3 帰還、そして脱出
アイルたちは光に向かって走った。風に乗って外の新鮮な空気が吹き込み、アイルはようやく肺の底からまともに呼吸することが出来た。
そして彼らは、ようやく暗渠の暗がりから出た。下水は、城下町の中を流れる小川にチョロチョロと流れていた。。
外は明るかった。陽の光が顔に当たり、アイルは思わず目を細めた。
暗渠の外では、警鐘が激しく打ち鳴らされていた。そして、対岸に見える街のあちこちから火の手が上がり、煙が立ち上っていた。
戦線はすでに外城を越え、市街地に達していた。
アイルは暗渠から川に飛び降りた。川は、この三角地帯の分流はどれもそうだが、浅い川だった。川底には葦が生い茂り、川の中腹に幅2メートルの水の流れがチョロチョロと流れているだけだった。
その時、頭上遠くから剣戟の音が聞こえてきた。
アイル達は、護岸の上に顔をだし、道の先を覗いた。
道の先では、二つの軍隊が闘っていた。一つは黒い甲冑に身を包んだザクセンの兵だった。もう一つは銀色の甲冑に身を包み、たくさんの騎馬兵とともに闘うローゼンハイムの兵士だった。
先頭は激しかった。いくつもの空に血しぶきが舞い、あるものは叫びながら倒れ、あるものは首を吹き飛ばされた。そして、何人もの人間が倒れていった。
アイル達は顔を引っ込めた。
【ゲイル】「いまのうちにここから逃げるぞ」
【アイル】「加勢しないのですか?」
【ゲイル】「俺たちが闘っても、なんの役にも立たない。なるべく人通りのない路地裏を通るぞ」
【アイル】「味方の兵士に護衛して貰ったほうが良いのでは?」
【ゲイル】「王が軍属でなく俺たちにこの任務を託した意味を、よく考えろ。もし軍が王女を護衛すべきならば、王は始めからそうしている。王にはそうできない理由があるということだ。もう出発するぞ」
アイルたちは川を上流へと進み、護岸の上へよじ登った。
彼らは通りを見渡したが、人影はなかった。5人は道を突っ切り、一旦路地裏に入った。
ーーーーー
路地裏から西の方向を見ると、およそ500メートルほど先に、ローゼンハイムの外城壁が見えた。
城は、すでに炎に包まれていた。
都市を彩る橙色に統一されたの屋根瓦の間から、たくさんの黒い煙が立ち上っていた。
その毒々しい黒煙は、城の状況がすでに芳しくないことを示していた。
アイル達は町並みを観察して、だいたいここが城の東南東だろうと当たりをつけた。
彼らは今後の道筋を話し合った。
【ゲイル】「俺たちは、一度南の門で姿を見られている……俺たちがスホルトの人間だというのも、すでにバレているだろう。南から脱出するのは難しい。東に逃げるのが妥当だろうな」
【ヤゴー】「俺は賛成だ。アイルは?」
【アイル】「僕もそう思います」
【ヤゴー】「王女様は?」
【アマンダ】「私も、それでいいと思います」
【ゲイル】「決まりだ。東へ向かう」
5人は、細い路地裏を歩いた。通りに人の気配はなかった。
外城と違って大外壁は門が多いし、流入する川も多いので、おそらく姿を見られずに脱出することは可能だろう。
彼らがしばらく道を先へ進むと、背後から軍隊の足音が聞こえてきた。
【ゲイル】「隠れるぞ」
彼らはそばにあった家の扉を開き、中に入った。
家はもぬけの殻だった。中の住人は慌てて脱出したのだろうか、まだ食べかけの食事がテーブルの上に並べられていた。
ヤゴーは皿に並べられていたパンを四つかっぱらうと、二階に上がった。アイルたちも、彼のあとに付いて階段を上がった。
二階も、一回と同様にもぬけの殻だった。乱れたベッドの脇の窓から、埃っぽい部屋に日が差していた。
足音が近づいてくると、彼らは身をかがめた。そのうちに、敵兵の足音は通り過ぎていった。
ゲイルは窓から外を覗いた。兵士たちは、黒の甲冑に身を包んだザクセンの兵士たちだった。
【ヤゴー】「ふう、なんとかやり過ごせたな」
