第二百七十四話:アリスの戦闘指導
うん、まあ、こんな風になるよね
晶龍は攻撃をかいくぐりながら再び近付く。エンペラーはそれでも意に介さずとばかりにハルバードを振り続けるのをやめない。大振りだから潜り込まれやすいというのに。
「きゅうしょ、ここだ!」
晶龍が狙ったのは鳩尾。いや、さっき脇腹は効かんかったじゃないか。
『ふはは、効かんと言っているだろう!』
エンペラーはそのまま素早く持ち手を叩き付けた。どうやら誘い込むのが目的だったらしい。晶龍はそのまま地面に叩き付けられた。
「ぐふっ」
『ちょこまか動いていたが、これでもう動けまい!』
エンペラーがハルバードを打ち下ろす。晶龍は間一髪でそれを転がって避けた。
『まだ動けるか!』
「こんなの、アリスさんの、こうげきに、くらべたら!」
え? アリスあれよりも強い威力の攻撃なの? 訓練だよね? 壊れないかな?
「こらー、晶龍! ボディじゃないの。チンよチン!」
チン。つまり顎だ。それも顎の下の先。顎先を掠めるように打った一撃は脳を揺さぶりまともに立っていることも出来ないという。だから格闘技の構えは顎を引いて打たれないようにするんだけど、このエンペラーは恐らくそんな経験も知識もないからか顎は前に出っぱなしだ。
「ちんだな、わかった!」
晶龍は再び向かっていく。狙いは恐らく下顎。突っ込んでいく晶龍を見てエンペラーはニヤリと笑った。
『バカめ! どこを狙うのか大声で言うやつがあるか! こうしてしまえば打てまい!』
しまった。チンというのが顎だと知っていたのか! クロスアームガードで顎を両腕でガードしている。このまま突っ込んでもガードに弾かれて隙を晒すだけだ。
「どおりゃあ!」
チン!という音が聞こえた気がする。晶龍が突っ込んだのは下腹部。そう、いわゆる人体急所の金的だ。
『ふごぉ!?』
思わぬ衝撃だったからかエンペラーは思わずハルバードを取り落とし両手で睾丸を抑えた。
「アリスさん、これでいいか?」
「あー、まあ当たったから良し」
ま、まあ、結果オーライだろう。男の急所にあんなのを食らわされたらと思うと寒気がしてくるが、そこはまあ一応殺し合いの場だから仕方ない。
『ぐ、ぐ、ぐ、こ、小僧、ぶち殺す!』
どうやらエンペラーが激昂したらしい。晶龍に薙ぎ払うような腕の一撃を加えた。すっ飛ばされる晶龍。
「おっと」
ちょうど飛ばされた位置にアリスが居て晶龍は受け止められた。
「ううっ」
「晶龍、まあ頑張ったみたいだからお手本を見せてあげるね」
アリスはつかつかとエンペラーのところに歩いて寄った。
『今度は貴様か? クイーンを退けたからと言っていい気になるなよ!』
「えっとね、晶龍。打撃をする時には普通に地に足が着いてた方がいいんだよ」
『おい、無視するんじゃない!』
再び晶龍を吹き飛ばした薙ぎ払いの一撃。
「とりあえず、攻撃されたらいなすんだよ。こんな風に受け止めるのは余程自信が無いとしちゃダメ。晶龍は身体小さいんだから」
『なっ!?』
平然とそれを受け止めるアリス。晶龍よりは大きいけど、エンペラーよりもお前は小さいからな。
「それで、こんなに大きい相手だと、顎を狙うのも一苦労だからとりあえず足を狙うんだよ」
『ぐはっ』
そう言って横薙ぎのチョップを足に食らわせる。そのまま膝を着くエンペラー。
「で、こうやって頭が下がったら顎にこうやって一撃入れたら……よっと! ほら、顎で脳みそが揺らされて倒れるって訳」
『ガハッ』
ズドン、音がしてエンペラーが倒れた。いや、あの倒れ方、脳みそが揺れたんじゃなくて普通にダメージで倒れたよな?
「ほら、簡単でしょ。あ、主様、見てました? ちゃんと晶龍にも教えてあげるいい子ですから。褒めて褒めて!」
「そうだな。よくやったぞアリス」
「えへへー、撫でてー」
とてとてと寄ってきて頭撫でを強請るアリス。いやまあ解決したからいいんだけどね。
とりあえずエンペラー、キング、クイーンの首は持って帰ろう。討伐の証明になるだろう。一応本体も持って帰るかな。首切るのも一苦労しそうだし。キングの剣とエンペラーのハルバードもだな。
村に戻ってゴブリンの件が解決した事を言っておく。一応もしかしたらはぐれのゴブリンが居るかもしれないから見回りはしてもらう様には言っておいた。まあ出て来ても十匹も二十匹もなんてことにはならないだろう。
ギルドに戻って報告をする。エンペラーの話をするとギルドマスターが大騒ぎしていた。まあそりゃあそうだろう。でもまあ倒した事を言ったら安心されたし、三体分の死体も引き取って貰えた。
これをもって晶龍の奉仕活動は終了と相成ったのでした。本当ならもう二、三件あったらしいけど、さすがにレギオンにまで到達したゴブリンの群れ殲滅は文句なしの成果だったみたいね。




