第二十五話:自室での攻防
主人公、何もしてないよね?
スレッグの問いに本当に答えてやる必要なんてないのだ。デタラメであっても確かめる方法なんてない。
「あんな二人、特にアリスの方はバケモノって言ってもいいくらいっすよ。それなのにあんたみたいなんに使われてる。よっぽどカリスマがあれば本人が強くある必要はねえっすけど、あんた、どう見ても単なる脂肪の塊じゃねえっすか」
ええええ、カリスマなんてねえよ。ぼくは単なる引きこもりだからな。それと脂肪の塊じゃなくて肉の鎧だって言ってんだろうが!
……なんて面と向かって言えたら何の問題も無い……いや、問題は放置してあるんだが。ぼくが実際にやってた事は
「あ、ううっ、えっ」
と言葉にならない声をあげるだけだった。いや無理だって。普通になんの脅威も身近にない、日本で引きこもりやってて通り魔よりも恐ろしい暗殺者に会うなんて有り得んじゃん。ほら、学校にも通ってないんだよ?
「まあいいっす。あんたを殺さずに痛めつけるなんて簡単そうっすもんね。さあて、久々に楽しませてもらうっすよ。あ、個人的には美人のお姉さんの方が甚振り甲斐があるんすけどね」
「ひい……」
もう刃物が怖くて、持ってる人も怖くて、声にもならないです。喉を鳴らしただけみたいな。
そうこうしてるとしゅぱっとぼくの頬をナイフがかすめていった。
「ひっ!?」
「あーらら、動いちゃダメっすよ? 下手すると刺さっちゃうっすから」
「いや、血、血、血が、血がっ!?」
「当たり前でしょう。刃物なんすから。そりゃあ血ぐらい出るっしょ……ああ、そういや誰も殺してなかったっすね。もしかしてそっちもまだ童貞っすか?」
スレッグが顔を歪めて笑った。バカにされてるのは間違いないけど反論する気力すらない。なんか喋って殺されたらどうすんだ。
「ご主人様!」
その時、部屋にアリスが飛び込んできた。よし、これで勝つる! とか思ってたらスレッグは一足飛びにぼくのそばにジャンプして来て、首筋にナイフを突きつけられた。
「おおっとあぶねえっすね。あんたは用心してもしすぎることがなさそうっすから。さあ、あんたのご主人様が死んじゃっても良いんすか?」
アリスは悔しそうにバットを下げた。
「ダメっすよ。そこじゃあ直ぐに攻撃出来ちまうっす。バットは廊下に投げ捨てるっすよ」
アリスは悔しそうな表情を更に歪ませて廊下にバットを捨てた。これでアリスは丸腰。対するスレッグはナイフを持っている。アリスが動いたらぼくの首を掻っ切るだろう。
「さあさあ、そろそろ教えてくれませんかね? あの二人に言うこと聞かせる方法ってのを」
「私はご主人様に仕えるもの。何と言われようとあなたの言いなりになりません」
「……ふうん。まあ、それならそれでちょっと窮屈っすけどこれを使うしかねえっすな」
スレッグは懐から首輪のようなものを取り出す。あ、それ、何となく分かります。あれですよね、異世界モノでお馴染みの。
「隷属の首輪だ。これでこのブタに俺の奴隷になってもらうっすよ」
「くっ、それでご主人様にあなたの夜伽の相手をする様に言うつもりですね!」
「……いや、アインさんならともかくアリスは無理っす」
なんて酷いことを言うんだ! いや、ぼくもちょっと無理だけど。アインならいけるかって? あ、アインも無理っす。なんすか、ちょっとフィギュアに欲情する様なもんだし。
「さあて、じゃあこの首輪を嵌めてやるっすよ」
徐々に首輪が近付いて来て、ぼくの首にハマりそうになった時に、それは起こった。
「スタングレネードぉ!」
その声にぼくは必死に目をつぶって耳を塞いだ。凄まじい音に耳を塞いでいても耳鳴りがするくらいだった。
次に目を開いた時、部屋の中を転がり回ってるスレッグの姿があった。まだ耳鳴りがするのでなんて言ってるかは分からないけど、多分言葉にならない悲鳴だろう。
「上手くいったわね!」
そしてドヤ顔してるフォルテ。姿が見えないと思ったら隠れてスタングレネード準備していたらしい。決して怖かったからぼくを囮にして逃げようとか思ってた訳じゃないとか言ってた。まあ信じてやろう。
悶えるスレッグをアリスが取り抑えてロープでぐるぐる巻きにした。アリスはスタングレネード食らわなかったのかと聞いたら、そういうのは聞かないように調整出来るそうな。さすがパペット。
「ぐぐそう、何っすか今のは? 太陽でも生み出したんすか?」
ぼくは答えない。スタングレネードだと知ってるし、自慢してやりたい気もする。でも人相手だと上手く喋れないのは非常時でも変わらないんですよ。
「ありがとう、フォルテ、アリス、アイン、助かったよ」
「へへん、ほーら、私が居て良かったでしょ?」
「ご主人様、私が弱いばかりに申し訳ありません」
「私も、油断がありました」
アヤさんと大隊長殿は普通に帝国に帰ってもらう事に。いや、波風立てたくないんですよ、こっちは。スレッグは何とかしないといけないだろうけと。
「あ、でしたらご主人様の奴隷にしてしまったら?」
アインがそんな事を言い出した。




