第八十六話:望まぬ結婚をおたあさまに
おたあさまは古語で言うお母様です。お父様はおもうさま。
「そもそも、なんでぼくと結婚なんですか?」
「それには理由がございます」
そりゃそうでしょ。理由もなしにこんな事をするとは思いたくないです。
「先日、陛下が対等の国交を結んできたと宣言しました。この帝国と対等の国など存在しません。となりの王国であっても侵攻するメリットがデメリットと比べて乏しいからこそしていないのです」
帝国の国力がどの程度のものかは分からないけど、かなりな強国家らしい。まあ森を普通に抜けれたら侵攻するみたいな気はしてたもんなあ。
「陛下は詳細を語りませんでしたが、帝国が総力を上げても勝てないだろうと震えていらっしゃった事は確かです」
あの皇帝陛下が? つい先日も震える様子もなくビールたかりに来てたけど? あ、もしかしてアル中で手が震えたのか?
「陛下は仰いました。勝てぬのなら懐柔するのみ。誰か手頃な娘を嫁がせてなどと言っておりました」
「あ、そういうのいいので。お構いなく」
「なぜですか? このアーニャは親の欲目なしに見てもかなりの美人。成長すればその輝きは増すのですよ」
「お母様ったら」
親の欲目なし。うん、確かに可愛いんじゃないでしょうか。客観的に見て。主観的に見るとぼくには恐ろしい生き物にしか見えないと思う。
何より倫理観だ、ぼくはこれでも三十路をとうに過ぎたおっさんだ。いや、この世界に来た時に年齢は多少若くなったらしい。なぜならぼくの身体が中からボロボロだったからだ。何もしなくても数年後には脳梗塞か心臓麻痺かでくたばってたらしい。
そんな訳で肉体年齢的には二十代になったんだけど脂肪はそのままだった。だって脂肪は年齢に関係なかったからね。とはいえ、若い肉体だが、精神はやはりおっさんなのだ。
良く転生物で「周りの女の子がみんな幼く見えて同年代の恋人が作れない」みたいなのがあったけど、その気持ちがよくわかる。
想像してもらいたい。小学校高学年から中学生の女の子とデートして喜ぶ三十路男性がどこに居ると……あ、いや、結構居そうだなあ。ぼくはロリコンでは無い。二次元に限ればロリもいけるが。人に後ろ指さされる様な生き方はしたくない。いや、引きこもりって時点で後ろ指さされてるんだけど。
「マモォール様、私では不服ですか?」
瞳に星をキラキラ飛ばして見つめてくるアーニャさん。美少女だと思いますよ。ぼくが生身なら正気を失っていたことでしょう。分身体で良かった。そもそも分身体でなければ人前になんて出ていけないんだけど。
頭の中には選択肢が三つに分かれていた。
1.ぼくはもっと大人の女性が好きなんだ。悪いが君では幼すぎる。
2.とてもじゃないがぼくにはもったいない。別の人を選んでください。
3.ひゃっほー、ロリお嬢様だー! めちゃくちゃにしてやるぜ!
……いや、三番目はないだろ! というかどれでもないじゃないか。
4.三次元少女は守備範囲外なのでお断りします。
を追加してくれ!
「不服とかではなくて……その、さすがに年の差が」
「六十間近の爺さんに嫁ぐよりは遥かにマシですわ!」
六十間近の爺さんとは……いや、そんな結婚しないだろ、多分。
「仕方ありませんね。マモォール様がこの子を貰っていただけない以上はグランプル公の後妻として」
「いやです、いやですわ、お母様!」
どうやらそのグランプル公というのが六十間近のおじいちゃんらしい。先代皇帝の再従兄弟なんだとか。好色だけど国の軍事をそれなりに握っており、発言力が強い。つまり、それを抑えないといけないという訳だ。
「皇帝陛下はなんと?」
「グランプル公は国の重鎮。アーニャが嫁いでくれるなら良いのだが、もっと違う方法は無いものか、と」
まあ娘は大事にしてるっぽかったもんな。ぼくとの結婚に産まれたばかりの赤ちゃんを推そうとするくらい。ぼくが了承したらどうするつもりだったんだか。
「そしたらヒルダが「マモォール様でしたらその様な意見を跳ね除けても嫁がせる価値はあるのですけど」と」
元凶はヒルダさんだった!?
「それでマモォール様の事を調べさせて、アーニャを連れてここに一縷の望みを賭けて来たのです」
事情はわかったけどぼくには関係無くない? それでも少しでも娘の幸せを願ってなんて母心というやつか。褒められた行動じゃないけど。
「元々はお母様を下賜するという話だったのに」
「なっ、どうしてアーニャがそれを!?」
「何も知らないと思ったら大間違いですわ! お父様はお母様を下賜しようとしたら「もっと若い方がいい。とうが立ったのは要らん」と言われたと」
「ぬぐぐぐ、それでもアーニャを望まれたのは事実です」
「私はお父様とのんびり暮らしますのでお母様はグランプル公とお幸せに」
「させませんわ!」
と見ている前で取っ組み合いが始まった。収拾つかないから誰かヒルダさん呼んできて。




