニ、ピエール、マッシモ、小林——彼らの料理を求めて、世界中から観光客が押し寄せるでしょう」
天野がデータを示した。「初年度、予想来客数——年間15万人。平均滞在日数5日。往復航空需要——30万席。これは、御社にとって巨大なビジネスチャンスです」
A社の部長が尋ねた。「この4人、よく集めましたね。で、御社は何を求めているんですか?」
疾駆が答えた。「週10便以上の増便。そして、貨物スペースに高級食材を載せていただきたい。ロシア産キャビア、イタリアの白トリュフ、スペイン産イベリコ豚——シェフたちの料理に欠かせない食材です」
「そして——この独占供給権を、1社のみに与えます。提案書の提出期限は、3週間後の金曜日17時。最高条件を提示した会社と契約します」
部長の目が鋭くなった。「競争入札ですか。他にも2社くらいに声を掛けそうですね。どこかは察しはつきますが……」
和奏が穏やかに言った。「私たちは、このプロジェクトを本気で成功させたいんです。だから、本気で協力してくださるパートナーを探しています」
午後2時、B社。午後5時、C社——同じプレゼンテーションを繰り返した。どの会社も、真剣な表情で資料を見つめていた。
***
同じ月曜日、午前10時。バリ島。
新々と美咲は、シェフ・アンドニと共に、デンパサールの市場にいた。カメラマン2人、音声担当1人、ディレクター1人——小さなチームが、アンドニの動きを追いかけていた。
アンドニが市場の魚売り場に立ち止まった。地元の漁師が、その日の朝に獲れた魚を並べている。
「美しい」アンドニが魚を手に取った。「まさにこれが私が求めていたものだ。地元の新鮮な食材」
漁師が笑顔で答えた。インドネシア語だったが、アンドニも笑顔で頷いた。言葉は通じなくても、食材への敬意は通じ合った。
新々がその様子をカメラで追いながら、心の中で呟いた。「これだ。これが本物のストーリーだ」
3日間かけて撮影した素材を、新々は2日間で編集した。ナレーションは最小限。音楽も控えめ。アンドニの表情、市場の音、漁師との対話——それだけを、そのまま伝える。
金曜日の夜、新々はドキュメンタリー第1話「アンドニ、バリ島の市場へ」を配信した。YouTube、Instagram、Facebook——世界同時配信。
最初の1時間——視聴回数は300回。新々が画面を見つめた。「まだまだだ」
6時間後——3000回。美咲が報告した。「少しずつ、広がっています」
24時間後——5万回。コメント欄に、最初のコメントが増え始めた。
「これはリアルだね」「宣伝ではなくドキュメンタリー」「バリに行ってみたい」
新々が画面を見つめた。「まだまだだ。でも、これからだ」
【第4週】
4週間後、金曜日午後5時。十二支プロジェクトルーム。
五人全員が集まっていた。テーブルの上には、航空会社3社から届いた封筒が並んでいた。
天野が深呼吸した。「開けます」
最初の封筒——A社。天野が読み上げた。「週8便の増便、広告協賛金1億8千万円」
疾駆が呟いた。「最低条件に達していない」
二つ目の封筒——B社。「週10便の増便、広告協賛金2億円。ちょうど最低条件」
和奏が静かに言った。「C社を見ましょう」
天野が最後の封筒を開けた。数秒間、黙って資料を読んだ。そして——顔を上げた。目が輝いていた。
「C社——週12便の増便、広告協賛金2億5千万円。さらに——」
「さらに?」疾駆が身を乗り出した。
「貨物スペースの優先利用権を無償で提供。温度管理設備の増設も、C社負担。そして——ドキュメンタリー番組への協賛も希望、とのことです」
疾駆が興奮して叫んだ。「やった!完璧だ!予想以上の条件だ!」
美咲が笑った。「C社は、本気で勝ちに来たんですね」
和奏が微笑んだ。「競争入札、成功です。疾駆さん、天野さん、素晴らしい仕事でした」
—— 同じ金曜日の夜。新々は、ドキュメンタリー第4話を配信した。
第4話のタイトルは「漁師とシェフ——言葉を超えた対話」。
アンドニが地元の漁師、ワヤンと共に、夜明け前の海に出る。小さな漁船。波の音。二人は言葉が通じないが、手振り身振りで会話する。
ワヤンが網を引き上げる。銀色に輝く魚たち。アンドニが目を輝かせる。「なんて美しいんだ!」
そして、アンドニが魚を一匹手に取り、ワヤンに何かを伝えようとする。ワヤンが頷く。二人が笑い合う。
字幕が入る。「この魚、どうやって食べるのが一番美味しいですか?」「刺身がいい。新鮮なうちに」
その日の昼、アンドニとワヤンは、浜辺で一緒に魚を捌き、刺身を作る。二人で食べる。言葉はいらない。美味しい、という表情だけが全てを語る。
