第三百四話:産めよ、増やせよ、地に満ちよ。王国に広がれ、甘味の輪
ドットさんの名前は百十四話辺りにあります。
お店の中に入ると舌っ足らずな言い方で「いらっちゃいまちぇ」って出迎えてくれるチヨちゃんが居た。いや、君そんな芸風だったっけ?
「あ、オーナーでしたか。すみません」
「チヨちゃん、普通に喋れるよね?」
「はい。でもこっちの方がウケがいいんですよ」
打算でやってたのか。いやまあそれもまた経営努力だから良いと思うけど。
「ちょっとみんな早く持ち場に戻って……あれ? オーナー?」
「やあ、ポーリー」
宿屋の娘で多分一番一般的な子。うん、なんか安心する顔だね。どうやら製造担当をやってたみたいだ。一応全員作れるように仕込んではいたんだけど。
「オーナー、ちょうど良かった。店員の数増やして貰えませんか? 出来たら製造部門で」
「え? そんなに手が足りないの?」
「というか他のみんなは固定客ついてて」
「固定客?」
どうやらハンナさんは若い男に、キャサリンは若い女に、チヨちゃんは男女問わず年配の方に大人気で接客指名される事があるんだとか。いやいや、そんなサービスやってないぞ?
「やらないと店の中で暴れ始める人とかいてドットさんの負担が大きくなってしまうんですよ」
ドットさんって………………あっ、警備で雇った膝に矢を受けた人か! なんというかスカイリ〇的なイメージ強くて名前が直ぐに出て来なかったよ。女性従業員はなんで覚えてたのかって? そりゃああんこの作り方を頑張って叩き込んだんだもの。あの時はドットは味見役だったしね。あ、スイーツ男子である事は覚えてるよ。
「申し訳ない。店の中だけで手一杯で」
「ああ、ドットのせいじゃないです。人員増やさなかったぼくの方に責任はあります」
そうだね。アヤさんに頼まないでドットの仕事が増えないようにもう二、三人増やした方が良いだろう。そうとなったら商業ギルドに……
「そういえばなんでアヤさんが割り込み対策してたんですか?」
「ええと、前に順番守らない客をコテンパンにしたらポーリーさんに頼まれまして。一回につきおしるこ一杯無料でくれるって言うので」
おしるこ一杯で雇えるならそれはそれで安いと思うんだけど、さすがに仕事柄いつまでもここに居て貰う訳にもいかないもんね。
「アヤさん、本職の方は良いんですか?」
「え? 本職? なんでしたっけ?」
この人帝国の大使としての仕事忘れてない? いや確かに王国に常駐するのが仕事だし、何か変化があった時くらいしか報告義務とかないのかもしれない。いや、何も無くても報告は送るものだと思うんだけど。
「アヤさん、あなた大使でしょう?」
「そういえばそういう設定もありましたね。でも、いいんです。ヒルダからも陛下からも何にも言ってこないんで、きっと忘れてるんですよ」
まあここんところずっと帝国に居たし、帝国は帝国で色々忙しかったのは事実だしね。
「それに本来の業務も遂行しようとしても無駄だっ……あっ」
本来の業務? いやまあその辺は帝国の内部事情だと思うので敢えて言及しないでおこう。アカネ、「吐かせますか?」って尋問とか拷問とかそういうのはやめなさい。アンヌ、その注射器はハウスだ。というかお前は家で待機中だろうが。イメージで割り込んでくるな。
「いやまあいいや。とりあえず店員が必要という事だな」
「そうですね。あとお店の広さももう少し広いと嬉しいです」
「うーん、まあそれは商業ギルドに掛け合ってみてから考えるよ」
という訳で商業ギルドへ。中に入ると営業スマイルで出迎えてくれる受付の女性。うん、この子はどんなに美しく微笑んでもぼくに惚れてる訳ではない。
「いらっしゃいませ。本日はどの様なご用件で?」
「実は店舗を経営しているのですが、そこの従業員を集めていまして」
「そうですか。では、ギルドカードをこちらにお渡しください」
「あ、すいません。ギルドカードはどこにしまったかなあ」
「なければお名前でも構いませんが」
「ええと、こもりざわまもる、です」
「え?」
ざわり、と商業ギルド内がざわついた。
「あなたが、あの、甘味処の?」
「ええ、はい、まあ、その通りだと思います」
「しょ、しょ、少々お待ちくださいっ!」
担当してくれていた受付嬢がバタバタと走って出て行った。しばらくすると少し気苦労の多そうなおっさんが出て来た。
「あの甘味処の店主というのは君かね?」
「ええ。あの、あなたは?」
「私はこの商業ギルドのギルドマスターをしているものでゲーツというものだ」
はあ、商業ギルドのギルドマスターねえ。という事はこのギルドで一番偉い人ってことか?
「そうですか。よろしく。それでぼくの用件なんですが」
「その前に私から提案があるのだが……店舗を増やして貰えないだろうか?」
店舗を増やす? つまり、甘味処を増やせってことかな? いや、確かに従業員は増やそうと思ってたけどいきなり店舗を増やせってのはちょっと。