ヤゴーはそう言うと、パンを皆に手渡した。ヤゴーは皆にはかじりかけのパンを渡し、自分は噛み跡のないきれいなパンにパクリと噛み付いた。
【ゲイル】「お前、自分だけきれいなパンを食べるのか」
【ペトラ】「私も同じことを思いました。普通は一番キレイなものを王女様に渡すべきです、常識的に考えて」
【ヤゴー】「えー……」
ヤゴーはそう言い、パンを口から取り出すと、それをしばらく見つめた後、アマンダに差し出した。パンには歯型と唾液がねっちょりとついていた。
【アマンダ】「それは、ヤゴー様がお食べください」
【ヤゴー】「だってよ。悪ぃな」
ヤゴーはそういうと、口元をほころばせながらパンを口の中に放り込んだ。
【ゲイル】「……」
【アマンダ】「ヤゴー様、お怪我の方は大丈夫ですか?」
【ヤゴー】「おう、そりゃもうばっちしよ。すげえな、天使の力っていうのは」
【ペトラ】「気をつけてください。悪魔は天使の力を感じ取ることができるそうです。今回は地下道だったので見つからなかったでしょうが、あまり外でこの力を使わせないようにしてください」
【ゲイル】「よくわかった。気をつけよう」
アマンダは自分のパンを半分に分けてペトラにあげた。アイルは喉が渇いたと言い、下から水差しを持ってきた。そうして、5分後には皆がパンを食べ終わった。
【アイル】「これからどうしますか。夜まで待つというのも一つの手ですが」
【ゲイル】「俺は反対だな。家を一軒一軒虱潰しに調べられたら、いずれはみつかるだろう。戦闘が続いている間に、はやく脱出した方がいい」
五人は、すぐにその家を発った。そして、東へ向かった。
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そうしてしばらく東へ走ったのち、彼らはようやくはじめて避難している市民を見つけた。
彼らは8人の男女だった。彼らは、家族なのだろうか。若い男は太ももに大きな怪我をし、初老の男に肩を貸されて片足をひきずりながら走っていた。
【ヤゴー】「手を貸すぜ」
ヤゴーは見かねてそう言うと、老人と肩を変わったが、どうも背丈が違いすぎた。ヤゴーはえいと掛け声を上げて男を背負うと、小走りで走り出した。
アイルたちは、そのまま避難者たちと城門へ向かった。
城門では検問が敷かれていた。衛兵が門の左右に立ち、通過するすべての人間の顔を確認していた。
当然のことながら、検問を通過するには時間がかかった。避難は滞り、市民たちは焦りだした。
【市民】「何をやってるんだ、早くここを通せ!」
市民の叫び声が響いた。それに呼応して、列のあちこちで怒鳴り声が響いた。
【兵士】「これは王命だ!貴様らは黙って従え!」
兵士は叫び返した。王がこのような命令を出すはずはない。おそらく権力中枢に巣くう売国奴が、王の名を騙り偽の命令を発布しているのだ。
けが人を乗せた馬車が、列になれんでいた。ヤゴーは男をその荷台に下ろすと、列の最後尾にたむろしているアイルたちのところまで戻ってきた。
【ヤゴー】「これからどうするよ」
ヤゴーは訊いた。アイルたちが輪になって顔を見合わせていると、その環の中へ一人の男がぬっと顔を出した。
【謎の男】「王女殿下」
男は急に話しかけた。ゲイルは警戒し、腰の剣に手をかけた。
【謎の男】「警戒するな。俺は王の命を帯びてここにきた。お前たちをここから脱出させる。着いて来い」
【ゲイル】「……お前が信用に足る証拠は」
男は、一呼吸して言った。
【謎の男】「その王命は、銀である」
【ゲイル】「……わかった。案内してくれ」
こうしてアイル立ち一行は男について行った。男は、街道に面した宿に入ると、部屋の奥の倉庫に案内した。
部屋の中には穀類の袋が積み上げられていた。男は小麦の袋を束にして持ち上げると、その下に木で作られた扉が現れた。
男は扉を開けた。扉の中は、地下へ続く階段だった。
【ヤゴー】「おいおいまた地下かよ」
ヤゴーが言った。男は蝋燭を立てたランプをゲイルに渡すと、先へ進むよう促した。
