6 ネーヴェ陥落
ーアイルたちが防鎖を越える二日前ー
魔法都市ネーヴェは、叡智王ロキの偉業を称え、その魔術の探求の成果を後世の人間が広く学ぶために、ラインベルクのほとりに建てられてた城塞都市だった。
都市には貴族の子弟だけではなく、下層階級の人間からも広く生徒を募り、別け隔てなく魔術の探求に勤しんでいた。
ネーヴェ第一魔法学校は、そんなネーヴェの中でも最も優れた生徒達が通う、最高峰の魔術師候補のための学び舎だった。
いま、その学校で、年に一度の進級試験が行われるところであった。
【イエレン】「では、今から進級試験の内容をお話します」
黒板の前に立つ、ウェーブした白髪の上に三角帽をかぶった年かさの女性がそう言った。彼女はこの魔法学校の講師でありイエレンと言った。彼女は続けた。
先生は、黒板の前に立ちこう言った。
【イエレン】「試験は初等的な錬金術です。まず私が指定する素材を集め、その素材を使って錬成陣を組み、合成皮革を生成してもらいます。皮革は固いなめし革の代わりになり、盾や鎧の材料となります。出来の良いものはギルドに買い取ってもらうことになりますから、お小遣い稼ぎになるでしょう。ドアンナさん、聞いてますか?」
【ドアンナ】「あっ、はっ、はい!うわっ!」
ドアンナと呼ばれた少女は、急に名前を呼ばれ、びっくりして声を上げた。彼女は蔓の折れたメガネにツギハギだらけのローブを着た、貧乏学生のうちのひとりだった。
彼女は教室の後ろで内職をしていた。彼女は冒険者ギルドの依頼を受けて、季節外れのアジサイ育成をしていたのだ。
急に名前を呼ばれ、魔法の力を込めすぎてしまったアジサイは、鉢の栄養を吸い付くし爆発的に伸び始めた。蔓が植木鉢から溢れ出し、あっというまに机を埋めた。それでも蔓は成長を止めず、ドアンナの腕を絡め取ると、彼女の体をぐるぐる巻きにして締め上げた。
【ドアンナ】「ぎゃーーー!ぐるじぃい!!」
ドアンナは叫んだ。教室中が爆笑の渦に包まれた。
【先生】「ドアンナさん、あなたは内職なんてしている余裕がおありなのですか?ただでさえ成績が悪いのに。アンナさんにレイセンさんも。あなた達も人のことを笑っている場合じゃありませんよ!」
急に名指しされ、アンナはびくりとして固まった。レイセンは、顔を真赤にしながら、へなへなと身を縮こまらせた。
教室中が、再びクスクスと笑いに包まれた。そして授業は解散となった。
ーー
授業が終わり、三人はいつものように中庭で昼食を食べた。話題は試験の内容についてであった。
【ドアンナ】「さてさて、先生が要求した素材はなんでしょうか!」
ドアンナが、口の中でもぐもぐとパンを咀嚼しながら、カバンを開けて試験用紙を開いた。彼女は、イエレン教室の落ちこぼれ三人組の中では、一応のリーダー格だった。
紙には、合成皮革の素材になる魔物の名前が、ずらりと書いてあった。
【レイセン】「カーバンクルにホーンラビット、そしてバイカルボア……バイカルボアって、確か川を越えた山脈のふもとにしかいないんじゃなかったっけ……」
レイセンと呼ばれた少女が言った。
彼女は亜人だった。薄い色の金髪に、つり目の赤い瞳を持っていた。そして頭頂部には、一対の狐の耳が生えていた。
その腰にはふっくらとした巨大な狐尾が生えており、いまそれは両足の間からスカートの外にはみ出ていた。
レイセンは遥か東の島国である、フソウの出身であった。彼女はロードラン国王への献上品として、金銀財宝とともに送られてきた。しかし、王は彼女を自由にし、彼女の望むことを訊いた。彼女は魔法を学びたいと答えた。その後紆余曲折あり、彼女はネーヴェにて魔術を学ぶことになったのだった。
レイセンは、普段は常に大きな三角帽を被り、分厚いロングスカートを履いて、亜人の特徴を覆い隠していた。
