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誰がざまぁが正義と言ったのかしら

作者: もにょん

人によっては盛大に皮肉に感じる内容が含まれます。合わないと思ったら即刻ブラウザを閉じて下さい。

ーー私は失敗した。


誰よりも気高く、誇り高く、教養に溢れ、美しく、俯くことのない国一番のレディであれ。

幼い頃から父母にそう諭され教えられて育ってきた。


教養は大事だが、のめり込んで勉強を疎かにするほどになってはいけない。


自身の品位にも関わるのだから、友好を深める相手はきちんと選ばなければならない。


協力することは大事だが、謙るとつけ上がるから安易な妥協をしてはいけない。


秩序は正しい序列によって保たれているのだから、筆頭に近いお前がそれを乱してはいけない。


たくさんの禁止事項とするべきことを言い聞かせられ、出来る限りその通りに頑張ってきたつもりだった。

けれど今、私は大事にしていた場所から追われている。



「待て!」

王立学院の裏口、普段は足を向けることもないひっそりとした門の前に停められた、いつもなら乗ることなどない地味で簡素な小さな馬車に乗り込もうとした私に、怒声じみた制止の声がかかる。


振り返れば私の婚約者………元が付きますが………のこの国の第2王子殿下と彼の学友が数名、そして殿下に肩を抱かれた愛らしい見た目の少女がいた。


「彼女に一言の謝罪もなく逃げるのか、卑怯者め」


挨拶もなく翡翠のような瞳に憎々しげな光を漲らせながら罵ってくる殿下に、溜息を押し殺して馬車に乗るのを介助してくれていた従者の手を離して向き直る。


「ご機嫌よう、フィリス殿下」


スッと流れるように自然に軽くスカートを摘んで、髪の毛先が揺れる様子さえ計算されたように優雅な動きで、腰を少し落として挨拶をする。


どんな時でも、例え相手が礼儀や秩序を蔑ろにしたとしても、自分までそうしてはいけない。

もしそんな態度を取られたら、言葉ではなく完璧な礼儀で相手に教え諭しなさい。


頭に蘇った母の声に、はいお母様、と心の中で返事をして、淑女の笑みを浮かべてたじろいでいる殿下に小首を傾げてみせた。


「ところで、謝罪とは何のお話でしょうか。

逃げるなんて………私、領地で倒れてしまったお母様をお見舞いに、急いで向かわなければならないのですけれど」


嘘ではないけれど、本当でもない。

私が婚約破棄された事を聞いてお母様が倒れたのは本当。

でも私が領地へ向かうのは、実質的な蟄居が理由になる。


「白々しい!散々彼女を虐げ、独りになるように仕向け、学院を追い出そうとしたくせに」


「身分を笠に着ての傲慢な振る舞いは学院中の人が知っている!」


「彼女の優しさや優秀さを妬んで、ひどい噂を流したこともな!」


殿下達が口々に責め立てる言葉を並べ立てる。

それに悲しげに眉を下げて、取り出した扇を口元に宛てがいながらふ、と吐息を漏らす。


「私、そのようなことをした覚えがないのですけど」


そう返した途端に罵声は音量を上げて密度を増し、こちらが声を差し込む隙間もないようになる。

