14 北部連隊との謁見
王が帰還する
王は悪魔の生首をやりの上に掲げている
沸き立つ群衆
ーー
その日の午後、ブリスコー領主であり南部連隊騎士長であるクルツ・フォン・ハインツベルグが前線から帰還した。
南部連隊は パルパット砦の奪還に失敗した。彼らは道中に点在する村の村民を引き連れてブリスコーに帰還した。
ブリスコー騎士団の城塞の一室では、難民の扱いについて喧々諤々の議論が繰り広げられていた。
【武官】「私は反対ですな、納税も兵役も果たさないでいた人間たちを庇護するのは」
隻眼の武官が異議を唱えた。ラインベルクの対岸には、国家の支配を嫌い山中に居を構え、納税の義務を逃れていた者たちがいた。これらの村は大概は地図になく名前もなかった。
【クルツ】「わしも若い頃は、頭の固い騎士団の仕組みに反発して冒険者稼業をやっていたからな。独立心が強い彼らの生き方もわかる。彼らの大半は自給自足で暮らしているわけだしな。そもそもそれが南部人の生き方として称揚されてきた。ただ今回は魔物の侵略に本格的に晒されて、国家の庇護下にあることの利点も重々理解できたはずだ。つまりこれは、順序が逆だが合法的な支配に成功したんだよ。過程はどうあれ我々は彼らを支配下においた。彼らは手づから自由の一部を手放したわけだから、今後は当然国家に忠誠を誓うだろう」
【武官】「本当にそうなるでしょうか。再び納税を拒否し、内部から反乱を起こすやもしれません」
【クルツ】「国民の義務を果たさないものがいれば、ここから追い出すだけだ。自ら去る分には拒まん。しかし庇護を求めるものには、そうする。まあ例えが悪いが人狩りに成功したとでも思え」
【イーサン】「エルフが保護されてることに意義を唱えるものもいます」
【クルツ】「誰だ」
【イーサン】「ケルドン伯です」
【クルツ】「なるほどな。そうか……。しかし既にエルフは徴募に応じた聞いたが」
【イーサン】「は。すでに二十名が連隊に加わっています」
【クルツ】「ならば保護することに問題はない。ケルドンはわしから説得しておこう。もしだめならば、後処理はお前に任せる。して、報告にあったパルパットの生き残りの少年だが……」
【イーサン】「外に控えさせています」
アイルは扉を開けて部屋に入った。
中では壮年の騎士たちが長いテーブルに座り、アイルを観察していた。彼はこの部屋の人間達がいかなる強者であるのか、魔法を知った今だからこそわかった。
アイルはあんとなく右手の後方に気配を感じた。振り返ると、例のカエル顔の老人が部屋の隅に佇んでいた明るい部屋で見ても、彼は年齢不詳だった。彼は無表情でアイルを観察していた。
【クルツ】「ほう、よくその方に気づいたな?では、砦で起こったことを話してもらおう」
アイルは砦で見たものを順を追って話した。南部連隊の兵士の死体が村で見つかったこと。砦の兵士はほとんどが皆殺しの目にあっていたこと。少年たちが荷車に乗せられて南へさらわれたこと辺境伯の娘を救出したこと。内通者は灰色のローブを着たその魔術師であり、そいつはクラウザーを名乗っていること。緑青という巨大なオークが砦を支配していたこと。そして、彗星と呼ばれる赤い鎧を着たオークが子どもたちを連れ去ったこと。継手のある巨大な大砲が砦の防御を破ったこと。ジレットと呼ばれた悪魔がパルパットにいた事。
【クルツ】「継手のある大砲か。ウルバン砲だな……。ところで君は、その少年たちについてなにか知っているかね」
【アイル】「何か、とは?」
【クルツ】「何でも。知ってることを全て」
【アイル】「そうですね……その少年とは、目が合いました」
【クルツ】「目が合った?」
【アイル】「はい。兵舎の中に隠れていた時、私は暗がりから彼らを観察していました。そしてその少年は自分のことを見つけて、お互い目が合った……それだけです」
【クルツ】「他にはなにもないか?」
【アイル】「……砦の兵士達が話していたのは、その少年達は囮ではないかということです。”手”とかいう国の諜報機関が彼らを囮に使い、ウルゴーン山脈を越える進入路を探ろうとしていると」
【クルツ】「その話を誰かにしたかね?」
【アイル】「いえ。誰にもしていません」
クルツはモノクルの役人を見た。
【イーサン】「彼は真実を述べています」
【クルツ】「よくわかった。今の話は決して他言しないように。ところで君は義勇兵に参加するようだな。君はアスタロトとは何か知っているかね」
【アイル】「義勇兵に参加する際に名前は聞きました」
【クルツ】「なるほど。以前よりこの南部前線ではオーク共との戦争が続いているが、こいつらの裏には国賊の魔法使い共が糸を引いている。悪魔に魅せられ国を裏切り悪魔の手先となった魔法使いたちが。そしてその悪魔こそがアスタロトだ。アスタロトは己を信望するものに無限の叡智を授けるという。魔法使い達はアスタロトの持つ無限の叡智に惹かれて頭が狂ってしまっているのだ。我々はこの魔術師たちを抹殺しなければならない」
