7 アロンゾ1
アイルたちが上流に向かっている途中、上流から、死体が流れてくる。
「おい!死体がそっちにいったぞ」
アイルたちは、船を操縦し、死体を拾い上げた。
少年の死体だった。体の下半分はなかった。
アイル「可哀想に」
アベル「上流で何かが起きてるみたいだ」
彼らは船を追い越し、先頭を走り、上流へ向かった。
アロンゾが、炎に包まれていた。
アイルは、アロンゾの街に上がった。
アロンゾの村は、焼き払われていた。
それも、徹底的だった。
いや、なにかがおかしい
アイル「死体がないな」
死体は、他で処理したということか?どうなんだろうか
ジェイが顔を出す
ジェイ「おい、アイル」
アイル「ジェイ」
アイル「どうした
ジェイ「ゲリラ戦やってるんだよ」
アベル「やつらの船がやって来た」
ジェイ「ちい、おい坑道に逃げ込むぞ
みなジェイの後を追い、走った。
そして洞窟に入った
洞窟で休む
石綿の布を被り、休む
やがて彼らはアロンゾにたどり着いた。
アロンゾの港は支流から少し奥に入った場所に作られていた。アロンゾは太古の昔から鉱山として利用されており、その港は川の上流域のものとしては非常に大きかった。
しかし、普段はたくさんの交易船が行き来するその港も、今はもぬけの殻だった。
アイルたちは港の少し上流の場所に船を止めた。
【アイル】「ちょっといってくる」
アイルはそう言い、彼は船を飛び降り、丘を駆け上がった。
アロンゾは港から少し坂を登った丘の上に建てられていた。アロンゾの裏手には鉱山があり、その赤褐色の岩盤の表面には数百を超える横穴が掘られていた。その中身は迷路のように入り組み、今ではドワーフですらその全容を知るものはいないという。
アイルは村の門までたどり着いた。村の入り口の門には、ドワーフの顔面が象形されたトーテムポールが二本立っていた。
村には人の気配がなかった。屋根と屋根の間に張られた色とりどりのタルチョが、微風を受けてゆらゆらとたなびいていた。同じく空中にはられた紐の上には、洗濯物が干されたままになっていたが、それは昨晩の大雨の水をすい、大きく垂れ下がっていた。
アイルは大通りを歩いた。彼は勝手口の開け放たれた家そ覗いた。
家の中は、食事途中の食器類がそのまま投げ出されていた。固くなったパンが床に転がり、茶色く変色したスープには蝿がたかっていた。
アイルは他の家も覗いたが、どこも同じようなものだった。
その時、 川の方角で音が響いた
砲撃を受けてる
船が燃えている
この村、アロンゾはすでに打ち捨てられていた。ルーはすでにブリスコーへ向かっているのだろうか。
彼が再び村の入口までやってきたとき、丘の下からアベル達が走ってきた。
【アベル】「オークがこの村に向かって来てる!」
アベルが叫んだ。
アイルは丘の際まで走り、体を草むらの間に伏せて港を覗き込んだ。
港にはすでに帆船が錨をおろしていた。そして、地面には幾体ものオークが獣にまたがって立っていた。
それはリンバーだった。リンバーとは、鹿の体にヒトの顔面のようなものが張り付いている四足の生物だ。それはその異様な醜形からリンバーは半魔の類だ呼ばれていた。半魔とは、魔物と野生動物の交雑種のことだ。
あれから逃げ切ることは至難の技だ。アイルは皆のところに戻った。
くくっそ、どうする
「アベル!!」声がする
声のした方を見る
ジェイがいる
こっちに濃い
穴蔵へ
ここでゲリラ戦やってるんdな
なるほど
叩くぞ
【アイル】「船はどうした?」
【テオ】「船は川の中に沈めておいたわ」
【アイル】「よし、みんな村の奥へいこう。坑道へ逃げ込む」
アイルたちはアロンゾの表通りをひたすらに走った。途中で道を曲がると、今度は建物と城壁の間の隘路を通った。日の影に入る暗い路地裏は、大雨の直後にも関わらすどこか埃の匂いがした。アイル達はその道を素早く通り抜けた。
やがて彼らは鉱山の崖際まで来た。彼らは階段を上がり、左手にある坑道に向かった。
【アイル】「この穴だ」
