第三百三十八話:賃金は労働の対価
働きたくないけど暇とお金は欲しいでござる。
一緒に来た冒険者その他大勢の方々は、実は時々ならリックさんと組んで仕事してもいいとか思ってたそうだ。と、いうのも、子どもが小さいうちは働くにしても時間が取れないとか、日を跨いでとかは難しいとか思ってくれてたらしい。
ましてや、エルさんが働くというのは聞いていて、これはエルさんが言い出した事だと思ったらしい。まあ出産直後なら体力落ちてるもんね。で、ある程度落ち着いて子どもの世話ばかりだと息が詰まるとか思って外で働きたいと思ったんじゃないかと思ったそうだ。子ども? リックさんが看ると思ってたみたいよ。
ところがここの店に来て、話を横聞きしてるとどうもリックさんの言ってる事がおかしいってなった訳。いや、リックさん、子どもは放っておいても育つから自分が冒険者として再起するまでエルさんに働けって言ったつもりだったらしい。
ちなみにさっきの話を聞いた冒険者の方々が詰め寄ってリックさんを正座させて叱ってた。あの、ここ、ぼくの店なんですけど。
「すまねえな、こいつにはしっかり言っとくから」
「暖かく迎えてやろうと思った俺たちがバカだったんだな」
「いいか、お前のは無頓着とかそういうレベルじゃなくて単なる虐待だぞ?」
エルさんは少し途方に暮れていた。いや、そりゃあそうだよね。自分が働いてる間くらい子どもの面倒は見てくれると思うよね、夫婦なんだし。いや、結婚したこともないぼくが言うのはどうかと思うけど。
「護、大丈夫。護はそんな事しないって信じてるから、ちゃんと二人の子どもは一緒に育てようよ。ボク、頑張って産むね!」
「むうー、主様の子どもを産むのは私だよ!」
「へへーん、無理無理無理無理カタツムリ〜」
「何をー!」
ユーリとアリスの間でよく分からん正妻戦争が勃発していた。いや、ぼくの子種みたいな劣等遺伝子は残すつもりないよ?
「ハンナ」
「なんですかオーナー? ……ああ! あの、仮眠室は今赤ちゃんが居ますからするならみんなの前か外になりますけど」
「ナニをするのかよく分かりませんが、一号店に連絡取ってトムさんとリンさんを呼んでください」
二号店と三号店を作るにあたって、各店舗間での通信システムを設置した。アミタがやってくれました。今のところ、魔力使った糸電話みたいなものなので、直通回線しか無いんだよね。三号店からは一号店、二号店、ぼくの家の三箇所に繋がってる。なお、装置自体が別物で、ラピ〇タのタイガー〇ス号の伝声管みたいな感じ。
「ちょうど終わってギルド方面に来るところだった様です」
「そうか、ありがとう」
ハンナは仕事に戻ってぼくは奥で待機。下手にあの説教してるところに顔出したくない。とばっちりは喰らわないと思うんだけど。
「ここにリックが帰って来てるって?」
「あ、ほんとにエルが居る! わーい、久しぶりぃー」
「リン、相変わらず元気ねえ」
「元気元気! 今ねえ、護さんのところで身も心も捧げて御奉仕してるところ!」
「え? リン?」
「護さん、お金沢山くれるから」
「護さん?」
な、なんか雲行き怪しくない? いやいやいやいや! ぼくは誓ってリンさんに不埒な真似はしてないですよ? というかあまり好みでもないし。もっとこうすらっとした脚の人が良いんだよなあ。リンさんは魔術士らしく血色もそこまでよろしくない。
「エルさん、それは給料の事だと思いますよ。月給で金貨一枚ですから」
「きっ!?」
ハンナのフォローにエルさんか詰まった。うーん、そうだよね。破格らしいし。ギルドの職員が辞めてこっちに来たがった事もあったよね。あれは帝国での話だったけど、王国でもあまり変わらないらしい。元は日当で金貨一枚の予定だったってのは言わなくていいか。
「……冗談よね?」
「いえ、ちゃんと有給と育児休暇もありますよ?」
「ゆうきゅう? いくじきゅうか?」
やっぱり頭の中にハテナが飛んでるっぽい。いやまあそういう労働条件の改善って無いもんねえ。仕方ないのでエルさんに丁寧に説明した。し終わったら呆然としていたけど、ぼくのせいじゃないよね?
「あ、それと決まった日に休めないので休みの希望がある時は前もって休日を設定して週一の休みに合わせるか、有給を使って」
「待って!?」
「質問ですか?」
「あの、休んだ分は当然給料出ないわよね?」
「何言ってるんですか。有給の範囲内なら出ますよ」
「なんで働いてないのにお金が発生するの!?」
「そりゃあまあ有給ですから」
「意味がわからないわ! それに休みって何? お店が休みになる以外は毎日働くものでしょう?」
この世界の人とはこの点で分かり合えないのが悲しい。結局、エルさんが理解した頃には日が暮れていて、店はもう閉めてしまった後だった。リックさんや冒険者の方々はエルさんを待ってたみたいなのでご飯を出してあげよう。