どんな時もたじろぐことなく泰然とあれ、と躾けられてきた私でも、さすがに何人もの男性に囲まれて怒鳴られれば恐ろしい。

震えそうな足に気付かれないようにしなければと思いながらも、少し扇子を握る手に力が籠もってしまう。


「ーーうるせぇ!」


どうしたものかと思案していたら、思わぬ所から反駁が上がった。

驚いて私の斜め後ろに控えていた従者の青年を見ると、彼は眉を逆立てて殿下達を睨み付けていた。


「身形と図体だけは立派でデカい男達が、寄って集って独りの女を取り囲んで罵りやがって、正義の味方気取りかよ」


ズイと庇うように私の前に出て、唾でも吐きそうな様子で低い声を響かせる。

私は殿下の前でのその無頼な態度に目を白黒させてしまう。

上級使用人から下働きに至るまで、我が公爵家で雇われている者に礼儀を叩き込まれていない者は存在しないはずなのに。


「なんだこの無礼者は」


殿下は不快そうに彼ではなく私に問うような視線を向けた。

けれど私がそれに答える前に、彼がハッと嘲笑を響かせた。


「身分を笠に着てと罵るくせに、自分への率直な意見は身分で切り捨てようとするのか」


彼が明らかに馬鹿にした、煽るような仕草で顎をクイッと上げて見せる。


「何も知らない奴が、でしゃばるな」


殿下の学友で護衛の、騎士団長の三男が少女と殿下を守るように前に出てきた。

体格で言えば従者の彼の方が劣るのに、彼は臆した様子もなく引く姿勢も見せない。


「確かにそっちの事情なんてほとんど知らないさ。でもそっちだってうちの姫様の事なんてこれっぽっちも分かってないって俺でも分かる」


父は建国から続く公爵家当主、母は前国王の姪で現国王の従姉妹だから、私にも王家の血が流れているし低いけれど王位継承権もある。

王家に配慮して公の場では呼ばないけれど、領地や王都邸宅では私は小さな頃から姫様と呼ばれて育った。


「うちの姫様が、どれだけの人を救ってきたのかなんて、お前達は知らないだろう。

かろうじて細い血縁があるだけの、破産して一家で首を括るかも知れない小さな子爵家を、手を尽くして爵位を手放すだけで生きていけるようにしてくれた。

子どもが必死で提案した利益が出るかどうか分からない事業を、忙しい時間と私財を割いて育てて、子どもの家族に返してくれた。

庶民と交わる事は無かったけど、自分が任された領地は代官をよく管理して、領民が苦しまないように常に気を配っていた。

粘り強く交渉して、時に策を練って、例えそれで自分が恨まれても、自分が思う最善を通してきた」


真面目な顔でつらつらと並び立てられる称賛に、何だかお尻がモゾモゾしそうになる。

我が公爵家には女子しか生まれなかったから、私は王家から婿を貰って家を継いでもらう予定だった。

その補佐が出来るように経験を積むため、領内のいくつかの小規模な地域の統治をお父様から預けられている。

それ以外にも動かせる多少の権限もあって、恩を売る目的もあり何度か所縁ある小さな貴族家を手助けしたことがあった。


そういえばこの彼は元子爵家の人間で、破産しそうな実家を救うために公爵家に乗り込んできて、たまたま通りかかった私の乗った馬車の前に飛び出して強引に停めて、必死に領地に生える薬草についてプレゼンしてきた人だった。