アイルは言った。その坑道は、入り口が濁った水で水没していた。
【アイル】「奥に坑道の天井があるのが見えるか?あの穴の奥は上り坂になっていて、進むと空間がある。あそこに隠れるぞ」
【アリア】「水に潜るの?食べ物だめになっちゃうけど……」
【テオ】「今はそんなこと言ってる場合じゃないでしょう」
【アイル】「俺が先に行く」
アイルは言った。彼は水の中に入り、坑道の縁まで立ち泳ぎで進むと、息を大きく吸い灰色に濁った水中へ体を沈めた。
アイルは平泳ぎで水を掻いた。指先がザラザラとした横穴の壁面にあたった。彼は地面を蹴ったが、足元は苔のようなヌメヌメとした物体で覆われ滑って踏ん張りが効かなかった。そうしてゆっくりと進んだあと、足はようやく上り坂の斜面を捕らえた。彼はそのまま進み、やがて水面に顔を出した。
穴の先の空間は暗く、壁面からは僅かな陽の光が差していた。おそらく隣の横穴と繋がっているのだろう。光は、暗黒に包まれた坑道の輪郭をわずかに照らしていた。
彼は自ら上がった。その時、アイルは眼の前に何かが立っていることに気づいた。それは刃を向け、その切っ先をアイルの鼻面に突きつけていた。
アイルは身動きが取れず固まっていた。そのとき眼前の輪郭がわずかに揺らぎm言葉を発した。
【男の声】「アイルか?」
その影は言った。アイルはその声に聞き覚えがあった。
【アイル】「ジェイか?」
アイルはそう言った。
ジェイは剣を鞘に入れ、後ろに下がった。光がドワーフの横顔を照らし出した。
それはドワーフの若き戦士ジェイであった。
ーー
アイルの目がようやく暗がりになれた頃、残りの仲間たち全員が水の中をくぐり終えた。みな先客の存在に驚いていた。
ジェイの他に、坑道の奥に一人の子供のドワーフが隠れていた。彼女はくせ毛の茶髪を結った寸胴体型の子供だった。彼女は大きな水色の瞳にそばかすだらけの肌をしていた。
【アイル】「その子は?」
【ジェイ】「この子はハンだ。この子の親は最近寝たきりになってな。母さんを置いて逃げれないっていうもんだから、説得するのに時間がかかってな。それで逃げ遅れた……」
ジェイはそう言い口をつぐんだ。おそらく彼女の親は、村のどこかに取り残されているのだろう。みな事情を悟り何も聞かなかった。しばらく沈黙が流れた。
【アリア】「食べ物、駄目になっちゃった」
アリアが言った。彼女は皮袋の口を開けると、ふやけて湿った干し肉を取り出した。
【ジェイ】「まあ別に食えなくもないだろう。大雨のあとの新しい水だから、濁っちゃいるがそこまで汚くはないはずだ」
アイル達は他の荷袋も開けた。小麦の袋は水に浸かり泥状になり、このまま放置するとすぐに腐敗を始めそうだった。彼らは部屋の一番乾燥した場所を見つけ、小麦を床に薄く引き伸ばし乾燥させようと試みた。
干し肉はいま全て食べてしまうことになった。乾燥きのこは火がなければ調理できないため、これも床に並べて干すことにした。
【アイル】「全員よく服を絞って乾かしておいて。服が濡れた状態で寝ると、一気に体力奪われるからな」アイルが言った。
アイルは干し肉を噛みながら濡れた服を脱ぎ、両手で絞った。下着以外は裸になり、絞った衣服を床に広げた。
女子もみな服を脱いだ。ネネは上着を広げながら男子の方をを観察していた。
【ネネ】「こっち見ないでね」
ネネは言った。男たちはのらりくらりと体をそむけた。
アイルはふとある事に気づき、振り向いて尋ねた。
【アイル】「アマンダ、銃は濡らしちゃったか?」
アマンダは服を脱ぎ半裸だった。サラシを取り小ぶりのツンとした乳房が暗がりの中で顕になっていた。
【アマンダ】「きゃっ」
アマンダは小さく叫び、急いで胸を隠し一瞬で半泣きになった。
テオが舌打ちをして湿気ったきのこを投げつけてきた。アイルはあわてて顔を背けた。
アイルは今見たものを反芻した。彼女の背中には黒い文様のような痣があった。それは一見すると魔法陣のようでもあった。
