第二十七話:カレーもいいけどケーキもね
カツカレーは大学時代によく食べたメニューの一つです。五百円カツカレー大盛り。美味かったなあ。
「つまり、帝国の侵攻は帝国軍の総意ではなく、皇帝の意志でもなく、功に逸った大隊長の独断専行だと?」
「はい、その通りです」
「それでヒルデガルドさん、帝国としては今後どうしていくおつもりですか?」
「ヒルダと。私としてはそちらの提案された通りの相互不可侵が望ましいと思っております」
どうやら帝国はぼくの提案を全面的に呑むらしい。いや、なんか条件付けられるかもだけど。
「それで正式に書類を交わしたく、こちらのご主人様に帝都にお越しいただくことは出来ますでしょうか?」
無理! ダメ、ゼッタイ! ここから動くなんてとんでもない!
「……それは、ご主人様も納得されないかと。ご主人様は故あってここを離れられないのです」
「それは、呪い的な、若しくは魔術的な何かですか?」
「そう受けとっていただいても結構です」
引きこもりは呪いなのだろうか? あ、いや、この家から離れたら能力使えなくなるんだし、そらは呪いなのかもしれない。
「でしたら次善の策として、皇帝陛下が調印にこちらに伺っても?」
えっ、何? ここに来るの? ううん、何で? 別に条約締結の調印なんて間に人挟んでどうとでもなるんじゃないの?
「その必要があるのでしょうか?」
「従属ならともかく、対等の立場での不可侵条約ともなれば内外に知らしめておかねばならないのです」
なるほど。今回みたいな独断専行で不可侵条約とか結ばれないためだな。
「それに……なんでもビーフシチューなる甘美な食事があるとか」
まあビーフシチューはレッドドラゴンの心を掴んではなさないぐらいの料理らしいからなあ。本職の料理人が作ったらもっと美味しいのかもしれないけど。
「はい、私が作りましたが」
「帰ってきたアヤが美味かった美味かったと頻りに言うものですから皇帝陛下が興味を持ちまして」
つまり、ここに皇帝連れてくるからビーフシチューを食わせろと?
「いや、まあそこまでな料理でもありませんが」
「そんな事ありません! あのまろやかでコクがあって、甘くて濃厚な味わいで柔らかいお肉など帝都のどこに行っても食べられませんよ!」
若干興奮気味にアヤさんが割り込んで来た。この調子で広められたんならまあ興味も持たれるだろうなあ。
「そ、それで今度はカレーというのを食べてみたいんですけど」
まあ、カレーで釣ろうとしたんだし、今日はそのつもりだったからカレーは用意してある。しかも、今日は上にカツを載っけたカツカレーだ。
アインが指示を求めている。ああ、いいよ。作ったのアインだしなあ。
「ご主人様の許可が出ました。お二人とも食堂へどうぞ」
護衛の騎士たちは残念ながら家の外で待っててもらう。ぼくらが危害を加えると思ってないらしいから特に減点はされてないと思う。ゼロになったら襲って来るとか? だめだ、話にならない。フルムーン!
食堂にはカレーの香りが満載だったらしい。入るなりアヤさんの口からヨダレが覗いているのを見てしまった。えーと、つまりアヤさんはヒロインじゃなかったってこと?
「うひゃあ……ヒルダ先輩、これ、絶対美味いやつですよ!」
「アヤ、あんたはちょっと黙ってなさい」
どうやら先輩後輩的な関係の様子。それで宰相自ら来たのかな?
「失礼しました。その、いただいても?」
「はい、ご安心ください。毒などは入っておりませんので」
「我々を殺すおつもりなら家に入る前になんとでもなったでしょう。そんな事を疑ってはいませんよ」
とまあみんな席に着いてアインが一人一人にカツカレーを配っていく。
「さあ!こちらがカツカレーになります。どうぞお召し上がりください」
「いただきます」
「ふぉいひぃー!!!!!!!!!」
アヤさんが一口スプーンで掬って口に運ぶなり素っ頓狂な悲鳴をあげた。
「これは……確かに今まで味わったことの無い不思議な、それでいて非常に美味なものですね。少し辛いですけど」
「えー? 先輩、これ、ちょうどいい辛さですよ? もっと辛くても良いかも」
どうやらヒルダさんは甘党らしい。辛いのはお嫌いですか? よし、ならば食後にケーキを出してやるかな。えーと、確かここにケーキが売って……うん、出来たてじゃないけどこのショートケーキでいいだろう。
「ご主人様、カツカレーをお持ちしました」
「ああ、アイン、ありがとう。そうそう、ヒルダさんは辛いのが苦手そうだからこのケーキを口直しにあげてくれないかな?」
「ご主人様、ケーキはさすがに……いえ、差し出がましい口を挟みました。ご命令通りケーキを提供します」
そうしてアインが階下に降りていく。ぼくもカツカレーを食べる。いや、別に辛くないと思うんだけどなあ。これ、林檎と蜂蜜が恋をした感じのルーだから甘口寄りの中辛だよ?
「お二人とも、まだ入るのでしたらこちらにケーキという甘いものがあるのですがいかがでしょうか?」
ヒルダさんの目がキランと光った気がした。




