第17話 運命の180日
ーーーーー
登場人物紹介
子田賢 - ネズミ。プロジェクトリーダー。
全体を俯瞰し優れた分析力と観察力を持つ。
牛田継続 - ウシ
着実に前進する実行力と信念を持つ。
虎山威風 - トラ
力強い実行力を持つ戦略家。
兎野理子 - ウサギ
慎重なリスク分析の専門家。
龍雲昇天 - タツ
圧倒的なカリスマと人を魅了する力を持つスター。
蛇原静香 - ヘビ
人の観察に優れ本質を見抜く洞察力の持ち主。
馬場疾駆 - ウマ
自由を愛し新しい風を吹き込む風雲児。
羊谷和奏 - ヒツジ
優しく人々を調和させ、団結させる力を持つ。
猿田新々(さるた・しんしん) - サル
機転と発想力に優れるがあきっぽい。
鶏鳥鳴子 - トリ
厳格な管理能力を持ち、組織の秩序を守る。
犬塚潜在 - イヌ
次期リーダー候補と言われた若手エース。
ーーーーー
前半
六月下旬。梅雨明けを告げる晴天が広がっていた。オフィスの窓から見える街路樹は濃い緑に覆われ、夏の訪れを感じさせる。しかし、この爽やかな季節とは裏腹に、社内には重苦しい空気が漂い始めていた。
午前10時。社内に緊急アナウンスが流れた。
「全社員の皆様。本日午後2時より、緊急全社会議を開催します。鯨岡社長より重大な発表がございます。全員、必ず出席してください」
オフィス中が、一瞬静まり返った。
「緊急全社会議……?」「重大な発表って何だ?」「まさか……」
ざわめきが広がる。誰もが最悪の事態を想像した。
会議が始まる30分前、オフィスには異様な空気が流れていた。
社員たちは不安そうに顔を見合わせている。コピー機の前で立ち話をする人々。自分のデスクでじっと座り、何も手につかない者たち。廊下で小声で囁き合う姿。
「先月、営業部が大口契約を失注したって聞いたぞ」「今期の売上、目標の半分も届いてないらしい」「株価も下がり続けてる……」
ベテラン社員が深いため息をついている。新入社員は青ざめた顔で先輩に何かを聞いている。管理職たちが神妙な面持ちで集まり、何かを話し合っている。
十二支チームのメンバーも、緊張していた。
静香が賢に小声で言った。「このままでは、会社が崩壊してしまうような……。社員の士気は最低レベルです」
賢が頷いた。「業績でも明らかです。第二四半期の業績は前年比40%減。このトレンドが続けば——」言葉を濁した。
威風が腕を組んだ。「最悪の事態を覚悟しておくべきだな」
和奏が不安そうに呟いた。「みんな……どうなるんでしょう」
午後1時50分。社員たちが大会議室に集まり始めた。普段なら軽い雑談が交わされる時間だが、今日は誰も口を開かない。重苦しい沈黙が支配している。
午後2時。
全社会議が始まった。壇上に立つ社長・鯨岡大河は、深呼吸を三回繰り返した。その手が、わずかに震えている。
鯨岡社長が口を開いた。「皆さん。本日お集まりいただいたのは、我が社の存亡に関わる重大な発表があるからです」
スクリーンに財務データが映し出される。下降を続ける売上グラフ、赤字が拡大する損益チャート。
「ご覧の通り、当社の業績は深刻な状況です。売上は前年比40%減、営業利益は前年比60%減——」
会場が息を呑む。
「そして——」鯨岡社長が次のスライドに切り替えた。そこには大きく「社債償還期限:180日後」という文字。
会場が凍りついた。
「三年前、事業拡大のために発行した社債。総額500億円。その償還期限、つまり返済期限が、180日後、12月下旬に迫っています」
鯨岡社長の声が震える。「通常であれば、借り換えで対応できます。しかし——現在の当社の業績では、金融機関からの信用を得られません。既に三つの銀行から、融資を断られました」
「つまり——」鯨岡社長が言葉を選ぶように、ゆっくりと続けた。「180日後、500億円を返済できずに倒産する可能性があります」
会場に衝撃が走る。ざわめきが一気に広がった。
鯨岡社長はマイクを握る手の震えを隠さず、続けた。
スクリーンに大きな文字が映し出される——「残り180日」
「そしてこの倒産を防ぐ為には、この残り180日でここまで下がった業績を急回復させる必要があります。少なくとも200億円の利益。今の見込みが黒字でも赤字でもなくゼロなので、この半年で200億円稼ぐ。これがわが社の信用回復に必要な水準です」
「200億円?」「半年で?」「不可能だ」という声が会場から漏れた。