【ネネ】「アマンダちゃん、この背中の模様はなんなの?」ネネが聞いた。
【アマンダ】「私にもわからないの。5歳ぐらいのとき、鏡を見たらいきなりこの痣がついていて……」
【アリア】「なんか魔法陣みたいに見えるね」アリアが言った
【シリカ】「あまり詮索しないでいただけますか?王女のお体のことですから」シリカが言った。「この痣のことも内密にお願いします」
【アリア】「ほーい」アリアが言った。
【ネネ】「シリカちゃん厳しい~」ネネがふざけた声でいった。
【シリカ】「ちゃんってなんですかちゃんって。王女に向かってちゃんとはなにごとですか。不敬ですよ。そもそも女性同士であっても王族の裸なんてジロジロ見るものではありませんよ。そもそも……」
女たちがわちゃわちゃ騒ぎ出したので、アイルはジェイに話しかけた。
【アイル】「ジェイ、この村はいつ襲われたんだ」あいつが聞いた。
【ジェイ】「村は三日前に襲撃された。その一日前にブリスコーから連絡が来て、女子供は避難させられた。男たちは村を守るために残って、負けた。今は森の中で遊撃戦だ。」
【アイル】「じゃあ森の中に生き残りはいるんだな?」アイルが言った。
【ジェイ】「ここの下流のな。ルナン川との合流場所で戦ってる」
【アイル】「ルナンか。ルナンだとここから十マイルぐらいかな。歩きでもすぐに行けるが……」
【ジェイ】「ルナンの手前にでかい中洲があるだろ。なんか昔のボロボロになった遺跡がある場所だ。あそこが重要拠点だとかで戦闘があったらしい。だから南部連隊はあそこに防衛戦を敷いてるんじゃないか」
十マイルならば森の中を歩いても一日でたどり着ける。アイルが計算していると、ルイが言った。
【ルイ】「四日前にルーってやつがここに来たはずだが、知らないか?」
【ジェイ】「悪ぃ。知らん」
【アイル】「まあスホルトからは丸二日船で漕げば一日でここまで来れるし、多分助かってるんじゃないか」
そのとき、壁の外から足音が聞こえた。壁の隙間から差し込む光が、魔物の影に遮られ明滅を繰り返した。皆息を止めて固まっていた。
足音はしばらく坑道の中に響いていたが、やがてどこか遠くへ離れていった。
【アイル】「とりあえず一旦休もう。夜になったら外を見に行く」
ーー
かなりの時間が立ち、アイルは眠りから覚めた。部屋の中はほんのりと明るかった。アイルが見ると、火の付いたろうそくが排水溝の床に置かれていた。
【アイル】「おい、光が漏れるんじゃ……」アイルが小声でいった。しかし、テオが壁の方を指さした。壁の隙間は土くれで塞がれていた。
【テオ】「もう夜になったわ」テオが言った。
【アイル】「わかった」アイルは答えた。
アイルはズボンだけ履き、再び水の中にゆっくりと入っていった。頭を水中に漬けると、ろうそくのか弱い炎は濁った水に遮られ、視界は再び暗黒に包まれた。手で坑道の壁面を探りながら進み、やがて手が何もない空間を掻くと、なるべく水音を立てないようゆっくりと水面に浮かび上がった。アイルは水面から顔を出し、周囲を観察した。あたりに生き物の気配はなかった。アイルはゆっくりと水から上がった。
アイルは道の反対側の林の中に入った。そして木々の影から村の様子を観察した。アロンゾのいくつかの家には明かりがついていた。彼が村の入口を見ると、門のそばに荷袋を積み込んだ荷車が五台も置かれていた。
やつらはここを拠点にするつもりなのだろうか。アイルはさらに村の方へ踏み出した。
村の奥に近づくと、猟犬の吠声が遠くで響いていた。リードか何かに繋がれているのだろうか、金具のガチャガチャと鳴る音が小さな音が聞こえた。明かりの付いた家からオークが一匹ぬっと出てきた。そしてまだ肉のこびりついた骨を犬に向かって放り投げた。
犬は肉の周りに集まり尻尾を振ってむしゃぶりついていた。
アイルは坑道に戻った。
ーー
【アイル】「猟犬が何匹かいた。やつらはリンバーに乗ってるし、陸路での脱出は難しいかもしれない。ジェイ、この坑道の奥はどうなってるんだ?」