王女が男をすれ違ったとき、男は軽く頭を下げた。
全員が地下の階段へ降りた。扉は閉じられ、アイルたちは再び地下の暗闇に取り残された。
彼らは先へ進んだ。
ーーーーー
地下道は、さっき通った暗渠とは違い、乾燥していた。地下水面より下部にあるこの場所を自ら遮断するのはかなりの技術が必要なはずだ。
壁面はレンガで覆われていたが、所々レンガが剥がれた場所では、混凝土がむき出しになっていた。この地下道は、相当古い時代に建築されたに違いない。
アイルたちは道を進み、地下道から脱出した。外に出ると、再び突然の太陽の眩しさに目がくらんだ。
地下道の出口は、深い葦で囲まれた水路に繋がっていた。水路には、小舟が係留されていた。アイル達は、それに乗り込んだ。
ローゼンハイムがあるこの巨大な三角地帯は、大河ラインベルクから別れた百を越える分流によって入り組んだ水路が張り巡らされていた。この水路も、先を進めばおそらくそう言った分流の一つに繋がっているのだろう。
土手の上の、葦の向こうのどこか遠くから、大砲の砲撃の轟きが遠くから響いてきた。
【ヤゴー】「さて、これからどうする」
【ゲイル】「まず双子城に向かう」
【ヤゴー】「わかった」
双子城とは、三角州の最初の分岐点に造られた防鎖砦だった。それは、左岸と右岸の城塔がまったく等しい対称系なので、そう呼ばれていた。
ゲイルは、水の底に竿を立てて船を進めだした。
水路は、かなり浅かった。おそらく干潮時にはほとんど水が引けるだろう水路を、アイルたちは平底の小舟で滑るように進んだ。ゲイルがオールを泥のなにかに突き入れると、泥の中から何匹ものタニシが舞い上がった。
【ヤゴー】「お、タニシじゃねえか」
ヤゴーがそれを見て呑気なことを言った。
【ゲイル】「そんなものに気を取られる暇があったら、周りに注意しろ!」
【ヤゴー】「へーい」
ゲイルがたしなめると、ヤゴーはふざけて答えた。
彼らは船を進めた。
ーーーーー
水路はすぐに、ラインベルクから枝分かれしたいくつもの分流の一つと繋がった。
分流は水路よりも水量が増えていたが、なおも浅かった。立てばすねほどの深さしかないだろう。
ヤゴーはゲイルと漕手を交代すると、彼は力を込めて船を漕いだ。彼はあえてゲイルより速度を出し、どうだといわんばかりに彼にチラチラと目線を送った。ゲイルは彼を無視した。ヤゴーは小声でちぇと言い、今度は操舵に集中した。
やがて船の進む先に、小さな橋が見えてきた。
この三角地帯には無数の分流と、それに掛かる多くの橋があった。アイルは南の大きな分流しか利用したことがないので、その殆どはどこにあるかさえ把握していない。
彼は眼の前の橋の横面を見て、初めて見る橋だなと思った。
その橋の上を、西から東へ何人もの人間が駆けてきた。彼らもアイルたちと同じように、双子城へ向かっているのだろう。
彼らはなにかに追われていた。そして走りながら、何度も後ろを振り返っていた。アイルは立ち上がって、葦の上から彼らの見ているものを覗いた。
彼らの後方から、ザクセンの兵士たちが追いすがってきた。兵士が持つ抜身の刀身は血に塗れていた。それは、彼らがすでに殺戮を行ったことを示していた。
子供が足をもつれさせ、倒れた。先頭を走る兵士がその子供の上にまたがると、頭上に剣を掲げ、今にも振り下ろさんとしていた。
カチリとなにか金属が噛み合う音が、アイルの真横から聞こえてきた。アイルは振り向いて、彼の真横を見た。
アマンダが銃を肩に構え、片目をつぶり狙いを定めていた。
アイルが止める前に、彼女は銃の引き金を引いた
銃声が響いた。アマンダは肩を衝撃に押され、バランスを崩して尻餅をついた。
弾丸は、兵士の首を貫いた。首から血を流し兵士は倒れた。
橋上の兵士たちが、アイルたちを振り返った。
アマンダは立ち上がり、アイルが止める間もなくフードを脱ぎ去った。