配信開始から1時間——視聴回数1万回。これまでで最速。
6時間後——10万回。コメント欄が変わり始めた。
「これは広告でなく、リアルだ」
「美しい友情、泣きそう」
「料理は言葉を超える。これが本当の美食文化だ」
「バリ島に行きたい。このプロジェクトを見たい」
24時間後——20万回。新々が画面を見つめた。「来た。ターニングポイントだ」
美咲が報告した。「SNSでのシェア数が爆発的に増えています。Instagram、Facebook、Twitter——全てで拡散されています」
【第8週】
8週目の水曜日。C社の本社会議室で、正式な契約締結式が行われた。
C社の社長、営業部長、貨物部門責任者。インペリアル・ズートポス側からは、鯨岡社長、疾駆、天野、和奏も出席した。
C社社長が言った。「御社のプロジェクトに、弊社も賭けます。週12便の増便——これは大きな投資ですが、世界4人のトップシェフが集まるプロジェクトなら、必ず成功すると確信しています」
鯨岡社長が頷いた。「ありがとうございます。このパートナーシップで、両社とも成長できると信じています」
契約書に署名。握手。カメラのフラッシュ。この瞬間、食材調達問題は完全に解決した。
疾駆が報告した。「これで、キャビア、白トリュフ、イベリコ豚——全ての高級食材を、確実に、安定的に届けられます。年間100億円かかると思われた輸送コストは、ゼロ。それどころか、2億5千万円の協賛金も得られました」
天野が資料を確認した。「さらに、観光客の輸送力も確保できました。週12便なら、年間20万人以上を運べます」
—— 同じ週の金曜日。新々は、ドキュメンタリー第8話を配信した。
第8話のタイトルは「シェフ・小林、バリの塩職人と海へ」。
バリ島東部、クサンバ。早朝5時。
日本料理界の巨匠、小林が、黒い砂浜に立っていた。目の前には、竹で作られた簡素な小屋と、何十もの浅い竹製の皿が並んでいる。クサンバ塩田——300年以上続く、バリ伝統の天日塩作りの場所。
そこに、塩職人のマデ(60歳)がいた。日焼けした顔、力強い手。彼は40年間、この塩田で働いてきた。
「ようこそ、小林さん」マデが笑顔で迎えた。「今日は一緒に、塩を作りましょう」
小林が頭を下げた。「よろしくお願いします。恥ずかしながら、塩がどう作られるか、ちゃんと見たことがなかったんです」
マデが驚いた。「あなたほどの料理人が?」
小林が苦笑した。「そうなんです。68歳になって、やっと気づいた。僕は毎日塩を使っている。でも、塩がどれほど大変な労働で作られているか、考えたこともなかった」
マデが頷いた。「では、最初から見てもらいましょう」
二人は海へ向かった。マデが大きな竹筒を持ち、海水を汲む。
汲んだ海水を、黒い砂に染み込ませる。バリ島の火山灰が混ざった黒い砂——この砂が、塩作りの秘密だった。
「この黒い砂は、アグン山の火山灰です」マデが説明した。「ミネラルが豊富で、塩に独特の味わいを与えるんです」
小林が砂を触った。「火山灰……日本にも火山はある。でも、こんな使い方があるなんて」
海水を染み込ませた砂を、再び海水で洗い流す。濃縮された塩水が、竹筒に溜まる。これを、竹で作った浅い皿に流し込む。
「ここからが、本当の勝負です」マデが言った。「天日で、3日間乾燥させます」
灼熱の太陽が、塩水を照らす。小林は、マデと一緒に、何十枚もの竹皿に塩水を注いでいった。汗が止まらない。腰が痛い。でも、黙々と作業を続けた。
3日後——竹皿の底に、白い結晶が輝いていた。塩。
マデが塩をすくい上げた。「これです。クサンバの塩」
小林が塩を一粒、舌に乗せた。目を閉じた。数秒間、黙って味わった。
そして——涙が一筋、頬を伝った。
「マデさん……この一粒の塩に、3日間の労働が詰まっている。海の恵み、太陽の力、火山の恵み——全てが、この一粒に凝縮されている」
「僕は50年間、料理人をやってきた。毎日、塩を使ってきた。でも——塩に、ちゃんと感謝したことがあっただろうか」
マデが小林の肩に手を置いた。「小林さん、あなたが料理で塩を使ってくれる。それが、私たちへの最高の感謝です」
小林が深く頭を下げた。「ありがとうございます。この塩を、大切に使います。そして——世界中の人に、塩の素晴らしさを伝えます」
夕日が海を照らす。二人が黒い砂浜に立ち、水平線を見つめていた。
配信開始から1時間——視聴回数10万回。これまでで最速。
3時間後——TikTokで爆発的に拡散され始めた。「68歳のシェフが塩を作る」「塩一粒に3日間」「涙するシェフ」——黒い砂浜と白い塩のコントラストが美しい映像が、次々とシェアされる。