【ジェイ】「別の坑道に繋がってるよ」
【アイル】「それは、外に繋がってるのか?」
【ジェイ】「ああ繋がってるぜ」
【アイル】「一度奥を見ておきたい。案内してくれ」
ジェイは立ち上がった。そして坑道の奥を先導した。
坑道の奥は細かいレンガ積みの壁面で覆われていた。幅三フィートほどの狭い上り坂の道を進むと、道はさらに何度か曲がった。そして坑道は、別の出口に続いていた。
アイル達は出口から外を覗き込んだ。そこは崖の中腹に空いた穴の一つだった。
夜の空はすっかりと晴れ渡り、空にはきれいな月がのぼっていた。月の光に照らされた白い雲が、ゆっくりと空を流れていた。
アイルはそこからアロンゾの様子を観察した。先程よりも多くの家に明かりがつき、大通りの中央では大きなキャンプファイヤーが焚かれていた。
どうもやつらはお祭り気分らしい。
【アイル】「やつらはすぐ勝った気になって馬鹿騒ぎするな」
【ジェイ】「どうする?」
【アイル】「陸路を選択できない以上、船を使うしかない。しかし船は川に沈めてるんだろう。見つからずに脱出できるか……いや危険だな。もしやつらがここに拠点を作るつもりなら、とどまっても状況は悪くなるだけだろう。しかし一時的に停留しているだけなら、やつらが去った後に脱出したほうがいい」
【ジェイ】「なるほど」
【アイル】「一日様子を見たい。戻ろう」アイルは言い、坑道の奥に戻った。
彼らは次の日は一日中坑道の中に身を潜めた。彼らは体力を温存するため、なるべく寝て過ごした。
やがて夜になると、アイルは再び上の出口へ上り、穴から村を見下ろした。
家の明かりは昨日より増えていた。どうやらオークは本格的にここを拠点にするつもりらしい。
【アイル】アイルは下の坑道に降り、皆に言った。「深夜にここを脱出する。準備しておいてくれ」
【ハン】「お母さんがどうなってるか、見に行きたい……」ハンがぐずりながら言った
【アイル】「お前の母親は、どの家にいるんだ?どの家だ」アイルは訊いた。
【ジェイ】「ああ、それなら煙突が二本ある家だ」ジェイが答えた。
【アイル】「門のすぐ手前の家か?のそばの家か?」
【ジェイ】「そうだ」
確かその家は明かりがついていなかった。その家ならば隣の林に隣接しているし、危険を冒さずに侵入できるはする。だが……
彼は迷った。オーク達のことだ。母親はすでに殺された上に死体を弄ばれているかもしれない。
【アイル】「俺たちがお母さんの様子を確かめる」アイルが言った。「もし俺たちが駄目だと言ったら、母親には会わずに直ぐここを立つんだ。いいね?」
ハンはこくりとうなずいた。
やがて深夜になった。ほとんど満月に近い月は南中し、あたりを明るく照らし出していた。
彼らは出発した。ひとりずつ水の中に入り、坑道から出た。そして道を突っ切り、林の中に入った。
彼らはそのまま林の中を突っ切り、村の出口までたどり着いた
【アイル】「じゃあ行ってくる」アイルは言った。そしてハンの家の裏手に近づいた。
その家の裏口にはドアがあった。アイルはドアに手をかけゆっくりと押し開け、隙間から中を覗いた。家の中は真っ暗闇で静まり返っていた。
アイルは階段を登った。二階に上がると、部屋の扉の一つが半開きになっていた。
アイルはそっとドアを開き部屋の中に入った。そのとき、鼻を刺す腐敗臭がアイルの鼻を覆った。
部屋の中央に何かが座っていた。アイルはそれの正面に回り込んだ。
それは椅子に縛られた女の死体だった。その椅子の背もたれは血に覆われ、赤黒い塊が一面にこびりついていた
彼女の腕は椅子の手すりに縛られ、両手の指は全て切り落とされていた。両目はえぐり出され蓋のない眼科が虚空の一点を見つめていた。
拷問されている。アイルの心臓が鼓動を増した。もし拷問されたなら、ハンのことはバレただろう。それならば、坑道のどこかに俺たちが潜んでいると知っていてもおかしくはない。
やつらは一度俺たちの隣の坑道に入ってきた。それは、俺たちの存在を疑っていたからではないか?