その豊かにウェーブした赤い頭髪が、太陽の光を浴びて紅色にかがやいた。かさぶたを思わせるその赤黒い髪は、葦原の緑色を背景にしてひときわ人目を引いた。
アマンダは叫んだ。
【アマンダ】「子供に手をかけるとはなんたる卑怯者か!貴様の相手は王族の私がしてやる!!!」
アマンダの声は、王族こそが発する声だった。それは人に命じ、服従させ、言外の意味を持つ声音だった。
彼女の声には侮蔑の響きがあった。
アマンダの声に兵士達は気を取られた。その隙に、子供は走り出した。
しかし、兵士達は、子供のことなどもはや眼中になかった。なぜなら兵たちは、アマンダの頭上に現れたあるものに意識を奪われていたからだ。
アマンダの頭上に、白く輝く天使の光輪が浮かんでいたからだ。
敵はアマンダを指さした。そして、弓を構え狙いを定めた。
矢尻の先端が自ら指してもなお、アマンダはそこから動こうとはしなかった。
矢が放たれた。アイルはアマンダの襟首を掴み、引き倒した。矢はアマンダの頭があった場所を、風切り音をたてて通り過ぎた。
アイルたち四人は船を乗り捨て、葦原の中に逃げ込んだ。
ーーーーー
アイル達が葦の中に逃げ込むと、何本もの矢が放たれ、矢の雨が葦の草原に降り注いだ。しかし、すべての矢は空を切った。
アイルたちは、葦の中を走った。
葦原は想像していたより分厚かった。葦はヤゴーの背丈より高く、およそ2メートルの高さがあった。ヤゴーはがむしゃらに葦をかき分け走ったが、その進行は捗らなかった。
ペトラが何かの音に気づき、耳をひくつかせた。彼女はヤゴーに向かって言った。
【ペトラ】「敵兵が後ろから迫っています。確認したいので、私のことを肩車してください。」
ヤゴーはテトラの股の間に頭を突っ込むと、彼女を軽々と持ち上げた。彼女は葦の上から背後を見た。
視界の先で、葦の穂先がゆさゆさと不規則に揺れ動いていた。それは、アイルたちよりもかなり速い速度で前進していた。
【ペトラ】「あいつら、すぐそばまで来ています。このままだと追いつかれます」
【ゲイル】「わかった、火で奴らを撒く。アマンダ、火薬を貸してく。」
【ペトラ】「私は回り込んで囮になります」
ペトラはそう言うと、すぐに葦原の中に突っ込み姿が見えなくなった。
ゲイルは火薬壺とフリントを受け取ると、壺の布蓋を剥がし、中身を草原に撒き散らした。そして、火薬を振り落としながら後退した。
敵が葦をかき分け進む音が聞こえた。ゲイルはフリントを両手に持ち待ち構えた。そして、ゲイルの眼の前の葦が倒され、兵士がその姿を表した。
ゲイルはフリントを打ち、火薬に点火した。
火薬は爆発を起こし、葦原は瞬く間に炎に包まれた。
先頭の兵たちは、炎に包まれた。彼らは叫び声を上げ、倒れた。後続の兵は、黒い煙をたてて燃え盛る炎に、進路を遮られ立ち往生した。火薬の勢いで燃え上がる炎は、兵たちに火の強さを誤認させ、彼らに先を進むことを躊躇させた。
その時、最後尾の兵の後ろから、葦の間からペトラが飛び出した。
ペトラ水平に寝かせたナイフを甲冑の膝の裏に突き刺した。そこは、全身甲冑の唯一の弱点だった。ペトラは素早く葦の中に再び身を潜めた。
兵士は叫び声を上げ、片膝をついた。彼は怒りにかられがむしゃらに剣を振り回した。しかし、その剣先は葦を断ち切るばかりで、ペトラはすでにそこにはいなかった。
一人の兵士がペトラを追って葦の中に突進した。外の兵は、彼に深追いするなと叫んだ。
兵士たちは混乱した。そのわずかな時間を使って、アイルたちは距離を稼いだ。
ーーーーー
アイルたちは、再び分厚い葦原をかき分けながら進んだ。遠くから当てずっぽうに放たれた矢が彼らの頭上を飛んでいったが、アイルたちは足を止めることなく突き進んだ。
そして葦の向こうに、ようやく双子城の城壁が見えてきた。
彼らは、ようやく葦原を抜けた。しかし、アイルは一瞬、立ち止まった。
双子城の胸壁には、兵士たちが立ち並び、弓を構えて待ち構えていた。その矢尻の先端は、アイルたちに向けられていた。
