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第1話:ネズミの走り

ーーーーー

登場人物紹介


子田賢ねだ・けん - ネズミ。プロジェクトリーダー。

 全体を俯瞰し優れた分析力と観察力を持つ。


牛田継続うしだ・けいぞく - ウシ

 着実に前進する実行力と信念を持つ。

ーーーーー

前半

「このままでは、あと2年で倒産します」


ズートポス本社、役員会議室。財務部長の言葉が、重く沈んだ空気を一層冷たくした。窓の外には東京の夜景が広がっているが、その輝きはどこか遠い世界のものに見えた。


「売上は3年連続で前年比マイナス。主要取引先の撤退、新規事業の失敗、人材の流出——このままでは来年度の資金繰りが破綻します」


数字が次々とスクリーンに映し出される。赤い文字が、まるで出血のように画面を染めていく。


鯨岡大河社長が静かに立ち上がった。六十五歳、白髪混じりの髪、深く刻まれた皺——しかし、その目には諦めの色はなかった。


「だからこそ、今こそ『十二支プロジェクト』を始動させる」


役員たちがざわめいた。「十二支プロジェクト」——社長が提唱する、新しい組織戦略。ズートポスを危機から救う、最後の切り札。


「社長、しかし予算が——」財務部長が口を挟んだ。「12人もの人材を、新規プロジェクトに投入する余裕は——」


「分かっている」鯨岡社長が手を上げた。「まずは二人でいい。二人から始めて、成果を出しながら徐々にメンバーを増やしていく。それでも——やらねばならない」


 ◇ ◇ ◇


翌朝、午前8時。子田賢は突然の呼び出しで社長室へ向かっていた。三十二歳、企画部門で確実に成果を上げてきた彼にとって、社長直々の呼び出しは初めてだった。


ノックをして扉を開けると、鯨岡社長が窓際に立っていた。朝日が逆光となり、その姿が大きく見えた。


「子田くん、座りたまえ」


社長の声は穏やかだったが、その奥に何か重大なものが潜んでいるのを賢は感じた。


「単刀直入に言おう。君に、『十二支プロジェクト』の責任者をやってもらいたい」


賢の頭は瞬時に回転した。十二支プロジェクト——昨夜の役員会議で決まったばかりの新プロジェクト。新設部署? 特命チーム? 予算は? 人材は?


「社長、それは一体——」


鯨岡社長が窓の外を見つめた。


「私の父——先代社長は、多様な人材を活かす経営者だった。個性の違い、能力の違い、考え方の違い——それらを『弱点』ではなく『強み』に変えていた」


社長の目が、遠くを見つめている。


「父の下で働いていた頃、私は何度もこの言葉を聞いた。『個性を活かす。それこそが企業経営の真髄。不完全な個人が集まり、それぞれの弱さが、互いの強さで補われる——それが、本当のチームだ』」


鯨岡社長が賢の方を向いた。


「子田くん。正直に言おう。わが社ズートポスの業績は、危機的状況だ。このままでは、来年度を迎えられないかもしれない」


賢の背筋に冷たいものが走った。


「だからこそ、今こそ——父の教えを実践する時だ」社長の声に、力が宿った。「12人の個性豊かな人材を集める。それぞれが異なる強みを持ち、それぞれが欠点を持つ者たちを。その12人が一つになったとき、ズートポスに最強のチームが生まれる」


賢は静かに聞いていた。理想論だ、と思った。しかし——社長の目には、確かな決意があった。


「そして、子田くん」社長が続けた。「君を、その『最初の一人』に選んだ」


「私を……ですか?」


鯨岡社長が静かに頷いた。


「子田くん、十二支の物語を知っているか?」


賢は頷いた。「はい。神様が動物たちに競争をさせて、最初に到着した12匹を十二支に——」


「そう。そして最初に到着したのは、ネズミだった」社長の目に、光が宿った。「力も大きさもない。牛や虎に比べれば、圧倒的に不利だった。しかし——ネズミは賢かった。素早く状況を判断し、牛の背中に乗り、ゴール直前で飛び降りた」


賢は黙って聞いていた。


「君を選んだ理由——それは、君が『ネズミ』だからだ」


社長の声が、力を帯びた。


「君には、全体を俯瞰する力がある。状況を素早く読み、最適な戦略を立てる力がある。そして——小さな可能性を見逃さない、鋭い観察力がある」


賢の心臓が高鳴った。


「このプロジェクトには、12人の個性豊かな人材が集まる。それぞれが強い個性を持ち、それぞれが違う考え方をするだろう」


社長が窓の外を見つめた。


「その中で——『最初の一人』が、プロジェクト全体の方向性を決める。競争の文化を作るか、協力の文化を作るか。効率だけを追うか、人の心も大切にするか。すべては、最初の一人から始まる」