アイルは足早に皆のもとに戻った。
【アイル】「今すぐ逃げる」アイルは言った。
【ハン】「お母さんは」ハンが聞いた。アイルは首を振った。
彼らは斜面を駆け下りた。港の先にはオークの気配はなかった。湿った草地に蛙の声がやかましく響いていた。
彼らは、船を隠したクルミの樹の下へきた。
月の光が川を照らしていた。
しかし、その淡い光は川底に本来あるべきものを映し出してはくれなかった。
【テオ】 「船がないわ」テオが言った。
その時、彼らの背後に立つ一本の大きな樫の上で、なにか巨大な物体が動めいた。
【アイル】「後ろだ!!!」アイルは叫んだ。
その物体は宙を飛んだ。そして地鳴りを響かせて、アイルたちの真正面に着地した。
それは緑青だった。
月明かりの光に緑色の鬣が燐いた。背に背負った巨大な両刃の大斧が怪しく光った。
緑青はアイルを睨みつけた。その巨大な足底は、着地の衝撃で川辺の湿った地面を深くえぐっていた。
アイルは短剣を抜き、その緑色の巨体に向かって走り出した。
【アイル】「戦うぞ!」アイルは叫んだ。
アイルは着地直後の体の硬直を狙い、ふところ目掛けて一気にとびかかった。
オークは背中に手を回し、背負った大斧を振りかぶった。
やはり遅い。
アイル斬撃より早く緑青に近接すると、すれ違いざまに太ももに剣を突き立てた。
しかし、鰐のような硬い皮膚に、ナイフは浅く肉を抉るのみだった。
アイルはそのまま後ろに回り込み、仲間と一直線上に挟み込むようポジションを取った。彼は後方から挑発し、隙を作るつもりだった。
【ジェイ】 「うおおおおおおおおおおおおおおお」!!!」
ジェイが緑青に負けないほどの戦咆を上げ、斧を振りかざし突進してきた。
すかさずアイルも緑青の背後から細かいステップで接近し、あえて足音を響かせ緑青を挑発する。
ダマスカスナイフの妖艶な波紋に月の明かりをゆらゆらと反射させ、あえてナイフを見せる。その視界の端で鋭利な切っ先を泳がせる。
【アイル】 アイルは叫んだ。「こいつは毒を飲んだ上に怪我している!殺せるぞ!」
緑青は、左手に斧を持ち替えた。
そして突如、ハンマー投擲の如く体を捩り左回転斬りを打ちはなった
アイルはバックステップで距離を取った。アイルの目の前を豪速の大斧が通過した。斧の風圧がアイルの顔を押した。
緑青は回転を落とさず、今度は真正面から近づくジェイに向かって、その横薙ぎを打ち込んだ。
ジェイの斧は、真正面からはオークの大斧にぶつかりあった。
衝撃の火花が炸裂し、波立つ川面は閃光の白熱に照らされた。
巨大な重量物同士がぶつかる衝撃の轟音が、アイルたちの骨を揺らした。
そしてジェイの斧は砕けた。
それは風化侵食した岩石のように四方に粉々に砕け、バラバラに吹き飛んだ。
ジェイは打ち合いの衝撃で30フィートも吹き飛ばされた。
しかし、さしもの緑青の巨斧も、ジェイの全膂力を賭けた斬撃の前に、流れた。
テオがその隙きを逃さずすかさず突進してきた。
【テオ】「oumü ël jact ël halva!」
古代の、おそらくエルフ語であるだろうそれを口中で唱えると、テオの細身の直剣は青い氷柱に覆われた。それは月の光を反射し、青白く燐光した。
緑青は膝を落とし、待ち構えた。
【アイル】「ガラン、こっちだ!」アイルは後ろから大声をあげた。突如自分の名前を発せられ、緑青は思わず反応した。
テオはその隙に剣を打ち込んだ。その切っ先は緑青の左太ももを貫通した。
「がぁっ!!!」緑青は声を上げ、バックステップで飛び退いた。彼がつららを抜き取ると、傷穴から赤黒い血が吹き出した。
アイルはまた背後で足音を立てて挑発した。緑青は振り返り、横目でアイルを睨みつけた。
アイルの短剣の間合いでは、臨戦態勢のやつの懐に飛び込むことはできなかった。しかし、これでいい。