彼らがもし、あのときの南門の弓兵のように、クラウザーたちの味方だった場合、アイル達は矢の雨に晒され、ハリネズミのように無数の矢に穿たれて死ぬだろう。
アイルの背後から、ゲイルが叫んだ。
【ゲイル】「アイル、走れ!迷うな!!」
アイルはそれを聞き、再び全速力で駆け出した。
しかし、その直後、背後の葦をかき分け、 ザクセン兵が姿を表した。
彼らは、アイルの想像以上にすぐそばまで迫っていたのだ。
アイルは全力で駆けた。ザクセン兵たちもまた、全力で追いすがった。
弓兵は、矢を番えたままアイルたちを見ていた。なぜ撃たないのだ。
アイルは訝ったが、すぐにその思考を捨てた。今は考えているときではない。
アイルは必死で脚を動かした。肺が痛み、脚に疲労が蓄積し思うように動かない。
もう、追いつかれる。
そう思ったとき、アイルは手前の地面のあるものに気づいた。
それは、地面に大量の突き刺さった矢だ。それが意味するところは、そこを超えれば弓兵の射程内ということだ。
アイルは矢の林を走り抜けた。直後、弓兵たちから放たれた矢が、真後ろを走るザクセン兵たちに降り注いだ。
彼らは矢の雨に撃たれ、奴らは一人また一人と倒れていった。
アイルたちは、降り注ぐ矢の雨をくぐった。そしてようやく砦にたどり着いた。
ーー
【アマンダ】「ペトラ!」
アマンダは砦にたどり着くと、後ろを振り返って叫んだ。
ペトラの姿は見えなかった。。囮として、今も葦の中に潜んでいるのだ。
アイルたちは、砦の門をくぐった。砦の中庭は、怪我人で溢れかえっていた。
双子城には、沢山の人が逃げ込んでいた。そこにはたくさんの子供や老人がいた。そして何十人もの死体があった。
沢山の人が担架に寝かされ、血まみれの包帯を巻かれていた。
城の中には何人かの神官がいたが、彼らの多くはすでに壁を背にしてもたれかかり、瞑想をしていた。
彼らは瞑想により魔法の力を回復させる必要があるのだ。けが人が多すぎて、神官の人数が足りないのだろう。ここはすぐに傷病者であふれかえるに違いない。
アマンダは中にはの様子にあっけにとられていたが、直ぐに頭を振り、気持ちを切り替えると、銃を抱えたまま城壁の階段を登った。彼女は胸壁に並ぶ兵士たちの一番端に立ち、銃に火薬を込め直した。
アイルは彼女の隣に立ち、方から弓を下ろして葦原を見ていた。
そのうちに、葦が一箇所でガサゴソと動いた。そして、ペトラが葦の間から顔を出した。
【アマンダ】「ペトラ!」
アマンダが叫んだ。ペトラはアマンダを認めると走り出しだ。
彼女が葦を割って出たすぐ隣の場所から、兵士が出現した。
兵士はペトラを追って走った。そして剣を抜き花地、駆けた。
ペトラの小さな体は俊敏ではあったが、平地を全力疾走した場合、やはり人間が走るよりも足は遅かった。やがて、ペトラは段々と距離を詰められた。
アマンダは銃を構えた。そして突然、銃を放った。それは、どんな長弓の射程よりも、はるかに長い距離だった。
銃弾は、兵士の兜の中心に吸い込まれた。彼は頭蓋骨を破裂させ、兜の隙間から血が吹き出しながら死んだ。
ペトラは彼を置き去りにし、城までの距離を走りきった。
【老人の声】「お見事です」
突然、老人の声がかけられた。アマンダは、声の主を振り返った。
【アマンダ】「ザハード様!」
アマンダは言った。ザハードの名前を聞き、アイルもまた顔を上げた。そこには、彼の村長が立っていた。
村長は、村でいつも身につけていたみすぼらしい格好とは違い、大きな青い三角帽と、薄い灰色のローブを着込んでいた。いつもは脂ぎって頭に張り付いている白髪も、今はふわふわと風になびいていた。杖だけは、村で持っていたのと同じ、古木で出来たねじれた杖を握っていた。
【アイル】「村長、なぜここにおられるのですか」
【村長】「なに、昔の血がたぎってな。私も戦いに馳せ参じたまでよ」
【アイル】「そうでしたか。村とは随分姿が違うものですから、見違えました」