クルツは立ち上がり、アイルに向かって手を差し出した。
【クルツ】「しかし国が戦っているのはこの南部だけではない。ネーヴェでは東夷の乗る竜種の類が目撃されたようだ。ラインベルクを支配しているあのいまわしい船も東夷の寄越したものだろう。敵の力は強大我々は力不足だ。国家は君のような勇敢な戦士の忠誠を待っている」
アイルが部屋から出ると、例の年齢不詳の老人はいつのまにか廊下に出ており、彼の後ろから声をかけた。
【翁】「君は、さっき部屋に入ったとき、どうして私に気づいたのかね?」
【アイル】「……わかりません。なんとなくです」
【翁】「そうか、なんとなくか。わしは団長とともに例の中洲の遺跡にいたのだが、覚えているかね?」
【アイル】「覚えています」
【翁】「そうか。中洲で見た君のエーテルの表出は、それは見事なものだった。儂は君のことを非常に気に入っているんだ。ところで君は、職能は何にするかもう決めているのかね?」
【アイル】「職能?」
【翁】「義勇兵団ではそれぞれの適正に合わせて兵士を型に分けて訓練するのだ。そうさな、例えば君は狩人と盗賊とならどちらを選ぶかね?」
【アイル】「それは狩人かと」
【翁】「なぜかな?」
【アイル】「ここに来る前、自分は狩人だったからです」
【翁】「なるほどよくわかった。だが……君はぜひ盗賊を選びなさい」
【アイル】「え……?」
アイルは唐突な提案に戸惑った。
【イーサン】「その人の言うことは聞いたほうがいいですよ」
部屋から出てきたモノクルの役人が、声をかけた。
【イーサン】「その人はロードラン最高の戦士の一人ですから。彼の選択なら間違いありません」
【アイル】「私は盗みはやりません」
アイルが応えた。
老人と役人は、顔を見合わせて笑った。
【翁】「いや決っして盗賊とは盗みをする仕事ではない。ただ便宜上、そういう職能に分けるだけだ」老人は笑い、役人に目配せをした。
【イーサン】「アイル君、すまないがこれは決定事項だ。君の天命がこう言ってるんだ。きみは盗賊を選ぶのだと……」
役人はモノクルを外しながらアイルに顔を近づけた。彼の長いまつげの下の左目が一瞬青い妖艶な光を放った。その瞳は瞳孔が開き、あり得ないことだが瞳孔そのものが青く色づき自ら光を放っていた。
アイルは身動きが取れなかった。彼の意識はただただその瞳の中に吸い込まれた……。
気付くとアイルは広場に立っていた。通りには馬車が行き交い、商人の大きな怒鳴り声が聞こえてきた。
アイルは自分がなぜここに立っているのか思い出せなかった。
彼は後ろ首をかき、自宅の方角へ歩き出した。
夜になり、義勇兵たちはいつものように焚き火を囲った。
みな椅子に座っていたが、とぐまだけ隅の方でちょんと座っていた。昨日風呂を覗いた反省だ
【レイセン】「これ、職場で余った焼鳥です。みんなで食べてね~
レイセンが焼き鳥を皆に配ったが、トグマのことは無視した。彼は何も貰えなかった。
【トグマ】「俺は」
【レイセン】「なんで風呂覗くような変態にあげなきゃいけないの」
【トグマ】「反省してるっつってんだろ~。ただのジョークじゃねえか。うえ~ん」
【アイル】「……俺のやるよ」
トグマがあまりに馬鹿みたいな嘘泣きをするので、アイルは半分食った焼き鳥をやった。
【テオ】「そいつと仲良くすると、あんたも共犯とみなすけど?」
【アイル】「ははは……。そういやトグマ、お前昨日風呂入ってないな」
【トグマ】「これがあるからな。見られたくねえ」
トグマはそう言い、右手の包帯を見せた。
【アイル】「何。そんなひどい傷なの?」
【トグマ】「別にそういうわけじゃねえけどよ……」
トグマはそれきり黙りこくった。
近所のおばちゃん達が、たくさん連れ立って風呂から出てきた。
彼らが手直しした風呂は、近所の人になかなかに評判だった。冒険者連中もたくさん入りに来て、特に女性冒険者達からは感謝された。
彼らはお礼として酒をもらったので、今はみんなで回し飲みしていた。
【トグマ】「っか~うめえ」
トグマは酒を飲むと、いつの間にか元気になっていた。
【アベル】「それハンブルクの酒らしいよ」
【トグマ】「ハンブルクといやあドワーフの酒で有名じゃねえか。おいジェイ!おめえからみてこの酒はどうなのよ」
【ジェイ】「ふっ。まあまあだな」
【トグマ】「この酒でまあまあなのか」
【ジェイ】「ああ。おれらは自分好みのエールをつくってるからな」
【トグマ】「それ飲んでみたい!」
【アイル】「飲めるわけねーだろ、こんな状況で」
【ジェイ】「いや、酒造りの道具は一緒に避難させたんだ」
【トグマ】「まじか!さすがドワーフだなぁ」
【ジェイ】「まあ、そのうち機会があれば飲ましてやるよ」