第三百二十七話:「この糸見切れまい!」「わーいわーい」
アリスは決して不器用ではありません。だから鋼糸も使えますが、使うメリット無いので使いません。
「何故だ、何故だ何故だ何故だっ! その男は南方戦線で死神と呼ばれた男だぞ!?」
「『死神』ウォーリーだろ? アタシら冒険者の間でも伝説になってたが、こんな所で落ちぶれてたとはねえ。でも相手が悪かったんじゃねぇ?」
笑いながらヴィオレッタさんが言う。後でヴィオレッタさんが教えてくれた事には、南方戦線で敵の騎士隊一つを一人で殺しまくったらしい。人数的には五十人も居なかったらしいけど、それでも大したものだ。
なお、その時に森の中で更に多くの敵を殺した暗殺者が居たという。なるほど、それは怖いものだ。どっちにもあえて嬉しいとかヴィオレッタさんは言ってたけど、あの、その暗殺者の方はぼくは会ってないよね? そんなのに狙われてたらピンチなんだけど。
で、その死神さんなんだけど、アリスが糸を引っ張って遊んでいるみたい。死神が使ってるのは鋼糸という魔法と鍛冶の技術で作られたものらしい。まあすごい。でもお高いんでしょう? どうやらアッコギについたのはその糸のせいかもしれない。
ちなみにアミタに言ったら、「作ってもええけど誰か使うん?」って言われた。アリスはパワー派だから要らないし、アインは戦闘しない。アスカは魔法だから身体能力があまりないし、それ以前にアリスとアミタは間違えて胸部のデカいものを間違えて斬りそうである。アンヌは針とかメスとかあるから不要だし、アカネくらいかなあ。
「御館様、あれは、なんというか、カッコイイですね」
……ま、まあ、いずれ使うかもしれないから作って貰っとくか。で、アリスは振り回して何をしているかというと、振り回すと一緒に死神さんも振り回されるのだ。
「バカな、鉄さえ断ち切る私の糸が!」
いやまあ破壊は確実に難しいと思うのでそこは諦めてください。そしてその隙を狙ったのか、アッコギが逃げようとする。
「逃がさないよ!」
アリスはよっと死神を引き寄せて、アッコギに投げ付けた。そう、自分の右腕に巻き付いてるままで。
「そーれっ! あれ? うわぁ!」
アリスはそこまで強く投げた訳ではなく、アッコギの上に重なる様にしてウォーリーが覆いかぶさった。そこに……アリスが飛んでって壁にめり込んだ。おい!
多分気絶はしてないんだろうけど、何が起こってるのかはわからないとじたばたしてるみたい。とりあえず落ち着かせなきゃ。
「アリス落ち着け」
「びっくりした。あ、主様、私、今飛んだよ? 主様も飛ぶ?」
どうやらじたばたしてるのは慌ててるんじゃなくてはしゃいでいただけみたいだ。どうしてくれよう。
「護さん、今のうちに証文を!」
「あ、はい、そうですね」
ルドルマンさんが声を掛けてくれなかったらぼくの口は開いたまま塞がらなかったところだったよ。アッコギの手から証文が手に入った。書いてある事は実にデタラメだった。
・利息は十日で一割。最初に一割引いた金額を渡す。(百万借りたら手元に来るのは九十万)
・担保は娘。そして娘が継ぐであろう男爵家の資産と貴族位。(弟が産まれるかもということは知らなかった)
・返済に一日でも遅れたら遅延損害金として倍額徴収。(結局実現しなかったけど)
こんなので金借りるやつおりゅ? まあ死ぬ間際とかよっぽど切羽詰まってるとか、返すつもりないとかなら喜んで借りるかもしれない。でもまあルドルマンさんは死ぬ間際だと思ったんだろうな。実際は奥さんの実家とか頼ればいいのにとか思うんだけど、そういう訳にもいかないよね。
ぼくも引きこもりやってた時は、家族以外の親戚は単なる騒音だった。ぼくがこっちの世界に来たことで遺産があの親戚のところに行ったのかと思うと腹立たしい。男の癖に引きこもって役立たずだとかさんざん好きな事言ってくれたからなあ。まあもう会うことも無いだろうけど。
とりあえずアリスの手に絡んだ糸を頑張って解いて……ええい、めんどくさい。アミタ、ニッパーもってこい!
「主様、女の子なんだから大事に扱って欲しいなあ」
「やかましい! 切ってやるだけありがたいと思え!」
いや、アリスなら多分放っておいても大丈夫だし、少し無理をすれば引きちぎれると思う。でもあまり痛い絵は見たくないんだよね。あ、ニッパーの使い方はある程度わかる。一時期プラモ作ってたからね。すぐ挫折したけど。
ブチンブチンと切って、アリスを救出すると嬉しげにアリスが飛び付いてきた。ちなみに重くは無い。羽根のように軽い。これは重量操作してんな?
「御館様ご報告があります。イチャイチャしないで聞いていただけると」
「アカネちゃん?」
「……し、失礼致しました、姉上様。その、あの、また後ほど参りますのでごゆるりと。具体的には二時間くらいでしょうか? あ、でもアンヌ姉上が御館様はそうろ」
「アリス退きなさい。アカネ、報告を」
それ以上言わせる訳にはいかないからね! それに何かを掴んだんだろう。