クラスメイトは、全員が膨らんだスカートの下に何があるのか知っていたが、それに言及するのは差別に当たるので禁止されていた。ネーヴェでは、少なくとも建前上は、知能格差以外の差別は許されていないかった。しかし実際のところ、彼女はここで特に亜人差別を受けたことはなかった。
むしろ男子からは、その亜人の特徴について好意の視線を向けられることが多々あった。とくに秋になると、彼女は腺から特有のフェロモンを匂い立たせ、その華奢な容姿と相まって多くの男子生徒を誘惑した。
しかしそれは、女子の非難と嫉妬を買った。そして学校生活の中で、幾度かの誤解と衝突があった。
そんな経験から、彼女は普段から耳も尻尾を隠して生活していた。
【アンナ】「川を渡ってくるバイカルボアは、冒険者の人たちが駆除してるから、川のこっち側にはいないはず……」
アンナが言った。アンナは薄紫色のショートボブの黒髪をした少女で、落ちこぼれ3人の中でも最も成績が悪かった。つまりネーヴェ第一魔法学校においては、成績最下位の生徒であった。
【ドアンナ】「さ~てどうしようか。魔術師だけで川の向こうで魔物を狩るのは、危険だからね。まずは人を集めないと」
【アンナ】「う~ん、っていっても、クラスの男子はどうせ私達が頼んでも手伝ってくれないし」
【ドアンナ】「あいつらは無視。冒険者ギルドで逞しいお兄さんたちに前衛を頼もう」
【レイセン】「でもさあ、そうはいうけど私たちってお金持ってないじゃん……お金もないのに人なんか雇えるの?」
【ドアンナ】「うん、だからお金は後払いしようって考えてる。」
【アンナ】「後払い?」
【ドアンナ】「先生が合成皮革を売ればお金に成るって言ってたでしょ。それで、後払いでお金を払おうかなって……」
しかし、ドアンナの話は途中で中断された。
突如、中庭の扉がバンとすさまじい音を立てて開いた。そして、ドアンナたちの元へ、3人組の女子たちがつかつかと足音を立てて歩いて来た。
その先頭に立つ女子はセーラと言った。彼女は背が高く、長い金髪を持っていた。彼女は王族の子弟であり、その美貌もあって、彼女はいわゆる学校のマドンナだった。隣に立つリリィとシータとともに、ヒンキーズとかいうふざけた名前の女子グループを結成していた。要するにバカの集団だ。
【セーラ】「話は聞かせてもらいましたわよ!成績最下位ガールズのみなさん!!!」
セーラはドアンナの目の前に立つと、手の甲を口元に当て、いわゆる”お嬢様のポーズ”をしながら、甲高い声で話し始めた。
【セーラ】「ドアンナさん、あなた冒険者を雇うんですって!!!???」
【ドアンナ】「どっからそんな話を聞きつけてくんのよ」
【レイセン】「つか成績最下位ガールズってなんやねん……」
【セーラ】「あなたのようなメガネを買い替える金もない、成績最下位のびんぼっちゃまに冒険者を雇う当てなどあるのでしょうか!!!???」
【ドアンナ】「あんたの知ったこっちゃないんだからあっちいってくんない?」
ドアンナが作り笑いをしながら言った。
【セーラ】「皆さんは、どうしていつもこんなせまい中庭で食事をしてなさるのですか!!!???クラスの皆さんと一緒に、食堂でお食事すればいいのにぃい!!!」
【ドアンナ】「うぜえ」
彼女のキンキン声が中庭のホールに響き渡った。ドアンナが思わずうめいた。
【セーラ】「まさか、食堂の代金も払えないほど、貧乏なのですかぁぁあああああああっっっ???!!!」
【ドアンナ】「うっさいわね。分かってんならどっか行ってよ!」
【セーラ】「ドアンナさん!!!もしよければ私の従者達を貸してあげても良いのですけれども!!!???」
