第16話 誓いの刻
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登場人物紹介
子田賢 - ネズミ。プロジェクトリーダー。
全体を俯瞰し優れた分析力と観察力を持つ。
牛田継続 - ウシ
着実に前進する実行力と信念を持つ。
虎山威風 - トラ
力強い実行力を持つ戦略家。
兎野理子 - ウサギ
慎重なリスク分析の専門家。
龍雲昇天 - タツ
圧倒的なカリスマと人を魅了する力を持つスター。
蛇原静香 - ヘビ
人の観察に優れ本質を見抜く洞察力の持ち主。
馬場疾駆 - ウマ
自由を愛し新しい風を吹き込む風雲児。
羊谷和奏 - ヒツジ
優しく人々を調和させ、団結させる力を持つ。
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前半
六月の週末、初夏の風が心地よく吹く箱根のキャンプ場に、十二支プロジェクトのメンバーが集まった。賢が提案したチームキャンプである。「オフィスから離れて自然の中で時間を過ごせば、新しい視点が得られる」——それが賢の持論だった。
太陽が東の空に昇りきった頃——午前九時。駐車場に次々と車が到着する。東京から高速道路を二時間、都会の喧騒から完全に切り離された別世界がそこにあった。山の空気は驚くほど澄んでいて、松の樹脂と湿った土の混ざり合った香りが鼻腔をくすぐる。深呼吸するたびに肺が清められていくようだった。鳥たちのさえずりが木々の間から降り注ぎ、遠くで川のせせらぎが心地よい旋律を奏でている。初夏の陽射しは柔らかく、木漏れ日が地面に無数の光の斑点を描いていた。
「わあ、空気が美味しい!」和奏が車から降りて、両手を広げた。深く息を吸い込むと、清涼な空気が体中に染み渡る。オフィスビルに囲まれた日々から解放された喜びが、その仕草に表れていた。
「確かに。PM2.5の濃度が都心部の10分の1以下です。ここで一泊二日、最高ですね」静香が小型の測定器を見ながら、データで裏付けた。
疾駆が伸びをしながら言った。「こういう場所で仕事できたら最高だろうな!リモートワークの究極形だぜ」
八人がキャンプ場に到着すると——理子のリュックだけが、異様なまでに巨大だった。
長期遠征用と言える大きさ。サイドポーチにもびっしりと荷物が詰め込まれ、さらに手には大きな防水バッグまで抱えている。
「理子、そのリュック……デカすぎないか!?」疾駆が驚愕した。
全員の視線が理子の荷物に集中する。
理子は少し照れたように俯いた。「万が一のことを考えると……準備せずにはいられなくて」
空が曇り始めた。ぽつ、ぽつ、と小雨がぱらつく。雨粒が頬を打つ冷たさ、土を叩く匂いが立ち上る。
「あ、雨……」和奏が困った顔をした。「誰もレインウェア持ってきてないですよね?」
「天気予報は晴れだったから……」賢も困った顔をした。
その時、理子が即座にリュックを開けた。
「大丈夫です。予備のレインウェア、八人分あります」
全員が驚いた。そして、感謝の眼差しを向けた。
「理子さん、さすが!」「助かった!」
理子は、えっへん、と得意げな笑顔をした。
雨雲が流れ去り、再び陽が差し始めた頃——
「俺、薪集めてくる!」疾駆が勢いよく立ち上がった。「カレーも焚き火も、薪がなきゃ始まらないからな」
「私は川へ」威風も立ち上がった。「魚を釣ってきます。カレーに入れましょう」
二人が出かけていく。疾駆は森へ、威風は川へ。
「じゃあ、私たちはテント設営しましょう」賢が提案した。
牛田、理子、和奏、静香、昇天、賢の六人でテント設営が始まった。
——しばらくして。
「おっ、おっ、重っ……!」
森の方から声が聞こえた。見ると、疾駆が山のような薪を抱えて戻ってきた。顔がほとんど見えないほどの量だ。
「どうだ!これで足りるだろ!」疾駆が得意気に薪を降ろした。ドサッという重い音と共に、薪が地面に積み上がった。
数秒の沈黙。
牛田が苦笑した。「疾駆さん……一泊二日ですよ。これは一週間分はあります」
