第二百四十一話:動かぬ犬(ケルベロス)を動かす方法
ケルベロスは遺志を守るのです。
ノワールちゃんを連れて門を出る。お見送りとかはしてもらってない。奥様は足が悪いので。メイドさんにもお願いねなどと言われてしまったので頑張るしかない。
「よし、オレサマのいうこときけよ!」
「ぎゃううう!」
晶龍が偉そうに命令するとガブッと晶龍のおしりを噛んだ。
「うぎゃー、いてえ、なにするんだ!」
あれ? 龍は鱗があるから攻撃効かないんじゃないの?
「いまはにんげんのからだだからな。そりゃやわらかくもなるぜ」
まあどういう仕組みか分からないけど、おしりは柔らかいらしい。揉み心地とか良いのだろうか。いや、そんな趣味は持ち合わせておりませんですじょ?
「くそう、こんどはこっちのばんだ!」
「晶龍君、散歩させるのが仕事だよ。傷付けるのは良くない」
悔しそうに拳を収める晶龍。分かってるらしい。でも手が出ちゃう、男の子だもんってところか。
「とりあえずちゃんと言う事聞くようにしないとな」
「そういう事やったらこのアミタ様に任せとき!」
いつ出てきたんだ? というかここにはぼくと晶龍以外はどこかに潜んでるであろうアカネしかいないと思うんだが。
「何言うてますのん。旦那はんの行動やったら逐一……はい、なんですのん、アリス姉さ……プギャー」
アミタの声が聞こえなくなったと思ったらアリスから念話だ。
「主様、困ってますか? 今すぐそっちに送ってもらいましょうか?」
「いや、アリスは良いや。アンヌは準備しといてくれ」
「ナンデ!?」
「はい、わかりました、チーフ」
「アンヌちゃん、私に代わってくれない?」
「あの、恐らく私が呼ばれたということは医療的な何かかと」
「そっかあ。まあそうだよね。誰でもよかったら私を呼ぶもんね。仕方ないか」
向こう側で何か念話のまま言い合ってる。確かにアンヌを呼んだのはあの老婦人のためなのだが。
「おい、散歩行くぞ」
「がるるるるるる」
なんか威嚇してる。もしかして何か嫌な理由があるのか? と言っても獣の言葉なんて分からないし。獣の言葉? そうか。
「アスカ」
「今忙しい」
「マヨネーズつまみ食いしてるんじゃないならその忙しさの内容を言ってみろ」
「……ミラの魔法教室」
なるほど。そういえば今日はミラちゃんも休みにしたんだっけ。いや、ミラちゃんは怪我してるかもしれないから大事をとって休ませたんだけど。
「ちょっと歩美さんと連絡取りたいんだけど」
「むむう、訓練の中断は良くない」
「どこで訓練してるんだ?」
「歩美のダンジョン」
すぐそこじゃねえか! 面倒くさがらずにとっとと連絡取れ!
「連れて来た。どうやって連絡取りあう?」
そういえば歩美さんは念話使えないよね。どうしよう。こっちに転移してもらうか?
「あ、あはは、どうも。ええと、その、なん、でしょうか」
ピーター君を抱きかかえて歩美さんがワープアウトして来た。おい、許可取ったか?
「そ、それで、この子、が、屋敷を、動かない、理由、ですか?」
「そうなんです。なんか動いてくれないんですよ」
「私が、話を、聞いて、みますね。ノワール、ちゃん?」
歩美さんがトコトコと歩みを進めてノワールに話し掛ける。ノワールはぎゃうぎゃうなどと言ってるのか吠えてるのか分からないけど何かを伝えようとしていた。
「わかり、ました。「約束」が、ある、から、散歩には、行けない、だそう、です」
「約束、ですか?」
「前の主との、約束、この家と、ご婦人を、守るって」
なるほど。つまり、この家とご婦人の安全を守るためなのか。そして恐らくご婦人の生命を優先してるんだろう。ご婦人が連れて散歩に行く時は歩きながら護衛してるみたいなものだから大丈夫なのか。散歩に行くと両方から離れてしまうもんな。
という事はこの屋敷を守れる人間が居ないと散歩には出掛けられない、という事だ。さて、それでは晶龍がどうするか、だな。
「なんだよ、きめてくれねえのかよ」
「この仕事を受けたのは晶龍君だからね。何かあるなら相談には乗るよ」
「だ、だったらよ、アリスさんにこのやしきのけいびをおねがいしたいんだけど」
「そうかい。それじゃあ自分で伝えてみてくれ。アスカ、アリスをこっち……うわっ」
「呼ばれて飛び出てジャジャジャジャーン!」
皆まで言う前にアリスがワープアウトしてきた。いや、まだ報せてもいなかったんだが?
「さて、晶龍。人に物を頼む時には頼み方があるんだよ」
「そうだよな。アリスさん、オレがこのケルベロスを散歩させてる間にこの屋敷を守ってくれ」
「え? やだよ?」
身も蓋もなく二秒で却下しやがった。ううーん、こりゃ酷い。
「そ、そんな」
「なんでそれでしてくれるって思ったの? する訳ないじゃない」
「じゃあなんでここにきてくれたんだよ!」
「主様が居るからに決まってるでしょ!」
ポカーンとしてる晶龍。