そう言いながら、セーラは、手振りで自ら脇を指し示した。そこには、ゼゼとシータが立っていた。
【ゼゼ】「え、あたしのこと?」
【シータ】「あたし達って従者だったんだ……友達だと思ってたのに……」
【セーラ】「あなたたちのことじゃございません!なにをおっしゃっているのですか!!!こちらの銃士のおふた方です」
彼女はあらためて脇を示した
そこには男がいた
彼らは西部連隊から出向している若い騎士
いつもセーラに付き従っていた
授業で見せられたことがあるが、確かに、彼らの剣の腕は確かだった。しかし、ドアンナはその申し出を断った。
【ドアンナ】「でっかくだけど、あんたに借りなんかつくるつもりはないわ」
【セーラ】「あらまあ強がってからに。同郷のよしみですわ。私の助けが欲しければいつでもいらしてください。おほほほほほ!!!」
こうしてセーラの高笑いをのこして、彼女たちは去っていった。
【ドアンナ】「くそうざ!あのバカ女」
ドアンナは、彼女たちの背中に向かって舌を突き出した
【アンナ】「ねえ、素直にセーラの助け借りたら?」
【ドアンナ】「あんなやつに借り作るなんてまっぴらごめんよ……とにかく、お金については私に考えがあるわ。ギルドにいってみましょ」
ーー
三人は冒険者ギルドへ向かった。この街の冒険者ギルドは酒場と併設されており、昼間から飲んだくれの冒険者たちがぐだを巻いていた。今も外の通りにまで冒険者たちの馬鹿騒ぎが響いてきた。
三人はギルドのスイングドアの前に立った。明るい表通りからでは、建物の中は暗くよく見えなかった。
【レイセン】「私このドアをくぐるの憧れてたのよね」
【アンナ】「あはは。気持ちはわかるかな」
【ドアンナ】「じゃあみんなで大人の階段くぐりますか」
三人はどっと笑い、スイングドアをくぐった。
ギルドに一歩足を踏み入れた途端、ツンとくる酒の匂いがよってきた。
【ドアンナ】「うっ、臭い」
【冒険者】「ああ?誰が臭いって?」
ドアのすぐそばにしゃがみこんでいた、顎の周りに無精髭を生やした風貌よろしくない冒険者が、ドアンナの声を耳にして話しかけてきた。男の言葉に反応して、隣の床に座り込んだ隻眼の冒険者が、胡乱げにドアンナたちを見上げてた。
【ドアンナ】「すすす、すいません!なんでもございません……」
三人はいそいそと男たちの横を通り過ぎ、ギルドの受付の前へ進んだ。
受付嬢は、厳つい風貌だった。彼女は長い金髪を黒いカチューシャで雑に後ろにまとめていた。彼女は眉毛を逆八の字にしぼり、眉間に縦じわを寄せて、やってくるドアンナを睨みつけていた。
【受付嬢】「おいドアンナ!てめー市長夫人から任された、アサガオ咲かせろっつう依頼、失敗したそうだな!」
【ドアンナ】「うっ……もうご存知なのですね……その説は申し訳なく……」
【受付嬢】「あんな簡単な依頼を失敗したその足で、よくこのギルドに顔出せたもんだな。おう!?」
【ドアンナ】「ううっ……まことに申し訳ございません」
【受付嬢】「一体どこの誰がおめーなんかに仕事出すんだよ!言ってみろ!」
【ドアンナ】「うっ……今日は仕事を受けようというのでは有りません。冒険者様方に依頼をお願いしたいのですが……」
ドアンナは涙声で言った。アンナたちは、こんな弱気なドアンナを見たことがなかったので、思わず顔を見合わせた。
受付嬢は、舌打ちをして紙を差し出して言った。
【受付嬢】「お前、いままで依頼を出したことあったっけか?」
【ドアンナ】「いいえ、ここでは仕事を受けるだけです」
【受付嬢】「依頼の内容は?」
【ドアンナ】「カーバンクルの討伐ですが」
【受付嬢】「わかった。それなら場所代と依頼の前金合わせて10カバーだ。この紙に用件を書け。書いたらそこの掲示板に貼ってやるよ」