放蕩者だった彼のお祖父様のせいで出来た、爵位を売っても払いきれなかっただろう借金を、私が領地と薬草事業を買い取ることで精算した。

まったく勝算がなければ私も断っただろうが、その頃流行りの兆しを見せていた風土病に、聞いた薬草の効能が効くかもしれないと思い当たったので私の権限で買い取ったのだ。

調べて薬にする方法も色々やってみて、結果は思った以上に汎用性の高い新薬が出来上がった。

劇的に治ったり効いたりするわけではないけれど、多くの病気の進行を抑える事が出来るようになって、試算より早く利益が上がるようになった。

材料の薬草はその土地で育てて管理するのが1番効能が良い薬が作れたので、その土地に詳しい彼の家族に生産管理を任せることにした。

ついでに彼は公爵家に雇われる事になったと報告が上がっていたが、さらっと聞き流して今の今まで忘れていた。


結果を見れば人助けかもしれないが、別に施しでもなければ自分の利を考えてなかったわけでもない。

繰り返すが採算が合わなければ私は彼を見捨てていただろう。

任された領地に関しても、お父様お母様に褒められたかったとか、姫様と持ち上げて慕ってくれる人達を失いたくなかったとか、考えていたのはそんな俗物的な理由ばかりだ。

気高くあれと言われてきたが、結局私は低俗で利己的で計算高い思考を捨てられなかった。


「そんなにすごいなら、彼女を助けることだって出来ただろうに」


不満と嘲りを含んだ声で殿下が彼の言葉を言下に否定するが、彼は再び嘲笑を浮かべてやれやれと頭を左右に振った。


「何でも相手が察して与えられるべきだなんて、王子殿下ともあろうお方が乞食かよ」


「なんだと!」


彼がいきりたつ殿下達に負けないように胸を反らして、声量を一段上げる。


「何度でも言ってやる!相手に自分の価値もアピールせず、さも可哀想なフリだけをして、利益を寄越せとばかり煩く囀る奴を乞食って呼ぶんだよ!

自分が見たい夢ばかり相手に押し付けて、自分勝手はどっちだよ!結局自分が望んだ状況が選ばれなかったり、相手に敵わない僻みだろ!

完璧な聖人君子を求めるなら、自分が完璧な聖人君子になってから言えよ!

自分側から見ただけの正義を御題目に振りかざして、姫様を責め立てて嬉しそうにしてた自分の顔を、鏡で見て言えるならな!

優秀な相手を引きずり落とすことばかり考えてる根性の悪さが全面に滲み出て歪んで、醜悪極まりなかったぜ!」


「貴様………!叩き切ってやる!」


「きゃあっ!」


スラリと護衛が抜いた剣に、少女が悲鳴を上げる。

私も表情の制御が出来ずに目を見開いて後退ってしまった。


「ーー姫様、失礼します!」


「え、や、きゃああっ!?」


突然の浮遊感にはしたなく悲鳴を上げてしまって、恥ずかしさと混乱に顔が赤くなる。

気付けば彼に抱え上げられて、開けたままだった馬車の扉の奥に詰め込まれ、一緒に乗り込んだ彼によって乱暴に馬車の扉を閉められた。


「出せ!早く!」


鋭く発した彼の命令に、こちらを見守っていた御者が馬に鞭を入れたのだろう。

馬の嘶きと共に微かに殿下の待てという声が聴こえた気がするが、いまだかつてない乱暴な急発進に背もたれに背を打ち付けてしまい、がくんがくんと思い切り揺れる馬車の乱暴な動きに座席にしがみつくのに必死で、もう何が何だかわからない内に気付けば学院が遠くになっていた。



「ーー申し訳ありませんでした、姫様」


王都の門を無事に抜けて街道に出てしばらく、ようやっと馬車の速度が少し緩やかになり、揺れが軽減されて私がぐったりと座席に身体を預けた頃、向かいの席から彼が申し訳無さそうに小さく背中を丸めて謝ってきた。


