第三百三十六話:帰って来た嵐の運び手
アルテ君の名前がついてるのは貴族だからです。貴族は財産や爵位の関係で隠し子とか無いように王宮に記録されるので名前をつけないといけない事になっています。
甘味処を追加で二店舗出して三ヶ月が過ぎた。その間に季節は冬真っ盛りになってしまった。当然ながら色々あったんだけど。
二号店、三号店ともに順調な滑り出し。そう、三号店である。冒険者ギルドの側に出しました。ギルドの受付嬢の皆さんの懇願により。だって冒険者ギルドが土地建物抑えてくれてるという異常さだもの。
で、エルさんとリックさんが赤ちゃん抱いて帰って来た。可愛い赤ちゃんですね。これくらいの子なら女の子でも平気です。あ、いえ、男か女かは聞いてませんが可愛いのできっと女の子でしょう?
「こんにちは。護さんいらっしゃいますか?」
店に入るとエルさんが赤ちゃんを抱いてにこやかに言った。その時にリックさんが冒険者ギルドに行ってて、冒険者仲間に囲まれて色々聞かれていたのは運が悪かった。ぼくはちょうど店に来てたんだよね。
「オーナー、あの、若い女性が赤ちゃん抱いて連れて来てますよ」
「赤ちゃん? 誰だろう?」
「ダメですよ、店長。手を出してデキたんなら責任取らないと」
「出してません!」
「なんなら私に出してくれてもいいのよ?」
「出しませんたら!」
ちなみに話し相手はこの店の接客指導やってるハンナだ。相変わらずぼくをからかおうとしている。いい加減動じるわけないんだから学習して欲しい。
「ちょっと、ボクを差し置いて誰を孕ませたんだ!」
「そうだよ、孕んだなんて羨ましい。私も孕みたいよ、主様!」
ユーリとアリスが一緒だったのもちょっとした運の悪さ。二人は意気揚々と店に出ていった。そして「あら、アリスさん」って声が聞こえた。
「ええと、エルだっけ? 子ども生まれたの?」
「ええ、見て見て、珠のような女の子」
「名前は?」
「え? まだ三歳にもなってないのに付けないわよ」
どういうことかと聞いたら、一般庶民は神殿に診てもらったりとか薬を買ったりとか出来ないので、赤ちゃんが途中で死んじゃうことも多々あるんだと。それで三歳の誕生日まで生き残れたら名前をつけるらしい。
そういえば日本の七五三も無事に成長出来たお祝いだよね。男の子が五歳で、女の子が三歳だったかな? ちなみにしめ縄と七五三は関係ないらしい。「七五三縄」って書くのにね。
「やあ、エルさん、お久しぶりです」
「お久しぶりね、護さん。ちょっとお願いがあるんだけど」
「ええと、なんですか?」
「ここで働かせて欲しいの」
えっ? うちの店で働くの? それでいいのかねえ? ともかく裏に来てください。ほら、営業の邪魔にならないように。
エルさんにおもちケーキを提供したら喜んで食べてくれた。どうやら売れ筋製品になりそうだ。それにしてもエルさんだ。
元々はしばらく田舎に引っ込んで、実家の畑を耕そうと思ってたらしい。農民なんてそんなもんだ。まあエルさんは元々ある程度世間を見たら戻るつもりではあったらしい。
そこにエルさんの妹が結婚相手を連れて帰って来たらしい。土いじりを嫌がってた妹だったので、どうせ継ぐのは自分なんだろうと思っていたら、妹の旦那さんになる人が、畑仕事好きな人だったらしく、それならと妹も実家で暮らしたいと言ってきた。
一方、リックさんは農家出身ですらなかったので、一から覚え治さないといけない。でも、リックさんはまだ冒険者をやりたい気持ちが見え見えだったんだって。それで、エルさんが王都に戻ってきたという訳。
それで、王都に戻ってきたからには生活費を稼がないといけない。リックさんは冒険者を続けるつもりだけど、赤ちゃんの世話もあるし、エルさんは冒険者として復帰させたくないらしい。エルさんはどっちでも構わないらしいんだけど、リックさんがね。
それで街の方で働く場所を探していたらぼくの甘味処が冒険者ギルドの側にオープンしたって事で、それなら、と来てみたらしい。うーん、正直エルさんはぼくが出会った中で数少ない常識人だから、働いてくれるというなら歓迎ではあるんだよね。
「ぼくは働いてくださるなら助かりますが、一応リックさんとも話させてください」
「わかったわ。いえ、わかりました、オーナー。よろしくお願いします」
すっと立ち上がって頭を下げ、そのまま立ったままである。なるほど、これが礼儀なのかね。とりあえずリックさんも後でこっちに来るそうなんで待っておこう。
「よう、やってるかい?」
「へぇー、なんか甘いにおいがするな」
「あ、ちょっとカミさんに土産買っていいか?」
冒険者の団体さん、それもゴツい身体の男が何人も入って来た。その中にはリックさんもいる。どうやら主犯格はこの人の様だ。
「おかえりなさい、リックさん。この人たちは?」
「ああ、昔からの冒険者仲間でな。パーティは違ったがそれなりに情報交換やってたんだよ」
「いやあ、この店に興味はあったけど入り辛くて」
「リックに便乗して入らせてもらったよ」




