第三百五十九話:狼なんて怖くない、と思う
まあとりあえず一度くらいは襲わせとかないとね。
結局、アリスに引き留められたまま、テントに引き摺り込まれました。いや、アリス? ぼくはお前の主だと思うんだが、その辺どう思ってんだ?
「にゅふふふ、主様の匂い、主様のぬくもり、主様の息遣い」
聞いちゃいねえ。まあこれは仕方ないか。ぼくだけでアリスに抵抗できるわけがないもの。そのまま流されるようにテントの中で眠りに着く。
翌日、ぼくらは山岳国の兵たちに起こされた。そこに遊牧民たちがいるのにも気付いて居た模様。だけど特に何も言わない。居ないものとして扱っているのか、それともぼくらを取るに足らないと思ってるのか。
「おい、貴様ら、早く出発するぞ」
リオンがイライラした様子でぼくらに声を掛けてきた。さすがに置いて行かれるということは無いみたいだ。
「昨日の食事が美味くなかったんですよ、きっと」
最近、とみに舌が肥えてきたアヤさんが言う。うーん、まあ色々差し引いても帝国の宮廷料理と、この山岳国の料理を比べる方が悪いと思うんだよな。
「護さんたちは昨日何を食べたんですか? 食事に来なかったでしょう?」
「……あったの?」
アヤさんはだいぶ免疫ついてきたけど、まあそれでも女性だからな。あまり喋れない。
「そうですね、なかったかもです。んー、なんか護さん、どこか具合悪いですか?」
鋭いな! そういえばアヤさんは本体のぼくを見てる数少ない人間なんだよなあ。あの時のぼくはよくまあ普通にしゃべれたものだよ。まあビジネスライクな取引の場だったから、プライベート関係なかったしね。営業スマイルってやつだ。
「特に、何も」
「そうですか。じゃあ皇子も待ってるんで早くお願いしますね」
そう言ってアヤさんが去って行った。ぼくは素早くテントの中に入り、扉を出して、分身体と入れ替わった。何気にピンチだったな。あの皇子と生身の方で一日同じ馬車に乗ると思うと吐き気がしてくる。ぼくには話し掛けて来ないからなあ。
「おじちゃん、行っちゃうの?」
近寄って来たのは昨日の子だ。まあおそらくは昨日食べた熊鍋がまだ食べたいとかだろう。でもまあ連れて行けないしなあ。
「ご主人様、こんな事もあろうかと残りの熊肉を燻製にしております」
「あの、一晩しかなかったよね?」
「アミタの発明品の賜物です」
どうやら燻製製造機を前に作っていたらしい。それでウィンナーやらを燻製にしていたんだと。まあ燻製なら保存もきくし。
「ええと、プラスキさんでしたかね。これをみんなの食の足しにしてください」
「これは熊肉ですか? ですがこんなにあっても日持ちが」
「大丈夫です。この時期ですから三週間はもつと思います」
標高の高い山岳地帯だからそれなりに低温なんだよね多分もつと思うよ。
「ありがとうございます。助かります」
深深と頭を下げられた。よせやい、別に感謝されたくてやったわけじゃない。というかむしろぼくがやった訳じゃない。やったのはアインだ。
「ご主人様ならこうすると思いましたので」
アインがそんな事を言ってくる。ぼくがそんなに慈悲深く思われてるならなんか心外だなあ。
「余って捨てるよりは食べてもらった方がいいと思います」
そっちなの!? いや、確かに食べ物を無駄にするのは日本人のDNAがダメだと叫んでるんだけど。
それから山岳国を出発して、ぐるっと森林地帯に入る。この辺りは国に属していないらしく、街道はあるが殆ど使われていないらしい。帝国の使節がなんでその道を通るかと言えば、その方が近いからだ。安全策なら一旦下山して、主要街道まで行くのだが、そうすると手間がかかる。そして帝国は逃げないんだそうな。さいですか。
森の中を通る、ということは当然ながら森の中の獣や盗賊に襲われる可能性があるということである。ちなみにぼくの居る森では殆ど盗賊は警戒しなくて済む。なぜなら盗賊が潜んでても貪り食われちゃうからね。そうならないほど強ければ盗賊なんてケチな真似はやってないだろう。
もっとも、盗賊でも強い奴は居ると思う。大体のゲームでは盗賊は弱いんだけど、ほら、カン〇タとか強い盗賊も居るかもしれない。でも確実な脅威としてはやはり獣だろう。
街道に狼が出てきたのはまさにそんな時。正直、狼とかあまり相手にならないんだけど、統率の取れた狼はかなり手強い。まあロボーやブランレベルは居ないんだろうけど。
「敵襲!」
「なんだと!」
護衛の騎士の敵襲の声に重なる様に狼の遠吠えが響いた。恐らく獲物を発見したとの合図なのだろう。後ろの方で剣戟の音が聞こえる。
突然、馬車がすごいスピードで走り始めた。しばらくして、がくん、と馬車が衝撃でストップして外を伺うと、周りを狼が取り囲み、馬車をひいていた馬が無惨に殺されていた。
どうやら狼が分断工作を掛けたみたいだ。獣なのに頭良いなあ。




