第三百七十五話:死暗Menのかほり
靴下のくだりで半分以上消費したわ。すまぬ。
「アンヌ、介抱してやれ」
「わかりました」
そういうとアンヌはカバンの中からビニール袋に入った何かを取り出した。そしてアンヌはガスマスクを装着っておい!
「アンヌ、その袋の中のものはなんだ?」
「ええ、お姉様からいただきました、発酵熟成済みのチーフの靴下でございます」
いや待て、ぼくの靴下が臭いのはまあ分からんでもない。人間の体臭というのは放っておけば臭くなるものだからな。
そして、ガスマスクというのも分からなくも、まあ分かりたくないが分かる。それほどまでに強烈な臭いになってるのだろう。
だが、なんでぼくの靴下をアインが勝手に譲り渡してるんだ? ちょっとアイン、お前、私は知りませんみたいなしれっとした顔してるんじゃねえ!
「ご主人様、言っておきますが、私が犯人ではありませんよ?」
「は?」
アインじゃない? で、でも洗濯物とかはアインの仕事じゃないのか? いやまさかアスカ? マヨネーズ次第でなんでもやりそうだ。
「ご主人様、それは誤解。一時のマヨと恒久的なマヨ、どちらを選ぶかは明白」
あー、まあバレたらマヨネーズ貰えなくなるかもって考えたらな。実際、そんなことされたら禁止するだろうし。期間は限定するけど。
ならアミタか? あいつなら実験とか言って部屋から持ち出してしまいそうだ。ほら、ぼくが居ない時も家に居るんだし。
「そらせっしょうやで、旦那はん。うちは盗る時はちゃんと一声かけるやん?」
なんだと? ぼくは一声掛けられた事とかないと思うんだが。
「何言うてますのん、服作るから貸してって言うて何度も持ってっとるで」
むっ!? 買ったつもりのない服があるから何かと思ったらアミタが作ってたのか! 服とか買いに行ったこと無いもんな。勝手に生えてくるわけでもなかったんだけど、きっと誰かが頼んだんだと思って気にしなかったな。
「スパイダーシルクで作った高級品やで! その下着!」
下着まで作ってたのかよ! いやまあ着心地はとてもいいです。ありがとう。しかし、アインでもアスカでもアミタでもない、とするならば残りはアリスしか居ないだが。
アリス?
「ぴゅ、ぴゅーぴゅぴゅーぴゅぴゅー」
口笛が聞こえる。星空よりも近くで。それは誰かの祈りの言葉。右手に握りしめそっと目を閉じる。
「お前かあああああああああああああ!」
「うわぁーん、ごめなさぁーい」
ぼくの拳などこいつにとっては一ミクロンもダメージを与えられないのは知ってるが、殴らざるを得ない。キミが、謝るまで、殴るのを辞めない! はあ、はぁ、はぁ、はぁ。疲れた。
入手経路はわかった。アリスとアンヌは後でぼくの部屋まで来るように。と、そうだ。それでなんでアンヌはぼくの靴下をビニール袋に入れて持ってるんだ?
「はい、気付け薬というのがございます」
知ってる。動悸、息切れに、救○ってやつだろ? えっ? その薬は違う? あ、うん、気絶した人を気が付かせる薬ね。知ってたよ。
「通常ならば炭酸アンモニウムを使用しますが、これは空気中で劣化します」
まあそうだよね。確か炭酸水素アンモニウムになるんだっけ?
「これらは鹿の角から精製出来ますが、アミタ姉様は忙しいからとやってくれません」
あー、まあ、薬品作るのよりも他のもの作ってるのが楽しそうだもんな。それでも昔は作ってくれたけど、薬品をアンヌが作れるようになってからは手を出さないようにしていたみたいだ。
「ですので何とか調達しようとチーフの部屋で物色してたらアリス姉様に怒られまして」
そうか、アリスは叱ってくれたのか。これさすが長女と言うべきか?
「「主様の全ての物品の優先権は私にあるの!」だそうで」
……アリス?
「ですので、アリス姉様から使用済みの靴下を譲り受けて」
「待て」
「なんでしょうか?」
「なんでアリスはぼくの使用済み靴下なんか持ってたんだ?」
「そこまではなんとも」
アリスに視線を向けたがこっちと目を合わせようとしない。なんなんだか。まあ洗濯物をアインが落としたのを拾ったとかだろう。そうに違いない。そうだと言ってくれ、誰か!
「では、失礼して」
「うム!?」
アンヌが袋の口を弛めてヘロッズとデオルの鼻に近付けると、ヘロッズは転がり回り、デオルは鼻を抑えて苦しんでいた。……そんなに?
「はぁはぁ。おえっ……くっ、ヘロッズが負けた、だと? くそっ、まだだ、まだ認めんぞ!」
どうやらまだやる気の様だ。
「腕力は凄まじいが、実際、ものをいうのは魔法だ。我が国は昔から魔法師団が有名だからな!」
そうなの? ごめん、知らなかった。なんなら街に着くまで、アイゼンガルド古王国の名前すら知らんかったわ。ごめんな、異世界人で。
「我が魔法師団と魔法で勝負だ! もちろん団体戦でな!」
とことんやる気みたいなので外に出ようか。