全員が笑った。
「え、マジで?」疾駆が素で驚いた。「またやっちまったか……」
賢が笑った。「でも、キャンプファイヤーには十分ですね」
「そうそう、結果オーライってやつだ!」疾駆が照れた。
その時、牛田が疾駆の集めた薪を手に取った。「あれ、これ……ちょっと湿ってますね」
「え、マジで!?」疾駆が落ち込んだ。「せっかく集めたのに……」
「大丈夫ですよ」牛田が微笑み、立ち枯れた木の幹から素手で樹皮を剥ぎ始めた。さらに松ぼっくりを拾い集め、火床の中心に置き、細い枝を井桁状に組んでいく。
「火起こしのコツは、空気の通り道を作ること。子供の頃、よくキャンプしてたんで」
和奏が微笑んだ。「普段のオフィスでは見られない、牛田さんのワイルドな一面ですね」
賢が着火する。ぱちぱちと心地よい音を立てて、炎が踊り始めた。煙の匂いが立ち上り、燃える木の甘い香りが広がる。炎の熱が顔を優しく撫でる。牛田の準備のおかげで、湿った薪でも見事に火がついた。
火がついたところで、賢と昇天が野菜を切り始めた。
その時——
威風が戻ってきた。川辺の網には新鮮な川魚が数匹、銀色に輝いている。川の水の冷たさと、魚の生命力が網越しに伝わってくる。
「すげー!」疾駆が駆け寄った。「でも……全部違う種類?」
「ヤマメ、イワナ、ニジマス。川の地形を読めば、どこに何がいるか予測できます」威風が答える。「祖父の教えです」
和奏が気づいた。「もっとたくさん釣れたんじゃないですか?」
「小さい個体と産卵前の雌は川に返しました。来年、再来年のために」威風が静かに言う。「必要な分だけ。それが自然のルールです」
牛田が深く頷いた。威風の意外な一面が見れた。
「では、この魚をカレーに」静香が魚を受け取り、包丁を手に取った。冷たく滑らかな魚の肌、包丁が入る時の確かな手応え。魚の鱗を取り、内臓を処理し、骨を丁寧に取り除いていく。その手つきはまるでプロの料理人のようだった。
「静香さん、魚捌けるんですか!?」疾駆が驚いた。
「学生時代から一人暮らしで」静香が淡々と答える。「人の表情や仕草から心理を読むように、食材の状態を観察する。それを繰り返していたら、自然と上達していました」
静香が鍋に向かう。その視線が一瞬、仲間たちの表情を捉えた——疲れた体が求めるのは、刺激ではなく安心感。スパイスの量を少し少なめに調整し、魚を投入する。
カレーが煮込まれていく。ぐつぐつという音、木が爆ぜる音、遠くで鳥が鳴く声。スパイスと魚の香りが混ざり合い、野菜の甘い香りが立ち上る。自然の音が、料理にすっと溶け込んでいく。
——太陽が西に傾き始めた頃。
鍋の蓋を開けると、湯気と共に食欲をそそる香りが広がった。カレーの濃厚な香りが鼻腔を満たす。
「いただきます!」
八人の声が揃った。
ひと口食べた瞬間——全員が顔を見合わせた。舌の上で魚の繊細な甘みとスパイスの複雑な香りが踊る。野菜の柔らかな食感、カレーの滑らかな舌触り。
「美味しい……!」
キャンプとは思えない本格的な味。威風の新鮮な魚、静香の完璧な調理、みんなで作った温かさ——全てが混ざり合って、最高の一皿になった。
「今日一日で、みんなの意外な面を見たな」疾駆がカレーを頬張りながら言った。「牛田のワイルドさ、威風の釣り、静香の料理、理子の神準備」
「疾駆さんの大雑把さも、ある意味予想通りでしたけどね」静香が笑った。
笑い声が夜空に溶けていく。
太陽が山の端に沈む頃——夕暮れから夜へ移り変わる。空が美しいグラデーションを見せていた。オレンジから紫へ、そして深い藍色へ。最初の一番星が東の空に瞬き始めた。
後半
夜が深まり、いよいよキャンプの夜のハイライトがやってくる。
食事を終え、片付けも済んだ頃。疾駆が立ち上がった。
「よし、キャンプファイヤーやるぞ!」疾駆が声を上げた。目が少年のように輝いている。「昼間集めた薪、今こそ使う時だ!」
威風と牛田が中心となって、井桁状に薪を組み上げていく。
理子が安全確認をする。「風向き良好。火災リスク、許容範囲内」