アイルは横目でネネたちを見た。
ネネ達はすでに支流に飛び込み、川の中ほどまで進んでいた。ハンもアベルの背に掴まり、ねねたちのすぐ後ろを泳いでいた。
これでいい。このまま時間を稼ぐ。
ルイも囲いに加わった。見ると、その手にはジェイの細剣が握られていた。
ジェイも起き上がり、彼はルイの持っていた長剣を握り、再び包囲に加わった。
四対一だ。しかも相手は手負いで5日前に毒を飲んだ。勝機はある。
ルイがじりじりと緑青の真横に陣取った。
ルイは細剣を握ったことはなかった。その薄刃は、ルイの手の震えを増幅した。そして月の光が、その剣の先を瞬かせた。
緑青はそれを見逃さなかった。
緑青は地面を蹴った。その急激な荷重に地面は強くえぐれ茶色い土が舞った。彼は刹那にルイに漸近した。そして両刃の大斧を雑に払った。
ルイは、体の前で細剣で構え、正面からその斬撃を受けた。
しかし細剣は折れた。破片は舞った。斬撃は皮の鎧に吸い込まれた。
ルイの体に両刃斧の極厚の刃が食い込み、彼は血しぶきを上げながら吹き飛んだ。彼はクルミの木に激突し、崩れ落ちた。
緑青は間髪入れずルイに突進した。
ジェイが反応し、追いすがった。しかし緑生のあまりのスピードに、彼は追いつけなかった。
緑青がルイに迫った。
その時、闇に突然の閃光が走った。火薬の炸裂音が闇夜の川面に響き渡り、何度も何度も反響した。
アンナが、短銃を緑青に向けて、仁王立ちで立っていた。その銃口から白い煙が立ち上っていた。
緑青はその場に崩れ膝をついた。鉛玉が緑青の左足を穿っていた。
アイルは駆けた。そして緑青の間合いに一気に飛び込み、膝の銃創に剣を差し込みねじり上げた。
緑青は悲鳴を上げた。緑青が座ったまま斧を振りかぶったので、アイルは再びバックステップで距離を取った。
やつは動けるか?動けるとしても、もう動きは鈍いはずだ。
【アイル】「全員川に飛び込め!」アイルは指示した。
アイルはルイのもとへ駆け寄った。
ルイはうつろな目をして、クルミの木の幹に寄りかかっていた。
皮の鎧は斬撃に裂け、むき出しになった腹からは腸が飛び出していた。
彼はアイルを見た。そして口元を動かした。
アイルは彼の口元に耳を近づけた。
「生きろ」ルイは言った。
アイルは顔を離し、再びルイの顔を見据えた。
彼の呼吸は止まり、すでに死んでいた。
アイルはルイのまぶたを優しく閉じた。そして川に走った。そして川に向かって飛んだ。
彼が跳躍した瞬間、背後で足音が聞こえた。
アイルは空中で体をよじり、背後を見た。
緑青が、いた。彼は振りかぶった斧をアイルの顔面めがけた打ち下ろした。
アイルは短剣をその斬撃の軌道に差し込んだ。
斧は短剣ごとアイルを吹き飛ばした。彼は水面に上から叩きつけられた。
緑青はアイルを追って水中に飛び込んだ。
爆弾のような水しぶきが上がり、水圧と波にアイルの体はかき混ぜられた。
アイルは水をかいて逃げた。
しかし緑青はアイルの左足を掴んだ。そしてアイルを水中に引きずり込んだ。
アイルは水を飲み、溺れた。緑青は勝利を確信した。彼は歯をむき出しにして笑った。
その時、テオが沈んだアイルと交差するように緑青の間合いに入った。溺れる人間の必死の抵抗に熱中していた緑青は、反応が遅れた。
テオは緑青に漸近し、呪文を唱えた。
【テオ】「oumü ël jact ür gohorl!!!」
彼女の両手を中心にして、氷の巨魁が生み出された。緑青の体は氷に包まれた。彼は身動きが取れなくなった。
アイルはようやく緑星の手から足を振り払った。
【テオ】「氷はすぐに溶けるわ!今すぐそこから離れて!」テオが叫んだ。
アイルは全力で泳ぎでした。