【村長】「ははは。そうかそうか。いや、わしも三年ぶりに水浴びをしてな」
【アイル】「どこで水浴びなさったのですか?川でですか?」
【村長】「そこの川でじゃよ。儂が川に入ると、下流は白く濁ったわい」
【アイル】「そんなに汚かったんですか」
【村長】「冗談じゃよ。それはさておき」
村長はそう笑うと、真剣な表情をしてアマンダの方へ向き直った。
【村長】「此度は大変な思いをなされましたな。銃の腕も、随分と上達したようだ」
【アマンダ】「ありがとうございます」
【村長】「しかしながら、あなたの役割はこの砦の防衛ではない。これから子どもたちをブリスコーに避難させる。砦の防御は兵たちに任せて、あなたは食事を済ませなさい。よいですな」
【アマンダ】「承知しました」
アマンダはそう答えると、銃に火薬を詰め、弾を込め直した。アイルはまだ聞きたいことがあったので、村長に話しかけた。
【アイル】「村長、女たちはどうしましたか」
【村長】「女たちはもう船でブリスコーへ避難している。2日のうちに、ブリスコーへたどり着けるじゃろう」
【アイル】「そうですか。村長に一つ、お耳に入れておきたいことがあるのですが」
アイルは、村長に王との謁見の際に起こった出来事を話した。
【村長】「そうか、クラウザーが、国を裏切ったか……」
【アイル】「クラウザーをご存知なのですか?」
【村長】「ああ、クラウザーは私の弟子の一人だ。彼は、色々不安定な部分のある青年だった。そうか、彼は悪魔の力に魅入られたのか……」
【アイル】「もし明朝に言伝の内容を村長に話していれば、色々違ったかも知れません」
【村長】「まあ過ぎたことは考えても仕方ないだろう。お前も食事を済ませなさい」
アイルは尊重に会釈し、階段を降りた。彼は、胸壁に上がる老兵とすれ違った。
老兵はアマンダに向かって話しかけた。
【老齢の兵】「君よ、よくぞご無事で」
【アマンダ】「リヒター……」
二人は知人のようだった。アイルはその場から離れた。
ーーーーー
中庭に下りると、ゲイルが休息している兵士に話しかけていた。
【ゲイル】「盾と剣をよこしてくれ」
ゲイルは言った。彼は兵から長剣を受け取ると、感触を確かめるように、空に向かって何度か振り回した。そして、アイルを見つけると言った。
【ゲイル】「俺は城の防衛に参加する。おまえはアマンダと飯を食ったら、子供たちと一緒にここを発て」
【アイル】「ヤゴーはどこにいるんですか?」
【ゲイル】「さあな。知らん」
ゲイルはそう言うと、城壁の上に登っていった。アイルはヤゴーを探したが、彼の姿はどこにも見当たらなかった。
彼は飯を食うことにした。
中庭の中央に大きな鍋が火にかけられ、粥が作られていた。恐らく避難民であろう女たちが、丼に取り分けた粥を配っていた。
座って飯を食う難民たちに混じって、ヤゴーがどんぶりいっぱいによそったメシを掻き込んでいた。
ヤゴーはアイルと目が合うと、きまずそうにした。
【ヤゴー】「朝から飯食ってねえもんだから、腹が減っちまってな」
【アイル】「ゲイルはもうこの城の防衛に加わっていますよ。メシ持ってってあげたらどうですか」
【ヤゴー】「そうか。あいつは働きもんだな」
ヤゴーはそういうと、もう一杯の丼を受け取り、城壁の上に登っていった。
アイルもアマンダに持っていくために丼をよそってもらった。アイルが振り返ると、目の前にペトラがいた。
「よう、これ持っていってくれ」
アイルはペトラに山盛りの丼を渡した。
ペトラ「あの方は、こんなに食べれません。少食な方なのです」
アイル 腹いっぱい食わないと動けなくなるぞ。きっちり食べさせろ。お前も朝飯食ってないだろ」
アイルはペトラの分の粥を丼によそってもらうと、階段を登りアマンダのそばまで行った。
アイルはアマンダの隣に座ると、三人で飯を食べ始めた。
【アマンダ】「おいしいね」
アマンダが言った。
