第1話 猪武者の無双
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「ステータスオープン!」
異世界テンプレといえばやはりこれだろう。
そう思って、一か八かでやってみる。
しかし、残念なことに、俺の能力値が虚空に表示されたりはしない。
どうやら俺は、少なくとも異世界ラノベのような、ベタなチートキャラにはなれなかったらしい。
「……多分、ここは異世界で間違いじゃないよな。少なくとも、今じゃない時代の、日本じゃない国家なのは確かだ」
やけに説明口調の独り言だなと、自分でも思う。
しかし、こうして口に出すことで、考えが整理される部分はある。
そんな理由から、俺は日常的にやっている。
可愛げのない妹からは、『お兄ちゃんキモイからやめてよ』と、よく言われていた。
「文化はお決まりの中世ヨーロッパ風か。歴史には詳しくねえから、実際の時代背景までは分からんけど……。となると、ネットは使えない可能性が高いな」
スマホの電源を入れてみる。案の定、ネットや電話は通じなかった。
街を見れば、明らかに人間とは異なる特徴を持つ人がちらほらいる。
例えば、頭部がトカゲに似ていたり、猫の耳みたいなのが頭頂部に生えてたり。
「あーあ……。これどうすんだよ。親はともかく、友達は心配するぞ」
当人にとっては夢のある生活だが、異世界転移ってぶっちゃけ単なる行方不明事件だからな。残された側の視点だと。
死んで転生だと、大切な人だろうと折り合いをつけるしかないから、残された側にとってもマシなんだろうが。
とまあ、そんなことを考えていた時だった。
「おい兄ちゃん。道の真ん中で何ぶつぶつ言ってんだ?」
スキンヘッドのおっさんが話しかけてきた。
「ああ、すみません。故郷に帰れなくなったもので……」
「……? 故郷に帰れなくなったらそんなノリになるのか?」
「俺はなりますね」
俺の返答に、おっさんは怪訝な顔をしていた。
……うん。そりゃ困惑するよな。やっぱりコミュ症だ俺は。
「……そうか。まあその、なんだ。強く生きろよ」
なんだか可哀想なモノを見る目をされてしまった。
どうやら、錯乱してると思われたらしい。
仕方ないだろ、こっちは急に異世界にワープさせられて困惑してるんだ。
さっきまで、部屋でゲームしてたのによ。
……ん、待てよ?
「なんで、俺が急にワープしたのに、異世界の人たちはノーリアクションなんだ? ワープがありふれてる世界なのか……?」
「いや、ありふれてねえな。つーか、兄ちゃん本当に大丈夫か。まるで世界が2つあるみたいな口ぶりじゃねえか」
「あ、まだいたんですね。スキンヘッドのおっさん」
「しばくぞ。さっきからずっと正面に立ってんだろうが」
考え事をすると周りが見えなくなるからな、俺は。悪い癖だ。
しかし、このおっさんは頭のおかしい人間に話しかけて何がしたいんだろう。まだ会話を止める気はないっぽいし。
などと、心配されてる側なのに他人事のように考えていた。おっさんはまだ何か言いたいらしく、口を開こうとする。
だが、その言葉が発されることはなかった。
「助けて! 誰か……助けてー!」
女性の悲鳴が聞こえてきた。明らかに普通じゃない叫び方だ。
おっさんも目を見開き、声のした方を振り返る。いったい、何が起きてるんだ?
……とにかく現場に向かおう。できることがあれば、助けなくちゃいけない。
死なれたら寝覚めが悪いし、放って置けないんだ。
これは俺のエゴだけど、目の前にいる人たち、全員が幸せであって欲しいからな。
「にいちゃん、あんたはここにいな。ここは俺が助けに行く」
走り出そうとする俺の肩を、スキンヘッドのおっさんが掴んだ。しかし、俺の方も覚悟は決まってる。
「……大丈夫ですよ、スキンヘッドのおっさん。荒事だろうと、巻き込まれる覚悟はできてます。それに、俺は親に空手をやらされてたから、腕っぷしは強いんだ」
「そうかい。じゃ、ケンカになったら頼らせて貰うぜ。そのカラテとやらをよ」
言い終わるより早く、おっさんは走り出した。すごい勢いで走り出す。
……って、おっさん、足速いな!? 全く追いつけない。 車並みだろこれ!?