ふと気づくと、アンナは下流に流されていた。彼女は泳げなかったのだ。すでに体力が尽き、水面に顔を上げるのがやっとの様子だった。このままでは溺れ死んでしまう。
【テオ】「アイル、あなたはアンナを助けて!」テオはアイルに向かいそう叫ぶと、再び手を強く組み、強く念じて呪文を唱えた。
【テオ】 「……oumü ël jact ür gohorl!!!」
彼女の両手から発生した氷の塊は、丸木舟のような舟形を形作り、水面に浮かび上がった。
ジェイは、船に軽々と上がると、上からテオを引っ張り上げた。テオは船中に上げられると、体をサバ折りにして嘔吐を始めた。
アイルもアンナに追いつき、彼女の体を支えた。そして立ち泳ぎで船まで泳ぐと、お尻を持ち上げて船に持ち上げた。そして自らも体を翻させて船に乗り込んだ。
テオは胃の内容物をすべて吐き出し、口から粘土の高い透明な液体を出しながらえづいていた。
【テオ】「ごめんなさい、魔力を使いすぎた。今すぐ瞑想しないと……」
ジェイとアイルは、それぞれ剣と剣の鞘をオール代わりにして船を漕いだ。そして、彼らはなんとか対岸にたどり着い
た。
緑青は岸辺からアイルたちを睨みつけていた。アイルはテオに訊いた。
【アイル】「この氷の船、何分持つ?」
【テオ】「十分ぐらいかしら……」テオはうつむきながら返事をした。
【アイル】「俺は一度岸に戻って、やつらの船をかっぱらってくる」
【テオ】「あのオークが氷から抜け出すまで三分もないわ」
【アイル】「いざとなったら俺は森の中を抜ける。五分でここに戻らなければ、俺は死んだと思って行動しろ」
【テオ】「わかった」テオは言った。
アイルは再び川に飛び込み、対岸に渡った。そして全速力で港に走った。彼が地面を踏むたび、水に濡れた革のブーツがかっぽかっぽと大きな音を立てた。
彼は港に係留されている小舟を発見した。アイルはロープを払ってすぐに船に乗り込んだ。そしてオールを岸突き立てて、川の中に漕ぎ出た。
彼は対岸に船を寄せ、皆を拾った。そして再び船を漕ぎ出した。
しかし、 船が再び本流の流れに乗り、ようやくこのオークたちから距離を取れる、そう思った時、突如野太い大きな角笛の音が響き、川辺を覆い尽くした。
アイルは音の発生源を見た。
緑青が樫の木のてっぺんに登り、その手に持った巨大な角笛を天に向かって吹き鳴らしていた。
川の遥か上流の遠くの暗闇の中に、突然明かりがぽっと灯った。川中に停泊していた帆船がその蘭のてっぺんに明かりをつけたのだ。船はゆっくりと下流に向けて動き出した 。
アイルたちは急いで船を漕いだ。
帆船は淡々と川を下った。そしてアイル達との距離を詰め近づいてきた。
アイル達は全速力で川を下った。彼らは交代でオールを持ち、そうでないものは武器や剣の鞘も水中に付き立て、必死に水を掻き進んだ。女たちも腕を水中に差し入れてわずかながらも船を進めた。
テオはもはや全魔力を使い果たし、ぐったりしと顔を伏せていた。彼らは最も戦闘能力の高い者を失っていた。
アイルたちはひたすらに船を進めた。腕に疲労がたまり、漕ぎ手の交代頻度が段々と早くなった。
ある地点から、川幅は段々と狭くなっていった。月の光に照らされた岸辺が、船から僅かな距離まで迫っていた。
彼らはいつの間にか中洲に入ったのだ。ジェイいわく、この中洲を巡って戦闘が行われたらしい。果たしてどちらが勝ち、この場所を支配しているのだろうか。
アイルは後ろを振り返った。帆船はもう百ヤードもない距離まで近づいてきていた。
アイルたちは、ものの三分もしないうちに追いつかれるだろう。そうなればアイル達は、皆殺しにされ川の藻屑となり消えていくだろう
いますぐ岸に降り、森の奥へ逃げるべきか?しかしテオは、いまだ小舟の底でぐったりと伏せていた。彼女は素早く移動できるか?