「勝手に触れて抱き上げてしまって」


「謝る所はそこなの?」


何だか疲労でクラクラするような気持ちになりながら突っ込んでしまう。


「言ったことは後悔してないですし。

あ、でも迷惑かけるかもしれません。そこは申し訳ありません。

王家からお咎めがあったら私が勝手にやったことだって、私を切り捨てて下さい」


逃げるんじゃなくて一発食らわせられてたらもっと良かったのだけど、と彼は謎にちょっと恥ずかしそうに笑った。


「ーーそんなことしないわよ。貴方は我が公爵家の人間だもの」


投げやりに否定して手にした扇子を軽く左右に振る。

やり方はどうかと思うが、彼の行動は主筋の人間を守るためにやったことだ。

仕える者が主人を守るなら、主人は仕える者に報いなければならない。


向こうは多数で私を取り囲んで吊るし上げようとしたという負い目もあるだろうから、うまくやればお咎めなしに持ち込むことは出来るだろう。

頭が痛いことは変わらないけど。


本当は姿勢を正して綺麗に座るべきだろうけど、乱暴に乗せられて馬車でもみくちゃにされて、ドレスも髪も乱れている。

おまけに相手が従者で緊急だったとはいえ、男と二人きりで馬車に同乗している状況で、取り繕うのがひどく馬鹿馬鹿しく感じるくらいにはこの短時間で疲れた気がした。


ーー後でお母様に知られたらさめざめと泣かれそうね。


でも、もうどうでもいい気がした。

私は失敗したのだから。


もしかしたら二度と戻る事がないかもしれない、遠ざかっていく王都を馬車の窓からぼんやりと眺める。

彼が黙ったまま私を見つめている視線を感じた。


「ーー何も、しなかったのよ」


疲労のまま、ポロリと言葉が唇からこぼれ落ちた。

彼は何も言わない。


「うまく馴染めてなさそうなあの子に助けを求められても、私は何もしなかった」


手押しポンプの端から、ポタポタと溢れるように静かに落ちた呟きが馬車に広がる。


「興味がなかったから。面倒だと思ったから。私の世界に、あの子は絶対に必要な訳でもなかった」


単純に言えば、彼女は私に利益をもたらさなかった。

それどころか私が必死に作り上げた世界を徐々に侵食し始めた。

優しさと優柔不断という二足の草鞋を履いているようなフィリス殿下が、彼女と関わり始めた。

目を閉じて当時を思い返す。


「脅威とは思っていなかった。けど、鬱陶しいなって。

周りが勝手に私に忖度して注意に行くのも、強く咎めなかった。

どんどん騒がしくなるのが嫌で、学院長に事態が落ち着くまで、しばらくあの子を休学させてはどうかって提案しに行ったりもしたわ」


このままでは彼女もやりにくいだろうと思った。

そうしたら、何か行き違って公爵家から学院に圧力がかかったという話になった。

結果、こじれに拗れて逆に私が学院を出ることになった。


「無償でも人に親切にしなさいなんて、私は教わらなかった。

きっと殿下の言う通り私は薄情で、その報いが来たのよ」


目を開けて、自嘲の笑みが浮かんでいるだろう顔で彼を見る。


ーー疲れた。そう、なんだかとっても疲れた。


彼はそんな私の顔をしばらく見て、それから視線を落とすとひどく躊躇いがちに手を伸ばして、壊れ物を扱うように私の指先に僅かに触れた。

ごく緩く彼の親指とそれ以外の指が、手の平を上にした私の指先を挟み込む。

彼の手袋越しに微かな温もりを感じる気がした。


「それで良いんですよ」


慎重に気遣うように、視線を私の指先に向けたまま彼が話す。


「万人の女神になんて、貴女はならなくていい」


冷えていた指先に、ゆるゆると彼の熱が染み込んでいく。


「自分が認めた正義以外許せない相手の理屈に、貴女が頭を垂れる必要なんてないんです。

誰だって、誰も彼も救えない。

無償で与え続けるなんてただの無謀です。

人の好き嫌いだってあるでしょう。

自分に近くない、自分に利益のない人を気にかけ続けられる人の方が少ないんです。それでも」


彼がそっと私の手をひっくり返して甲を上にし、ゆっくりと視線を上げて真っ直ぐに私を見る。


「あの日、貴女に死ぬ気で思い付きを売り込んだ自分を。

貴女に認められ選ばれたことを。

心の底から誇りに思い、貴女に救われ貴女を女神と崇める人間がいることを、知ってほしい」


持ち上げた私の指先を、彼が自分の額に押し当てる。

それは最上級の敬意と崇拝を示す仕草で。


「ーー私だけじゃないですよ」


額から私の手を離した彼が、ちょっと困ったように笑って、私の濡れた目元を優しく指先で拭っていった。



数年の後、かの公爵家は自領地で数々の画期的な取り組みを打ち立てて、かの地は近年稀に見るほどの活況となる。

功績を認められ初の女性公爵家当主となった女性は、時に強引なやり方で他家から恨みを買うこともあったが、生涯を通して公爵家とその領地に報いる事を止めなかった。

その隣にはいつも、元子爵家出身の執事が付き添っていたという。

読了ありがとうございました。

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[良い点] 公爵令嬢が完全無欠の主人公ではないところに共感を覚えます。完璧な正義の味方でいるのは人間である以上難しいですし、誰に対しても深い慈愛を向けられるかというのも、これまた難しいことでしょうから…
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