鯨岡社長が力強く言った。「簡単ではありません。しかし、やらなければならない。やり遂げなければ、全員が職を失います」
会場が静まり返った。
「これまで色々と戦略を練って改善案を出しましたが、200億円の内100億円は全社員で必死になって頑張れば出来なくは無い数学だと考えています。しかし、もう100億円足りない。これを達成するには特別チームでやってもらうしか無い。そして、この特別任務は十二支プロジェクトチーム。彼らに命運を託したい」
会場がざわめく。 「十二支プロジェクトチーム?」「できたばかりのあの?」
鯨岡社長が説明を続ける。「このチームはまだ若い。ですが、素晴らしいチームワークの下、数々の実績を積み上げていってます」
スクリーンに実績が表示される。「ファルコン・グループとの提携成功:増収見込み年間8億円」「ホワイトベア精密:新規取引5億円」「豹崎商事:業務提携年間2億円」 「新規顧客開拓:15社、契約総額12億円」
凄い実績だ…会場が再度ざわめく。
「この一年間で、彼らは実績を積み重ねてきました。データ分析、戦略立案、実行力、人間関係構築——すべての要素を兼ね備えたチームです」
鯨岡社長が力を込めた。「そして今回、このチームに三人の新メンバーを加えます。猿田新々、鶏鳥鳴子、犬塚潜在——この三人が、新たなメンバーです」
鯨岡社長が全社員を見渡した。「十二支プロジェクトチーム——彼らを信じてください。彼らで100億円。そして、全社員でもう100億円。合わせて200億円。皆の力で成し遂げましょう。そして180日後、皆でまたこの場所で笑い合いましょう!」
—— おおお!!会場は大いに沸いた。
「やるぞー!」「我々は生き残る!」そうした力強い掛け声が飛び交った。
一方で「200億円なんて無理だろう…」、そう俯く人も少なくはなかった。
そうして全社会議が終了した。
後半
—— 十二支プロジェクト会議室。ドアが閉まった瞬間、沈黙が支配した。
威風が壁を拳で叩いた。「180日で利益100億円だと?正気か?」
理子が震える手でタブレットを操作している。「十二支プロジェクトの現在の年間利益は約30億円……それなのに、180日で追加100億円を稼げと——」
賢が冷静に計算する。「月間で約8.3億円。週間で約1.9億円。一日あたり約2800万円の利益増加が必要です」
昇天が壁に寄りかかり片手で頭を抱えた。「一日2800万ずつ……魅了し続けるのにも限界があるな」
和奏の目に涙が浮かんでいる。「会社が潰れちゃうんですか……みんな、職を失うんですか……」
牛田が優しく彼女の肩に手を置いた。「和奏……」
静香がタブレットに表示されたデータを見つめている。「社債500億円。借り換え不可。債務不履行の確率——現状では92%です」
疾駆が窓の外を見て呟いた。「俺たち……本当にやらなきゃいけないのか?この無理ゲーを」
長い沈黙。
賢がゆっくりと立ち上がった。
「無理かもしれません」賢の声は静かだが、確固としていた。「確率的には、ほぼ不可能です。でも——」
賢が全員を見渡した。「やらなければ、確実に会社は終わります。社員300人、その家族を含めれば1000人以上の人生が崩壊します」
威風が拳を握りしめた。「……やるしかねえってことか」
理子が深呼吸した。「データ分析を始めます。どの分野に可能性があるのか、徹底的に洗い出します」
昇天が顔を上げた。「新規顧客開拓、カリスマ全開で取り組むしかない」
牛田が頷いた。「既存顧客との関係強化も必要だ。契約拡大の可能性を探る」
和奏が涙を拭いた。「私も……私にできること、全部やります」
疾駆が壁から離れた。「俺一人で走り回るのは限界……チームでやるなら、まだ希望はあるかもな」
静香がタブレットを置いた。「シナリオ分析を行います。成功確率を1%でも上げるために、あらゆる可能性を検証します」
賢が全員を見た。「そして——三人の新メンバーも加わります」
威風が鋭く言った。「その三人だが……」
静香がタブレットを操作し、三人の人事ファイルを表示した。そして険しい表情で言った。
「人事ファイルを確認しました。この三人……正直に言って、大丈夫でしょうか」
威風が続けた。「猿田新々は過去三年で五つのプロジェクトを立ち上げて、全て失敗している」