ドアンナは紙に流暢な筆記体で依頼を記入した。彼女は書写が得意だったので、鼻歌をフンフン鳴らしながら依頼を書いた。しかし受付嬢は、紙を胡乱な目で一瞥すると、破り捨てた。
【ドアンナ】「ええっ!せっかく書いたのになんで破るんですか!?」
【受付嬢】「馬鹿野郎。こんなのたくった文字、冒険者は読めねえよ。書き直せ」
受付嬢は代わりの紙を渡した。
ドアンナは、固いブロック体で大きく文字を書いた。受付嬢がその場を離れたので、彼女の横からレイセンが小声で話しかけた。
【レイセン】「ちょっとドアンナ。カーバンクル以外の依頼はどうするのよ?」
【ドアンナ】「他のはこれが成功したら冒険者に直接依頼するわ。そうすれば、別料金が嵩まないでしょ」
【ドアンナ】「なる」
【受付嬢】「言っとくけど、ギルドを通さない依頼をギルドは保護しないよ。どんなトラブルがおきても知らねえぞ」
離れた場所から受付嬢に話しかけられて、ドアンナたちはびっくりした。
【ドアンナ】「聞こえてたんですか」
【受付嬢】「ああばっちり聞こえてるよ。もう書けたか」
受付嬢は紙を受け取り、渋い顔をしてその紙を上から下まで眺めると、あらためてカウンターの上に置いて、指で紙の余白をトントンと叩きながら、言った。
【受付嬢】「絵は描けるか?」
【ドアンナ】「絵がいるんですか?」
【受付嬢】「魔物の討伐依頼なんかの場合は、依頼内容の他に絵と値段をどどーんと書いとくんだよ。冒険者が全員文字を読めるわけじゃねーからな。掲示板を見てこい」
ドアンナ達は掲示板を見に行った。たしかに依頼の大半には、内容の他に大きく魔物の絵と依頼料金が大きく書いてあった。しかし、掲示板の最上段に張ってある、依頼料の高い仕事には、絵は描かれたいなかった。
彼女たちは受付に戻った。
【ドアンナ】「絵がない依頼もあるみたいですが……」
【受付嬢】「依頼料が高い仕事は、手練のパーティーが受ける。そういうパーティーには、大概の場合、魔術師とか文字が読めるパーティーが加わってるから、絵なんて必要ないんだよ。逆に依頼が安ければ安いほど絵は必要なんだ」
【ドアンナ】「でもあたしが受けた依頼って、絵なんて書いてなかったような気がしますけど……」
【受付嬢】「それは依頼内容によるんだよ。魔術師はたいてい文字は読めるだろ。魔物の討伐なんかは、基本的に荒くれ者が受ける仕事だから、どうしても……、な」
【ドアンナ】「なるほど。でもあたし、絵心なんてないですし……アンナ、あなた絵は描ける?」
【アンナ】「かけない」
【ドアンナ】「レイセンは?」
【ドアンナ】「かけないよ」
【受付嬢】「なら人に頼め。あそこの小さなテーブルにインク壺出してる男がいるだろ。あいつに頼め」
【ドアンナ】「ちなみにあの方に頼んだ場合、料金はいかほど……」
【受付嬢】「30カパーだな」
【ドアンナ】「さんじゅう!?わたしたちには、ちょっとそのお値段は高いんですが……」
【受付嬢】「だったら、今ここで口頭で依頼してみたらどうだ? 」
ドアンナは受付のカウンターから離れ、酒場の酔い客たちの前に立ち、話し出した。いかにもな荒れくれ者達を前にして、彼女の話し方は堂に入っていた。彼女は学校では落ちこぼれであったが、話し方や態度は堂々としているとアンナ常々思っていた。
【ドアンナ】「私たちはメーヴェ第一魔法学校のものです。皆さんの中から私達の前衛を担ってくれる冒険者を募集しています。依頼内容は、南のルアンの森でカーバンクルを10匹刈ることです 」
酒場の冒険者は、誰も反応しなかった。ドアンナは両手を胸の前で組んで、猫なで声で言った。
【ドアンナ】「どうか……可哀想な私たちを助けてください!どうかお慈悲を!さあ、あなた達も一緒に頼んで」