威風が着火する。炎が薪を伝って大きくなり、やがて立派なキャンプファイヤーが夜空に向かって立ち上った。炎の熱が顔を照らし、燃える木の香りと煙の匂いが鼻をくすぐる。パチパチという音、炎の揺らめく音が心地よい。
「おおおっ!」
歓声が上がる。炎の明るさが八人の顔を温かなオレンジ色に染める。
「疾駆さんの薪、結果的に大正解でしたね」賢が笑った。疾駆がドヤ顔をする。
火を囲んで座る八人。炎が揺らめき、火の粉が舞い上がり、星空へと消えていく。火の熱が前面を温め、背後からは夜の冷気がほんのりと忍び寄る。
炎の音、風のささやき、遠くで鳴く虫の声。都会では決して味わえない、自然の音に包まれた。
ふと静寂が訪れた瞬間、 昇天が立ち上がった。「それでは皆さんに少し素敵な時間を過ごして頂きますか」
テントからギターを取り出す昇天。昇天はギターを弾くのか、と驚く皆。そして、昇天がキャンプファイヤーの近くに腰を下ろすと同時に、月明かりがまるでスポットライトかのように昇天を照らした。昇天のカリスマは生まれもったものだと証明するかのように。
「なんと……」賢が小さく呟いた。
昇天が顔を上げた。炎に照らされた表情は穏やかで、誰もが息をのんだ。
最初の一音が、夜の静けさを切り裂いた。
柔らかく、それでいて芯のある音色。空気が震え、音が肌に触れる。二音目、三音目と続き、やがてメロディーが生まれていく。指先が弦の上を滑るように動き、音楽が紡がれていく。
それは優しいメロディーだった。技巧ではなく、心で奏でる音楽。
炎が揺れる。星が瞬く。虫の声さえも、このメロディーに合わせるようだった。
そして——
和奏が、小さく口を開いた。
最初はハミングだった。メロディーに寄り添うように、そっと。まるで音楽に導かれるように、自然と声が溢れ出していく。
昇天が和奏を見た。そして微笑んだ。ギターの音色が、和奏の声を包み込むように変化していく。
和奏の声が、次第に大きくなっていく。言葉はない。ただ、メロディーに乗せて、心が歌っている。澄んだ、透明な歌声。それは風鈴を鳴らすように優しく、 昇天のギターの音と混ざり合い、そして溶け合いながら、風に乗って夜空へと昇っていく。
「――素晴らしい」賢がつぶやいた。理子が目を潤ませた。静香が微笑んだ。牛田が静かに聴き入っている。威風も疾駆も、言葉を失って二人の共演に耳を傾けていた。
これはかけがえのないひと時だった。オフィスでは決して生まれなかった、この場所だけの、この仲間だけの、かけがえのない特別な時間。
一曲が終わる。静寂。そして、自然と拍手が起こった。
「昇天カッコいい!ってか和奏さんもすごい」疾駆が感動した声で言った。
和奏は照れたように微笑んだ。「昇天さんのギターが素敵だったから、つい……」
「いや」昇天が首を振った。「和奏さんの歌声が、私のギターに命を吹き込んでくれた。これが、本当のハーモニーなんですね。次はもう少し明るい曲でいきましょうか。」
また一曲、また一曲。疾駆が手拍子で参加し、みんなが笑顔になる。時には賢も口ずさみ、静香も小さく体を揺らす。
時間が、ゆっくりと、優しく流れていく。
音楽が止み、炎が少し弱まった頃。
誰かが、ふと空を見上げた。
「わあ……」和奏が息を呑んだ。
そこには、言葉を失うほどの星空が広がっていた。満点の星。天の川。都会では決して見ることのできない、本物の夜空。
「こんなに星があるんですね……」和奏が呟く。
「東京じゃ絶対見れねえな」疾駆がしみじみと言った。
流れ星が一つ、また一つと流れていく。八人は無言で空を見上げ、それぞれの心に想いを馳せた。
しばらくの沈黙の後、賢がふと言った。
「あの……皆さん、一つ提案があります」全員が賢を見た。
「この星空の下で、私たち一人ひとりが、このチームにおける誓いを立てませんか?」賢の声には、いつもとは違う温かさがあった。「自分がこのチームで何を大切にし、どう貢献していくか。それを言葉にして、みんなに伝える。形式的な目標ではなく、心からの決意として」
