第三百二十一話:鴨が葱を背負って来たから、今日はカモネギ記念日
鴨猟の解禁は十一月中旬辺りだそうで。
ここからはルナのお父さんから聞いた話。
「よう、お兄さん、景気悪そうなツラァしてんなあ」
「なんだ、あんたは?」
「まあまあ、そんな顔してたら運が逃げちまうぜ。ここは奢るからまあ飲みなよ」
「し、しかし……」
「気にすんなって、ほら。あ、お姉さん、この人に蜂蜜酒持ってきてあげて。あと今酒場にいるやつには一杯エール奢らせてもらうぜ!」
その言葉に酒場の中は大騒ぎになったという。何せほぼ満席状態の酒場全員だから。タダ酒と聞いてみんなは褒めたたえ始めた。
「景気が良さそうですね」
「ああ、金を突っ込んだだけ儲かるんだ。こんなのやめられねえだろ?」
「ど、どんな商売を?」
「へへっ。そりゃあこんなところでは話せねえなあ。誰が横取りするのか分からねえし」
「そうか、そうだな」
あからさまに肩を落としたルナ父にその男は言った。
「なんだい、金が必要なのかい? いや、愚問だな。金が要らねえやつなんか居ねえ。どれだけあっても足りねえって思っちまう」
「まあ……そうだな」
「なんだよ、相談に乗るぜ?」
「実は……」
って感じで酒場でその男にペロッと喋っちゃったようだ。いや、なんだろう、このカモがネギどころか鍋とコンロまで背負ってきたみたいなのは。
「そうかいそうかい、あんたも苦労したんだなあ」
「父がな、どうしようもなくて、私は、娘を、妻を、守らなくては、それにもう一人子どもも産まれるんだ」
弱みを徹底的に晒していくスタイルですかね? 帝王の拳に構えは無い、とかいうやつですか? ヤバすぎん?
「そうか、奥さんが妊娠してんのかあ。ならお父さんとしてはみんなを安心させてやりたいよなあ」
「そうなのだ」
「よし、わかった。オレも男だ。あんたの気持ちに負けたよ。どうだい、あんたも儲け話に一枚噛んでみないかい?」
「そうか? ま、まあ、少しくらいなら」
「信用出来ねえか? まあそうだよなあ。今日初めて会ったばかりの奴を信用しろってのが間違いだ」
「そ、そうだ」
話聞いてて思ったけど、こいつ、自分から針の見えてる釣り針に引っ掛かりに行きそうだったが?
「ならまずは手元の金、今日酒場で使うはずだった金をオレに預けてみねえか? そうだな、三日で倍、いや、三倍にしてやるよ」
酒場で使う金なんてたかが知れてる。そんな事で引っかかるわけ無いと思ってたんだが、あっさり金を預けたんだと。何やってんだか。
そして三日後の同じ時間にまた酒場で会おうと言われてそのまま帰宅。で、三日後に行ってみると三倍どころか五倍に増やした金を渡されたそうだ。
「今回は運が良かったぜ」
「こ、こんなに?」
「いやあ、たまにこんな事があるんだよなあ。あんた、いい運持ってるぜ」
運なんて不確かなものを確認する手段なんてある訳もない。だが、褒められて嫌な気のする奴は余りいない。
「そ、そうだろうか? 今までそんなについていた事は無いんだが」
「じゃあ今までが間違ってたんだ。アンタは間違いなくツイてる。オレが保証するぜ」
ツイてるかツイてないかなんて神様でもない限りは確かめようがないんだけど、保証されてどうすんだ?って思ったが、ルナ父は舞い上がって居たらしい。
「なあ、アンタとならもっとどデカい儲けが出そうなんだが、どうだい、やってみねえか?」
「じゃあ、この儲けた金で」
「おいおい、桁がだいぶ違うだろ?」
「し、しかし、私にはあまり動かせる金が」
「心配すんなよ。金なんてなあ借りりゃいいんだよ」
「金を、借りる?」
「商売デカくするにゃ借りるのが一番だろ? ほら、利子なしで貸してくれる旦那を知ってるから一緒に行こうや」
そう言って連れて行かれたのがアッコギの所。ってちょっと待てーい! それ、確実にアッコギとその男がグルじゃねえか!
「アッコギさん、この人に金を貸してやって欲しいんだよ、無利子でさ」
「おいおい、いくらお前の頼みでもそれじゃあ商売にならんだろう」
「聞いてくれよ、アッコギさん。それがこの人さあ」
と、悪趣味な部屋に入るなり男とアッコギは話し出した。一通り男の話を聞くと、アッコギは涙を流していた。
「苦労したんだなあ、アンタ。よし、ワシも男だ。無利子で貸そうじゃないか!」
「ほ、本当ですか?」
「ああ、しかしな、ワシも商会を経営しとる身、タダだとなると他の役員がなあ。そうだ、あんた、娘さんが居たとか言ったな? なんならその子を担保に出して貰えんか?」
「え?」
その言葉を聞いた時にルナ父はドクンと心臓が跳ね上がったそうな。普通は土地建物だよね。なんでいきなり年頃の娘なんだよ。
「なあ、よく考えてみろよ、金さえ突っ込めば三倍、いや五倍だって夢じゃねえんだ。すぐ返せるのにやらないのはあまりにも愚鈍ってもんだろ?」
「ワシとしてもこれ以上の譲歩は出来ないな。スマンがこの話は無かったことに」
「ま、待ってくれ!」
あ、オチたな。