【アイル】「そうか?あんまり具が入ってないけどな」
【アマンダ】「そんなことないよ。塩気がしておいしい」
【アイル】「お前喉乾いてないか?水やるよ」
アイルはそう言い、二袋から水筒を取り出した。アマンダは水筒に口をつけて飲むと、それをペトラに渡した。ペトラも水を呷った。
アイルがあまんさの丼を見ると、彼女は粥を半分ほどしか食べてなかった。
【アイル】「お前、それで食い足りてるのか?」
【アマンダ】「もう、おなかいっぱいで……」
【アイル】「無理にでも詰め込んどけよ。そうすれば、動ける時間が全然違うからな」
アマンダはうなずき、残りの半分を掻き込んだ。ペトラも同じようにしていた。
アイルは彼女達より先に粥を食べ終わると、胸壁に寝そべって空を見ていた。快晴の空に浮かぶ雲は、地上で起こってることなどつゆ知らず、ただ鷹揚に西から東へ流されていた。
アイルは眠気を感じ、目を閉じた。そして彼は、眠りへ落ちていった。
ーー
アイルは、体を揺すられて目を覚ました。彼は頭をかきながら、体を起こした。
村長がアイルの体を揺すっていた。彼の隣には、さっきリヒターと呼ばれていた老齢の兵士と、もう一人、若い兵士を連れて立っていた。
【リヒター】「君がアイル君かね」
【アイル】「はい」
アイルはそう答え、立ち上がった。
【リヒター】「こいつを王女のお供に連れて行ってくれ」
老兵はそういい、若い兵の方に手をかけた。
【アイル】「……しかし、王からは自分たちだけでブリスコーへ行くよう申し付かっていますが……」
【リヒター】「だが、君たちの中に戦闘訓練を受けたものはいないだろう。彼は適任だ」
【アイル】「ゲイルでは駄目なのですか?」
アイルが村長の方を向いて言った。
【村長】「あいつはここの砦の防衛に参加する。それにやつは除隊してからもう10年経っている」
【アイル】「村長がそうおっしゃるのでしたら」
アイルがそう言うと、若い兵士はアイルへ一歩進み出て言った。
【ルーク】「ルークです。以後お見知りおきを」
【アイル】「よろしく。俺はアイルだ」
アイルは差し出された手を握った。
アマンダとペトラは、すでに中庭に下りて出発の準備を終えていた。
ペトラはポーターのように、巨大な背嚢にパンパンに荷物を詰め込んでいた。
アイルはゲイルとヤゴーに挨拶するため、二人の姿を探した。二人は、兵士たちと集まりなにやら話し込んでいた。
アイルは、話の邪魔になるかもと思い、挨拶することをやめた。
【ペトラ】「ルーク、お久しぶりです」
ペトラがルークを見ると言った。
【ルーク】「久しぶりだな」
【アイル】「知り合いなのか?」
【ペトラ】「私達はもともと国王親衛隊の候補者だったのです。私は受かり、彼は落ちました」
【アイル】「へえ」
【ルーク】「それは三年も前の話だよ。今はあの時より腕は上がってる」
【ペトラ】「へ~そうですか。それは楽しみですね」
ペトラがそう言うと、ルークはペトラのくしゃくしゃな髪を指先でつついた。二人は旧知の仲のようだ。
彼らは砦から出て、川辺の土手を下りた。砦の裏手にある桟橋では、避難民を満載した船が次々に出発しているところだった。
彼は船に乗り込む前に、アマンダを振り返って確認した。
【アイル】「アマンダ、ひとつ確認したいことがあるんだけど、お前は泳げるのか?」
【アマンダ】「いいえ。泳げません」
【アイル】「そうか。これから船で川を下るけど、もし船から落ちた場合、それがどんな状況であっても、すぐに大声で助けを呼べ。わかったか?」
【アマンダ】「わかりました」
アマンダはそう答えた。
アマンダたちは、船をだし、双子城を出発した。
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【村長】お前たちは兵たちと共に下ることはできない……わかるな
【アマンダ】「わかりました」
村長「どこかで、仲間を募るのだ
【アマンダ】「わかりました」