ドアンナはアンナとレイセンを振り返った。
【アンナ】「どうか、お願いします」
【レイセン】「おおお願いします!うりゅうりゅうりゅ」
レイセンはやけっぱちに馬鹿みたいな泣き演技をした。冒険者たちはほとんどが苦笑いを浮かべてこの茶番劇を見ていた。妙ちくりんな依頼客が舞い込むことは、冒険者ギルドでは別に珍しいことではなかった。
部屋の一番奥にいる男が声をかけた。彼はドアンナの姿を何度か見たことが有り、助け船を出すつもりだった。
【冒険者】「料金はどのくらいだ?」
【ドアンナ】「料金は……ええとどのくらいでしょうか」
ドアンナは受付嬢を振り返った。彼女はため息を付いて言った。
【受付嬢】「2シルバー」
【ドアンナ】「2シルバーを、後払いでお願いします。依頼を完了した後、カーバンクルを防具の材料にして、それをギルドに売りさばいてからお金が入ります。」
【冒険者】「それは何日後の話だ」
【ドアンナ】「おそらく二週間後になるかと思います」
【冒険者】「カーバンクルが防具の材料になるなんて聞いたことがないなあ……」
【ドアンナ】「ええとそれは……」
ドアンナは、言葉に詰まり、目を泳がせながら続けた。
【ドアンナ】「カーバンクルの他に、ホーンラビットとバイカルボアを防具の材料として使うらしいです」
【冒険者】「ホーンラビットとバイカルボアは、もう防具の材料として用意してあるのか?」
【ドアンナ】「それは……ええとまだです」
【冒険者】「じゃあ依頼のカーバンクルを狩るだけじゃ、後払いの金は用意できないんだな」
【ドアンナ】「ホーンラビットとバイカルボアも、カーバンクルの後に狩る予定です」
【冒険者】「じゃあ、その依頼も一緒にギルドに出せばいいじゃないか」
【ドアンナ】「それは……その以来は、あとでまた別の機会に頼もうかと」
【冒険者】「後者の二つは冒険者に直接依頼しようってんだな?」
【ドアンナ】「……そのつもりです」
【冒険者】「そんなの、駄目だよ」
冒険者はあきれた声で言った。
【冒険者】「お嬢ちゃん、他にもなんか隠してないか?冒険者は大概怪しい依頼を受けて痛い目にあった経験があるから、ギルドを通さない依頼なんか受けないよ」
【ドアンナ】「……そうなんですか」
【冒険者】「そうだ。俺はあんたの依頼、受けらんないわ」
冒険者はアマンダに手を降って、会話を打ち切った。
二人の会話に耳をそばだてていた冒険者たちも、各々自分たちの会話に戻り、再び酒場は喧騒に包まれた。
【ドアンナ】「どなたか~手伝ってくれる方いませんか?どなたか~どなたか~」
ドアンナは声を上げたが、その声は酒場の喧騒に飲み込まれていった。彼女は結局押し黙ってしまった。
その時、酒場の奥から若い男たちが進み出て、ドアンナに声をかけた。
【若い冒険者】「あのさ、よかったら俺たちと組まないか?」
ドアンナは,男たちを見た。彼らは、三人の若い冒険者だった
ドアンナに声をかけた若者は、さらさらした金の長髪をした槍使いだった。
もう一人は、髪を逆立てた、輩のような風貌をした剣士だった。その顔面には、縦に赤い入れ墨が入れてあった。
最後のひとりは、ドワーフとの混血だろうか、肩幅の広い大男だった。彼は背中に大盾を背負っていた。
隣でその様子を見ていた飲んだくれが、横から口を挟んだ。
【飲んだくれ】「おーいお嬢ちゃん達。そんなへなちょこと組んで大丈夫かね」
【剣士】「おっさんはうるせえよ」
剣士が心底嫌そうに言った。
【飲んだくれ】「嬢ちゃん達、やめときなよ。その若造達はこの冒険者ギルドで一番腕っぷしが悪い。どのくらい悪いかって言うと、依頼の半分は失敗して逃げ帰ってくるぐらい悪い」
【ドアンナ】「そうなんですか?」
レイセンがそう言いと、受付嬢がまた声をかけた。