「誓い?」疾駆が聞き返した。
「はい。この星空の下、一緒にキャンプをした私たちだからこそ、言えることがあると思うんです」
沈黙が流れた。しかしそれは、戸惑いの沈黙ではなく、深く考える沈黙だった。
「いいですね」牛田が最初に賛同した。「私からでもいいですか?」
賢は頷いた。
牛田は立ち上がり、全員を見渡した。「私、牛田継続は誓います。このチームの土台であり続けることを。派手ではなくとも、着実に。速くはなくとも、確実に。皆さんが安心して挑戦できるよう、私は支え続けます」
温かい拍手が起こった。
次に疾駆が立った。「俺、馬場疾駆は誓う。このチームに新しい風を吹き込み続けることを。常識を疑い、限界に挑む。時には失敗するかもしれない。でも、俺は止まらない。なぜなら、立ち止まることが最大のリスクだからな」
笑顔と拍手が混ざった。
威風が立った。「私、虎山威風は誓います。このチームのために勇気を持ち続けることを。困難な決断を恐れず、責任を引き受ける。そして、みんなの勇気も引き出していく。そうしてチームに力強さと推進力を与える。それが私の使命です」
力強い拍手が響いた。
和奏がゆっくりと立った。「私、羊谷和奏は誓います。このチームの調和を守り、育てることを。でも、それはただなだめることだけではありません。全員の声を聞き、時には自分の声も出す。そしてその声を束ねて組織に溶け込ませる。そうして調和を保ち、育んでいきます」
優しい拍手が包んだ。
昇天が立った。「私、龍雲昇天は誓います。このチームを繋ぐ存在であり続けることを。チーム全員の力を引き出し、一つの物語として完成させる。カリスマは自分を輝かせるためではなく、みんなを繋ぎ、輝かせるために使う。それが私の役割です」
大きな拍手が続いた。
理子が立った。「私、兎野理子は誓います。このチームの安全装置であり続けることを。リスクを見極め、危険を回避する。時には消極的に見えるかもしれません。でも、それは慎重であるということ。みんなが安心して挑戦できるよう、私は徹底的に備えます」
優しい拍手が響いた。
静香が立った。「私、蛇原静香は誓います。このチームの洞察者であり続けることを。データだけでなく、人も見る。表面だけでなく、本質を見抜く。そして、冷血さだけではなく温かさを持ち、一人ひとりの可能性を信じ、それを引き出す手助けをします」
深い拍手が響いた。
最後に、賢が立った。全員の視線が集まる。
「私、子田賢は誓います」賢の声は震えていた。でもそれは、恐怖ではなく、感動の震えだった。「このチームのために、私の分析力と戦略思考を捧げることを。でも、それは管理するためではなく、みんなを活かすため。効率を追求するのではなく、信頼を築くため」
「私はかつて、自分のために戦っていました。でも今、私は違う理由で戦っています。このチームと、このチームが体現する価値のために。競争ではなく協調、孤立ではなく絆、勝利ではなく成長。それが、私の新しい道です」
「私は、このチームのリーダーとして、一人ひとりの強みを最大限に引き出し、最高のチームを創り上げます。これが、私の誓いです」
静寂が訪れた。そして次の瞬間、全員が立ち上がり、拍手が響いた。
八人は円陣を組んだ。手を重ね合わせる。星空と炎の光が八人を包みこむ。
「私たちは十二支プロジェクトのメンバーです」賢が言った。「それぞれ異なる個性を持ち、それぞれ異なる強みを持つ。でも今夜、私たちはより一層強い絆で結ばれました」
「これから何があっても、今日の誓いとこの絆で乗り越えていきましょう」
八人の笑顔になり、手が強く握り合われた。炎の熱、夜風の冷たさ、仲間の温もり——全てが一つになった瞬間。キャンプファイヤーの炎が揺らめき、星空が静かに見守っていた。
お読みいただきありがとうございました。
次回は3人の仲間が同時に加わります。
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