【アリア】「ねえ、岸から人の声が聞こえる」突然アリアが言った。
アイルは耳をそばだてた。そのとき、たしかに人の声が聞こえてきた。それはアイルたちに向かって呼びかけていた。
【岸の声】「おーい、おーい、お前たちは人間か?」
アイルは立ち上がり叫んだ。
【アイル】「俺たちは人間だ、味方だ!」
【岸の声】 岸辺の声は返した。「そのまま川を下れ!あの塔より先まで漕ぐんだ!」声は叫んだ。
下流には両岸に同じような形をした大きな古い塔が立っていた。アイルたちはその声に元気づけられ、再びオールを全速力で漕いだ。そうして彼らは、塔の直ぐ側まで来た。
アイルは水中になにかが沈んでいて、月の光を受けて光っていることに気づいた。
【アイル】「なんだあれは」アイルが言った。
【アベル】「あれは防鎖だ」アベルが言った。
【アイル】「防鎖?」
【アベル】「防鎖というのは、船の侵入を防ぐために川に張られる鎖のことだ」
川の中に、角張った鎖の上面が白く輝いているのが見えた。鎖は両岸に立った遺跡の塔の窓の中に吸い込まれていた。
【アイル】「ジェイ、今までこの川にこんなもの張られてるの、見たことあるか?」
【ジェイ】「いや、ないな」ジェイが答えた。
【アベル】 アベルが言った。「あの塔のなかにはキャプスタンがあって、鎖はちょうどいかり縄のように繋がれている。中には倍力機構があって、歯車を回せば人力でも鎖を引き上げて川をふさげるんだ」
【アイル】「鎖で塞げばあの帆船でも通れないんだな?」
【アベル】「ああ。だが岸のやつらがやりたいのはそうじゃない。むしろ船に防鎖をまたがせて下流に閉じ込めることだろう。
【アイル】「なら、もうひと頑張りだな」アイルが答えた。彼らは残る体力を振り絞っオールをこいだ。そして防鎖を越えた。
今や帆船はアイルたちの50フィート手前まで迫っていた。片膝を上げたゴブリンが、船べりに足をかけてアイルたちを上からにやけ顔でのぞき込んでいた。
馬鹿が、笑っていられるのも今のうちだ。アイルはそう思った。
帆船が防鎖の上を乗り越えた。
船尾が鎖を越えると、塔の中からガラガラという重い音が響き、防鎖が巻き上げられた。
船は閉じ込められた。船上はにわかに騒がしくなった。やつらはようやく罠に気づいたらしい。
そして、両岸から大量の火矢が反戦に向けて放たれた。帆船のマストに火がついた。船は慌てて下流へと走っていった。
【岸の声】「お前たち、こっちに来い!」アイル達が岸辺の岩の影に船を隠していると、中洲の林の奥から声が聞こえた。見ると、木と木の隙間に手を振る人影が見えた。
アイル達は岸から上がり、声のする方へ向かった。
家に火をつけて、