鯨岡社長が賢の方を向いた。


「子田くん。君には、その『最初の一人』になってほしい。ネズミとして、この12人のチームに道を示してほしい」


賢の胸に、何かが熱く込み上げてきた。


「社長……私は、そんな大役を——」


「君にしかできない」社長の声は、断固としていた。「君の分析力、戦略思考、そして——全体を見渡す力。それが、このプロジェクトには必要なんだ」


社長の目が、賢をまっすぐに見つめた。


「君に、会社の未来を託す。そして——このチームの文化を、君の手で作ってほしい」


賢は深く息をついた。そして——


「分かりました。全力で取り組みます」


社長が微笑んだ。「頼んだぞ」


握手を交わそうとした——その時。


社長室の電話が、けたたましく鳴り響いた。


鯨岡社長が受話器を取った。「はい、鯨岡です——何? エレファントモーターが?」


社長の顔色が変わった。


賢の心臓が止まった。エレファントモーター——ズートポスの最大顧客。売上の20%を占める。


「明日にも契約を打ち切る、と——」社長が電話を切り、賢を見た。「子田くん、早速だが——君の最初の試練だ」


「エレファントモーターが、契約を打ち切ると言っている。納期遅延と品質問題が続いているからだ。今から先方に向かってくれ——今すぐに」


賢は一瞬だけ躊躇した。しかし——


「分かりました。行きます」


後半


午後1時。賢はエレファントモーターの本社ビルに立っていた。


受付を通過し、エレベーターに乗り、12階へ。心臓が激しく鳴っている。


会議室に案内されると、エレファントモーターの購買部長——象山厳ぞうやま・げん——厳しい表情の五十代の男性が待っていた。


「子田さん、ですね」象山が冷たく言った。「鯨岡社長からは聞いています。新しいプロジェクトのリーダー、と」


「はい。『十二支プロジェクト』責任者の子田賢です」


「では、単刀直入に言いましょう」象山が資料を開いた。「過去6ヶ月間、貴社からの納品は遅延が続いています。品質クレームも増加している。このままでは、契約を継続できません」


賢の頭が回転した。データ、原因、対策——しかし、まだ何も準備できていない。今朝、プロジェクトを任されたばかりだ。


「象山部長、お願いです」賢が深く頭を下げた。「三ヶ月だけ——三ヶ月だけ、時間をください」


象山が眉をひそめた。「三ヶ月? 根拠は?」


賢は答えた。「正直に申し上げます。今、私には具体的な解決策がありません。でも——必ず見つけます。そのために『十二支プロジェクト』が立ち上がりました」


「三ヶ月後、必ず結果をお見せします。納期遵守率95%以上、品質クレーム80%削減——それができなければ、契約を打ち切っていただいて構いません」


象山が賢の目を見た。長い沈黙。


「……分かりました」象山が資料を閉じた。「三ヶ月だけ待ちましょう。ただし——」


「月に一度、進捗報告をしてください。そして、もし三ヶ月後に約束が守れなければ——即座に契約終了です」


「承知しました」賢が深く頭を下げた。「ありがとうございます」


 ◇ ◇ ◇


会社に戻った賢は、新しいオフィスに案内された。ビルの7階、窓からは隣のビルの壁しか見えない。机が二つ、椅子が二つ、古びたホワイトボードが一つ。それだけだった。


「これが、十二支プロジェクトの本部です」人事部の担当者が申し訳なさそうに言った。


「ありがとうございます」賢が答えた。「ここから、始めます」


担当者が去った後、賢は空っぽの部屋を見渡した。二つの机。二つの椅子。


ホワイトボードに書いた。


『エレファントモーター問題——期限:三ヶ月。目標:納期遵守率95%以上、品質クレーム80%削減』


賢は深く息を吐いた。三ヶ月——あと90日。


◇ ◇ ◇


それから二週間——賢は文字通り、一人だった。


朝7時にオフィスに入り、夜11時に出る。エレファントモーターの問題を分析し、解決策を考え、社内各部署に協力を要請する——しかし、誰も来ない。


「うちの部署は手一杯だ」「そんな無茶な」「予算が通ってからにしてくれ」


空っぽの二つ目の椅子を見るたびに、賢の心が沈んだ。


社長は言った。「二人目のメンバーは、君が見つけてくれ」——しかし、誰も手を挙げない。誰も信じてくれない。


十四日目の夜。賢は疲れ切った顔で、誰もいないオフィスに座っていた。ホワイトボードには、まだ解決していない問題が山積みだ。


「このまま……一人なのか」


賢は頭を抱えた。


一人では——無理だ。


◇ ◇ ◇


十五日目の朝。午前7時。


賢がいつものようにオフィスに入ると——


扉の前に、人が立っていた。


背の高い男性。がっしりとした体格、落ち着いた雰囲気。


「おはようございます」男性が深く頭を下げた。「牛田継続うしだ・けいぞくと申します。営業二課で15年、地道な仕事を続けてきた者です」


賢は驚いた。午前7時——誰も来ない時間に。


「あの——牛田さん、どうして——」


「十二支プロジェクトの噂は聞きました」牛田が静かに続けた。「子田さんが、一人で頑張っている、と。毎晩遅くまで残っている、と」


牛田が賢の目をまっすぐ見た。


「正直に言います。私は——遅い人間です。頭の回転も遅い。判断も遅い。周りからは『要領が悪い』と言われます」


「でも、続けることだけは得意です。諦めずに、一歩ずつ進むこと。それだけが、私の強みです」


「子田さん、あなたは頭が良い。一人で走り続けることができる。でも——一人では、遠くまで行けない」


牛田が一歩前に出た。


「私を、あなたの仲間にしてください。一緒に、やらせてください」


賢の目に——涙が浮かんだ。


二週間、誰も来なかった。誰も信じてくれなかった。空っぽの椅子を見続けた。


でも今——


「牛田さん」賢が手を差し出した。「一緒に、やりましょう」


牛田が力強く握手を返した。温かい、大きな手だった。


二人は、オフィスに入った。


牛田が空いていた椅子に座った。


その瞬間——世界が、少し明るくなった。


◇ ◇ ◇


賢がホワイトボードを指した。「これが、今の課題です。エレファントモーター問題——あと76日」


牛田が資料を見た。「納期遅延、品質クレーム……原因は何でしょうか」


「まだ分かりません」賢が正直に答えた。「でも、二人なら——見つけられると思います」


牛田が微笑んだ。「一人では無理でも、二人なら——ですね」


窓の外に、朝日が差し込んできた。


十二支プロジェクト——まだ、二人だけの、小さな船。


速さと、着実さ。


計算と、信念。


ネズミと牛——二つの力が、今、一つになった。


続く

お読みいただきありがとうございました。

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