【受付嬢】「新米冒険者なら依頼の半分ぐらい失敗するもんだ。別に普通さ。それに、そいつらはいいやつだよ」
【ドアンナ】「少し相談させてください」
ドアンナはそう言ってアンナとレイセント顔を突き合わせた。
剣士は若く、腰に手を当てて自信満々でドアンナたちを見ていた。彼は顔にいかつい入れ墨を入れていが、おそらくそれがなければ顔は良かった。
槍持も、肌が白く中性的な顔立ちで、長いまつげが印象的な男前だった。
盾持ちは、ひげの剃り跡が顎に残り、凹凸の激しい男性的すぎる顔立ちだったが、男前といえば男前だった。
ドアンナたちは、男たちの顔に納得した。そして三人揃って言った。
「「「「依頼をお願いします!」」」
ーー
大丈夫かな、あっていきなりお泊りなんて
まあ大丈夫じゃない?受付さんは信用できるって言ってたし、女の子もいるし
だよね
ドアに張り付いて会話を聞いている
聞きましたか?タリスクで寝泊まりするそうですわよ
いや聞いてるわけないし……
じゃあ先回りして、お手伝いしちゃいますわよ~
おほほほh
「……」
「……全部聞こえてっし」
ーー
翌日の朝、六人はネーヴェの南門から出発した。彼らは草原を歩いたが、まるで魔物の気配を感じないほど平和だった。気持ちの良いそよ風が吹き、草むらが美しく波打った。
6人は道中のんびり歩きながら、それぞれ自己紹介をした。
【ドアンナ】「ではまずわたしから」ドアンナが話しだした。「私はドアンナ 、ネーヴェ第一魔法学校の生徒で、成績は全学年の下から3番目です。専門は雷魔法です」
【ダグラス】「雷魔法だなんて珍しいね」ダグラスが言った。
【ドアンナ】「その通り。それ故に成績が低いのです。ろくな教師がいませんから」
【レイセン】「ははは」レイセンは笑った。「私はレイセンです。学年では下から2番目の成績です。専門は火炎魔術です」
【ダグラス】「へ~、君たちは成績悪いんだね……」金髪の槍使いが言った。「じゃあ、もしかして……」
【アンナ】「私はアンナです。魔法は影魔法です。成績は学年最下位です、毎年」
【ダグラス】「あはは……そりゃなんていうか逆にすごいね」槍使いは言った。
【トグマ】「まあ気にすんなよ。俺も頭の悪さじゃ他人に引けを取らねえからなあ」剣士が言った。「けどよ、そんな頭悪くてよく第一魔法学校なんて入れたな」
【ドアンナ】「私達は生まれたときから魔法が使えたのよ。」ドアンナが言った。「生得魔法って言うんだけど。だからこの学校には特待生枠で入れたんだけど、別に魔法が得意ってわけじゃないのよ」
【ダグラス】「へえ、 なるほど」槍使いが言った。「じゃあまず俺から自己紹介するね。俺はダグラス、ハンザから冒険者目指してここにやって来ました。見ての通り槍の使い手です」
【トグマ】「僕はトグマだ。世界一の剣士を目指して修行しているところだ」
「俺はカイだ。前衛で盾持ちだ。まあ力にはけっこう自信あるかな」
【アンナ】「皆さんは、冒険者になってどのくらい経ってるんですか?」アンナが訊いた。
【トグマ】「まあだいたい半年ぐらいかな 」トグマが答えた。
【レイセン】「今まで倒した魔物で一番強いのは」レイセンが訊いた。
【ダグラス】「自慢じゃないけどオークだよ」ダグラスが鼻を掻きながら言った。
【ドアンナ】「オークを倒したんですか?すごい」ドアンナが言った。「オークを倒せれば冒険者は一人前って言われてるんでしょ?」
【トグマ】「 いやいや、怪我してたやつを3人でがかりでリンチしただけじゃん」トグマが言った。
【ドアンナ】「でもすごいじゃないですか」ドアンナは髪をかきあげながら言った。
【ダグラス】「ははは、まあ大したことじゃないよ」ダグラスは言った。「ところで僕からも質問いいかい?君達は魔法使いなのになんで杖を持っていないんだい?」
