第九十四話:生まれた時から名医
医者に楯突く馬鹿な患者が増えませんように。
アンヌに経験を積ませないといけません。医療の道は一日にしてならず。数々の失敗を経て到達するものなんです。まあ、ぼくはその辺の医療ドラマくらいの知識しかないのでやはり実際にやってみるのが一番でしょう。
「それでは手足の腱の接続手術を行います。メス」
「アンヌ、麻酔」
「しまった忘れてました。ありがとうございます、チーフ」
捕らえた捕虜の使い道が決まってよかった。医療技術の発展に寄与したと思えば彼らも本望だろう? 答えは聞いていない!
まあアミタに追加の機能持たせれば多分手術とかは出来るだろうけど、なんか別のものと合体させたりしそうだからなあ。技術の発展にチャレンジ精神は大事だけど、人体実験でそれをやるのは違うんだよなあ。
「こことここを繋げて、なるほど、こっちの神経はここと繋がっているんですね」
十分な実地訓練になっているようだ。これでアンヌの医療レベルも上がるよね。ん? なんかアミタがブツブツ言ってる?
「旦那はん、あいつらうちのクスリの実験台にするんやなかったん?」
クスリ、というのは自白剤の事だ。自白剤は出来たが後遺症が出るかもしれない、副作用が出るかもしれない、だからデータが取りたい、などとアミタが懇願してきたのだ。ぼくとしてはとりあえず治して素直に喋ってくれるならそれでクスリなんか使わなくても良いと思うんだ。違法薬物、ダメ、ゼッタイ。
「大丈夫ですて。ちょーっと気持ちいくなって、ちょーっと口が軽うなるだけですよって」
今アミタには信用が足りないからそこまではね。ほら、スタングレネードの事とか。
「旦那はん、それ言うたらアリス姉さんが……」
「そうだよねえ、オシオキしないとだよね?」
とりあえずその怒気を治めなさい、アリス。だからぼくは大丈夫だと。
「それでも主様を傷つけたこの愚妹にはオシオキが必要なんです!」
「それならば監督不行届なぼくにもオシオキが必要じゃないかな?」
どうだ。これならアリスはぼくに酷いこと出来ないから諦めるだろう。
「え? 主様、もしかしてそういう趣味? ええと、その、私、精一杯頑張らせていただきます!」
「何を頑張るつもりなの!?」
「その、主様はドMなんですよね?」
「違うから!」
例えぼくがドMでもアリスの力だと死んじゃうと思うんだ。ぼくはそんなに丈夫じゃないからね。
「終わりました、チーフ」
おおっと、アンヌの手術が終わったらしい。ランスという男はまだ眠ったままだ。恐らく麻酔が効いてるんだろう。
「きれいな顔してるだろ。ウソみたいだろ。死んでるんだぜ。それで」
フォルテ、お前はどっからそういう知識を仕入れてきてるんだ? いや、日課のように見てるネットかな? 最近ぼくよりも引きこもりレベル高そうなんだけど。
「死んでおりませんよ、フォルテ様。私の手術は完璧です。私、失敗しないので」
アンヌもどこから仕入れて来たのやら。いや、これはぼくが知ってる医療ドラマの知識を詰め込んだからだろうな。余計なものまで詰め込んじまった。なお、「ん〜、ここかな?」とか「違ったかな?」とかは医療ドラマじゃないから入れてない。
「ふふーん、あと二人いるんだからどっちかは死んでもいいよね?」
「いえ、殺さずに救ってみせます」
なんかフォルテの殺意高まってない?
「私のおやつタイムを邪魔した馬鹿どもだもん。万死に値する!」
お前のおやつタイムっていつも年がら年中、毎日二十四時間じゃない?
「そんなことないよ! さすがの私もご飯の時はおやつは遠慮するもん」
「なるほど、それでここに来た時よりも丸くなってる訳だな」
「え? い、いや、女神は太らないし!」
「でも分身体であって女神じゃないよね?」
そう言ってぼくは鏡を購入して出してやる。いやまあぶっちゃけ少し丸々として来たなと思ってはいたがそんなに一日中食っちゃ寝してたとなれば……うん、言わざるを得ないだろう。
「うそ、うそうそうそうそうそうそ!? そんな、まさか、この私が、天界でもあまねく神々を美貌で惑わせたこのわたしが!」
あー、そんなに美人な女神だっけ? あの頃は審美眼とか以前に女性に対する興味とか全くなくて、単なるミスをしたバカって扱いだったからなあ。
「助けて、護、なんとかして!」
「……アミタ、痩身薬残ってる?」
「ないことはないですけど、人間用やから女神様に効くかどうかはわかりまへんよ?」
「女神には薬は効かないし、汗もかかないから多分無理ね!」
なんかエッヘンと胸を張るフォルテ。いや、なんでそんなに偉そうなんだよ!
「チーフ、お任せを。脂肪吸引手術も出来ますので」
「良いわね、それ。じゃあそれて!」
「では早速麻酔を……そういえば効かないんでしたね、うふふ」
「えっ、ちょっ、待っ、動けない!?」
それを見ていられなくて部屋を後にした。後ろからフォルテの叫び声が聞こえてきたが聞こえないふりをした。




