第2話:牛の歩み
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登場人物紹介
子田賢 - ネズミ。プロジェクトリーダー。
全体を俯瞰し優れた分析力と観察力を持つ。
牛田継続 - ウシ
着実に前進する実行力と信念を持つ。
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前半
——牛田加入から一週間後。
十二支プロジェクトの小さなオフィス。二つの机には、エレファントモーターの資料が山積みになっていた。納期遅延の記録、品質クレームの詳細、工程表、製造ラインのデータ——。
賢は深夜まで資料と格闘していた。データを分析し、パターンを探し、原因を特定する。彼の得意分野だ。しかし——三ヶ月という期限を考えると、時間が足りない。
「子田さん、少し休憩しませんか」牛田が温かいコーヒーを差し出した。
「ありがとうございます」賢が資料から目を上げた。「でも、時間が——あと10週間しかないんです」
牛田が隣の椅子に座った。「焦る気持ちは分かります。でも、急いで間違った方向に進むより、少し時間をかけても正しい道を見つける方が——」
「正しい道?」賢が遮った。「今必要なのは、速さです。データを分析して、効率的な改善策を見つけて、すぐに実行する——それしかありません」
牛田が静かに答えた。「確かに、データ分析は重要です。でも——現場を見ないで、本当の問題が分かるでしょうか」
賢の手が止まった。「現場……ですか?」
「はい」牛田が資料を指さした。「この納期遅延——データでは『工程遅れ』となっていますが、なぜ遅れたのか。品質クレーム——『検査漏れ』とありますが、なぜ漏れたのか。その答えは、データだけでは見えません」
賢は反論しようとして——言葉に詰まった。確かに、データは「何が起きたか」を教えてくれる。でも「なぜ起きたのか」は——
「明日、製造現場に行きませんか」牛田が提案した。「実際に見て、現場の人たちと話す。そうすれば、データには現れない本当の問題が見えてくるはずです」
賢は少し躊躇した。現場視察——それは時間がかかる。でも、牛田の目には確信があった。
「……分かりました」賢が頷いた。「明日、一緒に行きましょう」
——
翌朝、午前7時。賢と牛田はズートポスの製造工場に到着した。エレファントモーター向けの製品を作っているラインだ。
工場長が二人を迎えた。「十二支プロジェクトの方々ですね。噂は聞いています」その声には、わずかな警戒心が混じっていた。
「よろしくお願いします」牛田が深く頭を下げた。「私たちは、現場を批判しに来たのではありません。一緒に、問題を解決したいんです」
工場長の表情が、わずかに和らいだ。
製造ラインを歩きながら、牛田は作業員一人一人に声をかけた。「お疲れ様です」「いつもありがとうございます」——丁寧に、誠実に。
賢は工程を観察していた。データ通り、確かに一部の工程で遅延が発生している。しかし——なぜ?
「あの……」若い作業員が、恐る恐る声をかけてきた。「十二支プロジェクトの方ですよね。一つ、聞いていただけますか」
「もちろんです」牛田が笑顔で答えた。「何でも聞かせてください」
作業員が小声で言った。「実は——この工程、設計図と実際の部品がわずかに違うんです。だから、調整に時間がかかって——」
賢が驚いて聞いた。「設計図と部品が違う?なぜそんなことが——」
「設計変更があったんです。でも、製造現場には正式に通知が来なくて。私たち、自分たちで調整しながらやってるんです」
賢と牛田は顔を見合わせた。これが——納期遅延の本当の原因。
後半
オフィスに戻った二人は、すぐに調査を開始した。
「設計変更が三回あった」賢が資料を広げた。「しかし、製造現場への正式な通知は——一度もない」
「なぜ、こんなことが」牛田が首を振った。「設計部門と製造部門の連携が——」
「完全に機能していない」賢が続けた。「設計部門は変更をシステムに登録している。でも、製造部門はそのシステムを見ていない。連絡体制が——崩壊しているんです」
牛田が深く息を吸った。「これは——単なる工程の問題じゃない。組織の問題だ」
「その通りです」賢が立ち上がった。「しかし——これを直すには、設計部門と製造部門、両方を巻き込む必要がある。時間が——」
「かかりますね」牛田が頷いた。「でも、やらなければならない。表面的な対策では、同じ問題がまた起きます」
賢は葛藤していた。効率を求める自分の本能は、「もっと速い解決策を」と囁いている。でも——牛田の言う通り、根本から直さなければ意味がない。
「分かりました」賢が決断した。「設計部門と製造部門、両方の責任者を集めて会議を開きましょう。そして——連携体制を、ゼロから作り直します」
牛田が微笑んだ。「それが、正しい道です」
——
二日後、会議室には設計部長と製造部長が険しい表情で座っていた。二つの部門は、長年仲が悪かった。
「設計がいい加減な変更をするから——」製造部長が非難した。
「製造が柔軟性に欠けるから——」設計部長が反論した。
空気が険悪になる。賢は頭を抱えそうになった。これを——どうまとめる?
その時、牛田が静かに立ち上がった。
「お二人とも」牛田の声は穏やかだが、力強かった。「責任を追及するために、この会議を開いたのではありません」
二人の部長が、牛田を見た。
「私たちは昨日、製造現場を見てきました。そこで——若い作業員が、設計図と部品の違いを自分たちで調整しながら、必死に仕事をしている姿を見ました」
牛田の声に、感情が込められていた。
「彼らは、文句も言わず、黙々と働いている。しかし——そんな彼らに、私たちは何をしてあげられていますか?設計と製造が協力すれば、彼らの負担を減らせる。もっと良い製品を作れる。それなのに——」
会議室が、静まり返った。
「お願いします」牛田が深く頭を下げた。「どちらが悪いか、ではなく——これからどうするか、を話し合いましょう。現場のために。会社のために」
長い沈黙の後——製造部長が口を開いた。
「……すまなかった」その声は、わずかに震えていた。「確かに、我々も連絡体制を軽視していた」
設計部長も頷いた。「私も——謝罪します。変更を登録するだけで、製造部門への配慮が足りなかった」
賢は牛田を見た。この人は——データや論理ではなく、「人の心」を動かした。
会議は四時間続いた。そして——新しい連携体制が生まれた。設計変更があれば、必ず製造部門に直接連絡する。月に一度、合同会議を開く。現場の声を、設計に反映させる——。
会議室を出た後、賢は牛田に言った。
「牛田さん……ありがとうございます。私だけなら、あの会議は失敗していました」
牛田が微笑んだ。「いえ、子田さんがデータで問題を明確にしてくれたから、私は心を込めて話せました。二人だから、できたんです」
その夜、賢は一人オフィスに残って考えた。
自分は——速さと効率ばかり求めていた。でも、牛田が教えてくれた。本当に大切なのは、人だと。組織だと。信頼だと。
データは嘘をつかない。でも、データだけでは人の心は動かせない。
賢は、ホワイトボードに書いた。
「速さ+着実さ=最強のチーム」
まだ二人だけだ。でも——この二人なら、やれる気がした。
続く
お読みいただきありがとうございました。
次回 第3話:賢さと狡さの境界 → 「抜け駆けか、協力か。過去に学んだ狡賢さの代償」です。
もう少し2人の話が続きます。
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