12時間後——視聴回数50万回。コメント欄が感動の声で溢れた。
「塩一粒に、こんなに労力がかかるなんて」
「68歳の巨匠が、塩職人に頭を下げる。本物の謙虚さだ」
「クサンバ塩田、行ってみたい」
「料理の基本は塩。その塩への敬意。これが本物のシェフだ」
「バリ島の伝統文化が、世界に伝わっている」
24時間後——視聴回数100万回。TikTokでの総視聴回数は300万回を超えた。
新々が画面を見つめた。「来た。完全に火がついた」
美咲が興奮して報告した。「公式サイトのアクセス数が急増しています!昨日まで1日10万アクセスだったのが、今日は——200万アクセス!」
「問い合わせメールも殺到しています。『予約はいつ開始しますか?』『どうやって申し込めますか?』——1日で5000通を超えました!」
【第12週】
12週目の月曜日、午前10時。オープン予定日の26か月前。異例の早さではあるが、顧客のリクエストに応える形で、バリ島プロジェクトの事前予約受付を開始した。
予約開始——午前10時。
最初の1分間で——アクセス数10万。3分後——サーバーの応答が遅くなり始めた。
5分後——完全にサーバーダウン。画面に「Server Error 503」の文字。
美咲が IT部門に電話した。「今すぐサーバーを増強して!」
その日の午後5時——美咲が集計結果を見て、言葉を失った。
予約申し込み件数——初日だけで8万件。
用意していた予約枠は、最初の1週間で5000室分。倍率——16倍。
そして金曜日の夕方、十二支プロジェクトルーム。五人が集まった。
美咲が報告した。「その後追加で7万件の申し込みがあり、最初の1週間で、15万件の予約申し込みがありました。倍率は——30倍です」
新々が呆然とした。「30倍……嘘だろ……」
疾駆が言った。「マーケティング的には、最高の状況だ。『入手困難』『幻のリゾート』——こういう評判が、さらに需要を生む」
美咲が頷いた。「予約が埋まったお陰で、 食材の調達も容易になり、財務面での見通しも立てやすくなりました。シェフもメニュー開発に打ち込めるとやる気に満ちています 」
「さらに——C社からも連絡がありました。『予約殺到のニュースを見た。週12便でも足りないかもしれない。週15便への増便も検討したい』と」
天野が頷いた。「航空会社との提携が、観光客と食材の両方を運んだ。ドキュメンタリーが、観光客の需要を生み出した。そして、予約殺到が、レストランの運営を強固にしつつ、航空会社のさらなる増便を引き出した」
美咲が感嘆して言った。「全てが、繋がっている。正のスパイラルに転換しましたね」
疾駆が笑った。「二つの危機が、同時に襲ってきた時は、正直焦った。でも五人でここまでの結果に転換することができた」
新々が言った。「しかしいくらなんでもこんなに上手くいくとは……。我ながらあっぱれっていうやつだぜ」
和奏は涙していた。「新たな食文化を広めたい。その思いがここまで繋がり、皆に届くとは。本当に感無量です」
五人は互いに見つめ合い頷いた。
ストーリー戦略3——ガストロノミーツーリズム。力強く、大きく前進した。
続く
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登場人物紹介
子田賢 - ネズミ。プロジェクトリーダー。
全体を俯瞰し優れた分析力と観察力を持つ。
牛田継続 - ウシ
着実に前進する実行力と信念を持つ。
虎山威風 - トラ
力強い実行力を持つ戦略家。
兎野理子 - ウサギ
慎重なリスク分析の専門家。
龍雲昇天 - タツ
圧倒的なカリスマと人を魅了する力を持つスター。
蛇原静香 - ヘビ
人の観察に優れ本質を見抜く洞察力の持ち主。
馬場疾駆 - ウマ
自由を愛し新しい風を吹き込む風雲児。
羊谷和奏 - ヒツジ
優しく人々を調和させ、団結させる力を持つ。
猿田新々(さるた・しんしん) - サル
機転と発想力に優れるがあきっぽい。
鶏鳥鳴子 - トリ
厳格な管理能力を持ち、組織の秩序を守る。
犬塚潜在 - イヌ
次期リーダー候補と言われた若手エース。
猪野勇進 - イノシシ
愚直でひたむきで真っ直ぐ突進する。
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お読みいただきありがとうございました。
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