疾駆が付け加えた。「鶏鳥鳴子さんは『歩く規則』と呼ばれています。前のチーム、その半数が異動希望を出したそうです」
和奏が心配そうに言った。「犬塚潜在さん……十八ヶ月も休職していたんですね。理由はパワハラ」
賢は腕を組んで考え込んだ。「社長は、なぜこの三人を選んだのか……」
—— 次の日。早速新メンバーが合流した。
「やあ!猿田新々です!よろしくお願いします!」明るすぎる笑顔で、三十二歳の若い男性が飛び込んできた。
続いて、きちんとした身なりの女性が入ってきた。鶏鳥鳴子、三十六歳。彼女は時計を確認して冷たく言った。
「9時00分00秒。定刻通りですね。鶏鳥鳴子です」
最後に入ってきたのは、目を合わせず、小さな声で挨拶する男性だった。犬塚潜在、三十四歳。その手が、微かに震えている。
「潜在です……よろしく、お願いします……」
和奏が心配そうに潜在を見つめた。
賢の心の中で疑問が渦巻く。「社長がこの危機にこの三人を?それとも……社長は、彼らの中に眠る『何か』を見抜いているのか」
静香が皆に資料を配布した。「早速ですが時間がありません。現状分析から始めましょう。我が社の主力商品は、市場シェアを失いつつあります」
新々が資料を見て、すぐに割り込んだ。「待って、この分析、去年のデータですよね?こんな古いやり方、マジで時代遅れじゃないですか?」
静香が眉をひそめた。「新々さん、計画を立てるには、まず全体像を把握してから——」
「計画?そんな悠長なこと言ってる場合じゃないでしょ……」
一拍の沈黙が会議室を満たした。新々は言葉を継ぐ前に深く息を吸い込む。
「100億稼ぐのに180日しかないんですよ!?」その声には、ちゃんと状況分かってますかと責めるニュアンスが入っていた。
早速、鳴子が我慢できないという様子で、目を細め、ゆっくりと立ち上がる。
「だからこそ……」
鳴子は一瞬、言葉を区切った。会議室の空気が張り詰める。
「計画が必要なんです」
彼女の声は静かだが、確固たる意志を秘めていた。新々と鳴子の視線が交錯する。誰も口を挟めない緊張感が場を支配していた。
鳴子はゆっくりと息を吐き、さらに言葉を継いだ。
「あなたのような無計画な人間だからプロジェクトが破壊するんです」
新々も立ち上がり、机を叩いた。「俺のこと調べたんですか!?確かに失敗した!でも、今回は——」
鳴子が冷たく遮った。「『今回は違う』?その言葉、何回目ですか。あなたはいつも同じことを言うようですね」
空気が凍りついた。新入り二人でいきなりの喧嘩。少しは空気を読めないのか。
潜在が震える声で割って入ろうとした。「あ、あの……二人とも……」
誰も聞いていない。声が小さすぎる。
潜在は、もう一度言おうとした。「……」しかし声が掠れて、出ない。
その瞬間、潜在の脳裏にフラッシュバックが襲った——部長の怒鳴り声「黙れ!お前の意見など聞いていない!」
潜在の手が激しく震え、その場にしゃがみ込みそうになった。
新々と鳴子の対立は止まらず、新々が叫んだ。「もういい!こんな硬直したチームじゃ、何もできない!」
ドアを勢いよく開けて、新々が出て行った。
鳴子は冷たく言い放った。「時間の無駄でした。あのような人間とは、仕事ができません」
潜在はその場で動けず、呟いた。「僕は……何もできなかった……また……」
賢の心の中で、絶望が広がる。「始まってすぐに、崩壊か……」
その夜、賢は人事部の知人に潜在について聞いた。
「潜在さんですね。前の上司——鮫島部長からの激しいパワハラで。『お前の意見など要らない』『言われたことだけやれ』と毎日のように言われて、精神的に追い詰められたそうです」
賢は胸が痛んだ。だから、潜在は自分の意見を言えないのか。
「でもね」知人は続けた。「以前の潜在さんは違ったんです。誰よりも顧客のことを考え、チームを支え、素晴らしい成果を出していた。パワハラに遭う前は、次期リーダー候補とまで言われていたんです」
賢は窓の外を見つめた。遠くに、月が浮かんでいる。
「三人とも……何かを抱えている。でも、社長はきっと知っているはず。彼らの中に眠る、何か大きな可能性を」
スクリーンに映し出される数字——「残り179日」
時計の針は、容赦なく進んでいく。
お読み頂きありがとうございました。
次回、新入り3人がどのような展開をするのかお楽しみください。
コメント、感想等、宜しくお願いします。