【ドアンナ】「それはほら。さっきも言った通り、わたしたちは生まれたときから魔法を使えるんです。だから……」ドアンナはそう言い、腕を伸ばして人差し指を立てた。その指先から紫電の火花が散り、バチバチと音を立てた。「こんなふうに杖がなくても魔法が使えるんです」
【ダグラス】「へえ、すごいね。それみんなできるの?」ダグラスは訊いた。
【レイセン】「一応」レイセンは言った。
【ダグラス】「それはぜひこの目で見てみたいな。楽しみだ」ダグラスが楽しそうに言った。
彼らは小舟に乗り、ラインベルクを渡った。そして対岸の森へと入った。
彼らは森に入った。その森はネーヴェの北から十マイルほどの範囲で広がっている小さな森だった。
しばらく森の下生えを進むと、やがて森の中の開けた場所に、穴だらけの赤土がこんもり盛り上がった小山があった。
【ダグラス】「これがカーバンクルの巣だ。この穴の中にたくさん隠れてるぞ」ダグラスは言った
【レイセン】「へえ。うさぎみたいに?」
【トグマ】「その通り。うさぎの穴と同じで、出口は全部内部でつながっているんだ。だから、二つ残してまず穴をふさぐ」
【ドアンナ】「どうして二つ残すの?」ドアンナが訊いた。
【トグマ】「残した片方の穴から、煙を焚いて送り込むんだ。煙を嫌がって、カーバンクルは残りの穴から慌てて出てくるって寸法さ」
【レイセン】「なるほど。じゃあわたしが煙焚くね」
まず6人は目に見える穴を全て塞いだ。そしてレイセンは残った二つの穴の片方に陣取ると、手を次々と影絵のように結んだ。
【トグマ】「ありゃなんだ?」
【ドアンナ】「あれは”印”よ。西洋魔術で言う詠唱みたいなものよ」」
レイセンは一通り印を結び終わると、目一杯背中を反らし、肺に思いきり空気を吸い込んだ。そして口から勢いよく炎を噴き出した。
【トグマ】「うわっすげっ」
トグマは驚いた。火炎は眩しい熱線を放ち、カーバンクルの穴に吸い込まれた。巣は内部圧力を受けこんもりとふくらみ、土の蓋がぽんぽんと吹き飛んだ。こんもり盛り上がった巣の天頂から、煙がぶすぶすと吹き出した。
【ダグラス】「そろそろ出て来るぞ」
ダグラスは言った。彼の足元の穴から、錯乱したカーバンクルが勢いよく飛び出してきた。ダグラスは槍を素早く突き、その横面を挿し貫いた。カーバンクルは串刺しにされたまま脚を激しく動かし空中を蹴っていたが、やがて足を止め動かなくなった。
次に三体のカーバンクルが一時に出てきた。ダグラスは死んだカーバンクルを槍から振り払い、素早い一突きで一匹を屠った。他の2匹のうち、一匹はトグマが素早く切り飛ばしたが、もう一匹はタッカーの斬撃を避けて森の方へ逃げた。彼の握る大剣は、素早いカーバンクルを仕留めるには少し重すぎたのだ。
【ダグラス】 「逃げたぞ!!!」
ダグラスが叫んだ。ドアンナは、杖を持たず、人差し指を天に掲げ呪文を唱えた。
【ドアンナ】「紫電よ敵を屠れ sirjgojdsgijrijsgijsr」
彼女の人差し指から、紫色の電撃が弾けた。彼女は、人差し指を逃げるカーバンクルに向かって振り下ろした。指の先から走った雷撃は、カーバンクルを捉え、その背中で弾け飛んだ。カーバンクルは、四肢を投げ出して即死した。
六人は、しばらくカーバンクルを狩り続けた。そしてあっという間に十匹の死体が手に入った。
【ダグラス】「楽勝だったな。別に君達だけでも行けたんじゃないか」
ダグラスが女子たちを振り返って言った。
【ドアンナ】「いやいやそんなことはないよ~」
【アンナ】「そうだよ。男の子は、みんな、かっこよかった」
【レイセン】「そうそう、男子がいなきゃ絶対無理だったよ~」
