第九十七話:攫われる(∞)
ヒロインとは攫われるもの。
トーマスの意識が戻って辺りを見回す素振りをすると、ぼくに縋ってきた。
「旦那様、サラとエレンが! あとお客人のお二人も!」
どうやら何かあったらしいのは分かるが落ち着いてくれないと話も出来ない。というかぼくが困るよ! これ、今生身なんだから!
「おち、おち、落ち着い、落ち着きて、その、あったこと、聞きます、全部」
ぼくが懸命にトーマスをなだめて身体から引き離そうとする。くうう、たかが成人男性一人、分身体で押し出してや……あ、すいません、生身でした。無理です。
なんだかんだとアリスが頑張って引き剥がしてくれた。ううっ、ごめんよう。全て終わったら筋トレを……いや、多分腹筋で身体を起こせない気がするからやめとこう。
「あれは、私が戸締りをしている時でした」
落ち着いたトーマスが話し始める。どうやら事件の時の事のようだ。
「例の部屋にはアヤさんとアナスタシア様がそのまま寝る事になり、ベッドを運びこもうとしておりました」
あー、そういえばベッドの用意とか考えてなかった。どうして気づかなかったのか。いやまあ、多分ぼくがベッドで寝るって習慣がそこまでなかったからなんだろうけど。椅子の方がよく眠れたりするんだよね。
「それで私たちの部屋からベッドを運びこもうとしたら、階下から悲鳴があがったんですよ」
トーマスはゴーレムがいるから大丈夫とは思っていたものの、ベッドを運び込むのはやめて部屋に直行したらしい。
「そこで見たのはゴーレムと戦闘している黒ずくめの集団と、抱き合って震えているアヤさんとアナスタシア様、そして倒れているエレンと必死で揺すってるサラでした」
どうやらエレンとサラがアーニャさんたちの部屋に入ろうとした時に後ろから黒ずくめにどつかれたようだ。そしてそのまま部屋に入ってゴーレムと戦闘。しかし、戦闘になるほどの手練なのか。
「ゴーレムが二人ほど倒した後に、サラが捕まりました。そしてゴーレムが動きをとめた所を黒ずくめたちが攻撃して、私はサラを助けようと向かっていきましたが力及ばず」
いや、そりゃ普通の人がゴーレムとやり合えるレベルの人と戦闘なんか出来るわけない。
「そしていつの間にか全員いなくなっていたんです」
トーマスは肩を落として何度も何度も謝ってきた。アヤさんやアナスタシア様を守れなくてすいませんと。いや、二人の世話を押し付けたのはぼくらだし、むしろトーマスだって奥さんと愛娘をさらわれた訳だ。むしろこっちが申し訳ない。
「とりあえず、全員救えるように頑張ってみるよ」
とか言ってたら部屋に何者かが出現した。黒ずくめの男とサラだ!
「ここは先程の、小娘、何をした!?」
「おとーさん、たすけて!」
一体なんで……あっ、御守りか!
「くそっ、こうなりゃこんな小娘ぶっ殺しとくべきだったぜ!」
「さーせーるーかー!」
「へぶぅ!?」
アリスが間髪入れず黒ずくめの所にすっ飛んでいき、顔面に膝を叩き込んだ。黒ずくめは転倒して、泡を吹いた。
「アリスおねーちゃん!」
「大丈夫、サラちゃん?」
「うん、だいじょーぶ。だけどママたちが」
「任せて。助け出してみせるから」
「うん!」
アリスがサラと約束したからとりあえずこの男を尋問して居場所を聞き出そう。多分帝都のグランプル公の御屋敷だと思うけど。
「おい、起きろ」
「なんだ? くっ、そうか、俺は捕まって……おい、今なら見逃してやる。このまま俺を解放しろ!」
「する訳ないでしょう。バカですか?」
「なあなあ、アイン姉やん、こいつ実験につこうてええ?」
「壊さないようにね」
「アミタ姉様、私の分も残しておいてください」
「しゃあないなあ。可愛い妹の頼みやもんな。程々にしとこか」
傍目に見たら可愛い女の子や美人な女性が楽しそうにおしゃべりしているようにしか見えない。悲しいけれど、これ、尋問なのよね。
「アミタ姉様、そこまで程々でなくとも治してみせますからご安心を」
「ほんまか? いやー、出来た妹やわ」
もしかしたら尋問ですらないかもしれない。人権蹂躙かな? 大丈夫、この世界は人権意識発達してないから。
「話せる事があるなら今のうちに話してくれて構いませんよ」
「誰が話すガァ!?」
突然アヒルになったわけではなく、アリスが足の股関節を外したのだ。激痛だと思うんだわ、あれ。
「もう、主様の前ではなるべく乱暴にしないようにしようと思ってるのになあ」
いや、アリスのお仕事は乱暴にすることがメインだからその方が助かるんだけど。まあアリスにはぼくの求める労働についてお話ししておかなきゃな。
「さて、いつになったら喋りたくなるか見ものですね」
「あ、うちは喋らんでも別にええよ。その分楽しめるしな。さあて、何からしよか」
「なんでも。姉様が壊して私が治す。完璧です」
黒ずくめの顔は分からないけどきっと引きつってるんだろうなあ。