しかもあの図体で、すごい芸達者だ。通行人には一度もぶつかってねえ。
パルクールみたいに跳んだり、生身でドリフトしたりして、回避しまくってる。
おそらく、ついて来れないなら、置いて行って先に片付ける気なんだろう。自分より弱いやつを巻き込みたくないんだ。
……良いやつだよ、このおっさん。とまあ、俺がそんなことを考えていた時だった。
『--【加速】しろ。権能が持つ、名の通りに』
誰かが脳内に直接、語りかけてきた。
誰の声だ……? そう疑問に思ったのはほんの一瞬。
次の瞬間には、その答えは出ていた。
これは俺の声だ。俺の内側から、響く声だ。
「ーー【加速】」
俺は力を使いたいと、【加速】したいと強く念じた。
その瞬間だった。周囲がスローモーションになったのは。
もしかして、周りが遅くなる能力か? いや違う。
俺が速くなったんだ。
「うおぉおおお!」
俺は全力で走り、おっさんに追いついた。しかし、町の人を避けながらじゃ、さすがに置いていくほど速くは走れない。
追い抜かしたり、抜かれたりを繰り返すことになる。というか、おっさんの速度も異常なんだよ。
周囲の人がすごくゆっくりに見えるのに、おっさんだけは普通に走ってるように見える。
つまるところ、【加速】で3倍速になった俺と、速度があまり変わらないんだ。
……なんで3倍速ってわかったんだ? 初めて使う能力なのに。
「助けて、誰か……! 連れて行かないで!」
「うるせえ! 借りたもんも返せねえお前が悪いんだろ! 雑魚な貧乏人の分際で、俺たちクレイトンファミリーに逆らう気か!?」
女性の声が近づいてくる。
それと同時に男の声もだ。明らかにガラの悪い感じがする。
怒鳴って人を脅すことに、慣れているような声の出し方だ。
--気に食わないな。声を聞いただけで人を嫌いになったのは初めてだ。
現場である路地裏に着くまで、10秒くらいかかった。これでも大急ぎである。
「お前ら、何をしているんだ? ……その子をどこに連れていく気だ? 理由はなんだ? 返答次第じゃ、ぶん殴る」
少女を抱え上げて、どこかに連れて行こうとする男たち。人数は10人ほどだ。
それが目に入った途端、俺はこいつらに対して明確な殺意を覚えた。
自分でもびっくりするくらい、暴力的なセリフだと思う。
けどまあ、仕方ない。俺から見たこいつらは、人の皮を被った畜生の同類。人間じゃあないんだよ。
「おい、にいちゃん。のっけから喧嘩腰が過ぎるぜ。そんなに怒ってどうしたんだ?」
スキンヘッドのおっさんは引いていた。そりゃそうだろう。いくら悪いことをしてそうとはいえ、事情も知らない初対面の人間をここまで憎むのは、普通じゃない。
けど、分かるんだよ。こいつらの目は『あいつ』と同じだ。自分だけは何をしても許されると思ってる人間の目だ。
「……なんでもありません。で、何してんだ、お前ら」
「あぁん? オメエには関係ねえだろ? ……まあ良いよ。教えてやらぁ。こいつの親父はよぉ、俺たちに借金をしてたんだよ。けどな、困ったことにな、金も返さずに死んじまったのさ」
「だからなんだ? その子が関係あるのか」
どうせろくでもない理由だろうが、一応聞いておく。だが、案の定、やつらの返事はろくでもなかった。
「大アリだぜ! だってよぉ、そいつは親父と縁を切ったからって、借金がチャラになると思ってたんだぜ!
有り得ねえよなあ! ろくでなしすぎて嫁と娘に逃げられたのは、バカ親父の自業自得!
それなのになんで俺たちが……借りた金でおまんま食ってたコイツを、見逃さなきゃならねえ!
売り飛ばして、貴族様のオモチャにするしかねえよなぁ! 俺たちで、使用感を試してからヨォ!」
そうか、それならもう、容赦はいらない。
--徹底的に分からせてやる。だが殺しはしない。
こんな奴らの安い命は、俺の手を汚す価値すらない。
「にいちゃん、冷静になりな。頭に血が上ったままじゃ、勝てるもんも勝てねえぞ。
……それにな、無法者には無法者のルールがある。もちろん、あのお嬢ちゃんは悪くねえ。
けどな、俺から見ても、親父さんがぜんぶ悪いってのは正論だ。あいつらの話がホントならな」
「だからなんだよ」
俺が言い終わる頃には、無法者の一人が地面に叩きつけられていた。
アッパーカットで、少し浮かせてから--ガトリングのように、追撃の蹴りを入れてやった。
そこからさらに、少女を奴らの手から奪い去る。
「さすが、異世界で目覚めた力だけあるな。チートかはともかく、チンピラごときが相手なら十分か」
気絶するチンピラを見下ろしながら俺はつぶやく。なるほどな。【加速】した思考のおかげで、瞬時に理解したよ。
コイツら一人一人は、力に目覚める前の俺より、ちょっと強い程度。負けてるのはタフさだけだ。だから【加速】の力を得た今の俺なら、楽勝だ。
「……すまねえな。うっかり骨を折っても恨まねえでくれ」
おっさんは言いながら、敵を速攻でをぶん殴って吹っ飛ばす。
すげえな。一瞬で二人も倒したぞ。
「さてとお前ら! なるべく俺にぶん殴られとけよ! このにいちゃんは、たぶんイカれてる! 俺に倒されとかねーと、下手すりゃ殺されるぞ!」
「殺しませんよ。『あいつ』と同じになりたくないんで」
俺も言いながら、拳を構える。……ゴロツキどもも一斉に、襲いかかってきた。
◯後書きキャラ解説
キャラクター名:俺
フルネーム:伊坂シンイチ
年齢:16歳
性別:男
出身:名古屋
好きなもの:家族(故人)、かき氷、推理小説、理科の実験、料理を作ること。
嫌いなモノ:『ワープ男』、猫、文系科目、過去を思い出すこと、暇な時間(嫌なことを考えてしまうから)
備考:我らが主人公君。今にも全てを破壊しそうなナチュラルボーン暴走機関車。力に目覚めてなかったら、スキンヘッドのおっさんの助け無しでの生存は不可能だったと思う。こいつ特別な力とか無くても、ゴロツキに同じムーブするもん。カッとなると後先考えないタイプ。