若い冒険者たちはお世辞だと知りつつも照れくさそうに笑った。
そうしてどアンナ達が和やかに歓談している間に、隙を見て、一匹のカーバンクルが巣穴から飛び出した。それはあっという間に地面を駆け、冒険者たちの足元を抜けて、森にあと一歩というところまで走った。
ドアンナは雷撃を放つため、指を空に掲げた。
しかし、雷撃が彼女から放たれる直前、そのカーバンクルは大きな水球に捉えられた。
水球は、魔物を包み込んだまま空中をふわふわと漂った。呼吸ができなくなったカーバンクルは、もがき、のたうち回っていたが、そのうち息を吐きだして、動かなくなった。
森のなかから、その水球の魔法の持ち主が現れた。
セーラだった。長い金髪に青いキュロットを履き、短いタクトを手に持っていた。彼女は巣穴の天辺に立ち、ドアンナ達を見下ろした。
【セーラ】「あらみなさんごきげんよう!!!」彼女は大声で話しかけた。「ドアンナアンナプラス1さん!!!」
【アンナ】「げっ」
【ドアンナ】「誰がドアンナアンナじゃ」
【レイセン】「しかもプラス1って……」
【ダグラス】「知り合い?」
【ドアンナ】「知り合いというか、腐れ縁と言うか。関わり合いになりたくない人というか」
ドアンナがのらりくらりと答えた。
【セーラ】「みなさん随分カーバンクルをいじめておいでですわね。真っ黒焦げじゃありませんか!」
【ドアンナ】「窒息で殺される方が苦しいんじゃないの」
【セーラ】「そういう意味じゃございませんことよ。みなさんカーバンクルさんを焼いたり電撃を浴びせたり随分傷つけているようですけれど、それって正しい捕獲方法ですの?」
【ドアンナ】「どういうことよ?」
【セーラ】「これは錬金術の材料なのですわよ?傷なし・加工なし・変色なしのきれいな素体を用意するのは当然じゃなくって?」
【アンナ】「そっか……いわれてみればそうだね。全然考えが及んでなかった」
【セーラ】「まったくお馬鹿さんたちですわね。普通は網などを用意して捕まえるのではなくって?」
【ドアンナ】「……」
【セーラ】「あらあらあら?皆さんまさか、今から捕獲し直すんですのおおおお???」
【レイセン】「うっ」
レイセンがうめいた。
【セーラ】「ドアンナさん!と・く・べ・つ・にわたくしの分を分けて差し上げてもよろしくってよおおお!!!」
彼女の叫びは森の中に高らかに響き渡った。彼女がタクトを振るうと、彼女の背後から、カーバンクルの死体をたくさん詰め込んだ巨大な水球が現れた。
【セーラ】「じゃあああああん!!こんなこともあろうかと!余分に沢山狩ってございましたのよ。ドアンナさん、もしかしてこれ欲しいかしらあああ!!??」
アンナは小声でドアンナに声をかけた。アンナに小突かれた。
【ドアンナ】「お、おう!欲しいぞ!」
ドアンナはためらいつつもおずおずと言った。
【セーラ】「まあドアンナさん!!!とうとう根負けしましたのね!!!あたくしの愛をうけとってええええええ!!!」
彼女は全力の笑顔でタクトを振った。水球はカーバンクルの塊ごとドアンナたちに衝突し、彼女たちは全身ずぶ濡れの水浸しになった。
セーラはいつもの取り巻き二人に、護衛の騎士の5人パーティーだった。いつもの二人とは、モラムとシータの二人だ。
ゼゼは鍔の特別広い三角帽に、黒い長い髪をした少女だった。彼女は土魔術の使い手だった。
シータは青白い髪をした青い目の少女で、氷結魔術の使い手だった。
お付きの護衛はデインとルドルフといった。彼らは南部連隊からの出向者で、普段は王族の護衛、学校では魔剣の習得のためにネーヴェに来ていた。
セーラとこの四人は常につるんでいた。セーラがドアンナに毎日のように絡んでいるため、必然彼らは知り合い同士になった。