第二百四十話:犬の散歩
ちなみに私は犬が苦手です。近所を通る度に吠えられる。
「な、なあ、青龍って、あの、青龍か?」
「どの青龍を指してるのかは分かりませんが、ぼくが知ってる青龍は一人……いえ、一柱だけです」
「マジかよ……てことはこいつは龍って事か?」
「そうですね。で、ガツンと言ってやるんでしたっけ?」
「バ、バカヤロウ! そ、そんなこと、出来るか!」
ですよねー。まあぼくの場合はアリスが殴っていわせたんで出来ないとは言わないけど。
「えー、では、晶龍君には冒険者ギルドでの下働きをしてもらいたいと思います」
「そんな事で良いんですか?」
「そうですね。あ、事務仕事ではなくて溜まってる依頼を片付けて欲しいのですよ」
ああ、手伝いってそういう。帝都は広くて様々な依頼があるけど、ある意味凍結されてる依頼とか敬遠されがちな依頼とかあるらしい。それを片付けて欲しいとの事。
「達成した依頼の金額が弁償額に達したらお終いです。それでいいですか?」
「はん! オレサマにまかせとけ! すぐにかたづけてやるぜ!」
晶龍はかなりやる気だ。カレー屋の狭い店内で働くより身体を動かす方が楽なのかもしれない。
「よっし、じゃあまずはこれからだな!」
晶龍は積まれて置かれた目の前の書類の山の一番上に手を伸ばした。ぴらっと見て……あれ、動かない?
「なあ、これ、なんてよむんだ?」
読み書き出来ないのかよ! いや、そういうのは先に言っといて欲しかったよ。というか喋るのは普通に出来るんだね。え? 上を通る船の会話で覚えた? そうですか。
仕方ないので代わりに読んでやる。うーん、なになに? 犬の散歩? なるほど、そういう依頼もあるのか。
「なんだ? さんぽするのか? そんなことでかねもらえるんだな?」
「違うよ。動物を散歩させるんだ」
でも疑問がある。普通、こういうペットの散歩依頼というのは人気のはずだ。特に女性冒険者が街中で安全に受けられる仕事だし、こういうのを頼むのはだいたい貴族だから貴族とのコネを作るという意味でも受けられたりするのだ。
「さんぽするだけならラクショーだな。よし、これからいこうぜ」
「そうかい、助かるぜ」
気になるからぼくもついていこう。で、晶龍と一緒に着いたのは貴族の御屋敷。割と古びた感じの悪くない家門だろう。
「はい、なんでしょうか?」
扉をノックすると怪訝そうな顔をしたメイドがこっちを見ていた。ジロジロ見ないで! あ、晶龍は別に視姦てもいいです。
「あの、冒険者ギルドから犬の散歩の依頼を受けた者なんですけど」
それを聞いた途端、メイドさんの顔がぱあっと明るくなった。素敵な笑顔だ。
「そうでしたか! さあ、どうぞ、中へ、中へ! 客間でお待ちください。奥様を呼んでまいります!」
メイドさんはぼくらを客間にずずいと通すとそのまま駆け出して行った。スカートのプリーツは乱さないように、白いエプロンは翻さないように、ゆっくりと歩くのが、貴族家でのたしなみ。では無いようです。
しばらくすると杖をついて歩きづらそうな女性をメイドさんが支えながら部屋に入ってきた。いや、足を悪くしてるならこちらから伺いましたのに。いや、私室だったらそういう訳にもいかないか。
「初めまして。マンフリート伯爵家のシルヴァーヌよ。あなた方がうちのノワールちゃんの散歩に行ってくれる方?」
上品そうな貴腐人……いや、貴婦人だ。上流階級の方特有の人を使い慣れてる感じがする。
「はい、行くのはこの晶龍です」
「あ、ど、どうも」
どうやら晶龍もこの貴婦人に緊張してるみたい。いや、なんというか優しそうな方なんだけど、上品すぎてね。でも晶龍は自分の母親とかこんな感じじゃなかったのかな?
「……うちのははうえはこぶしでいわくだくようなぶとうは?だから」
なるほど。
「ご覧の通り、私の足がこの様な感じでしょう? なかなか散歩に連れて行ってあげられなくて困っていたのよ」
「それは大変でしたね」
「ちょっとやんちゃでね。なかなか私とメイドのマリアン以外に懐いてくれないの」
なるほど。今までの冒険者は懐かれなくて挫折したのかな。となると一筋縄ではいきそうにないが。
「では、ノワールちゃんを呼ぶわね。ノワールちゃん、入っていらっしゃい」
どうやら賢い感じの犬な様だ。開いていた扉から黒い影が室内に入って来た。大きさは……高さで二メートル程度だろうか。体長でいうと四メートル近く。どう見ても「犬」では無い。でも、最大の特徴はそんな事ではない。
頭が三つあるんですけど!?
「紹介するわね。私の愛犬、ノワールちゃんよ」
「わんわん!」
吠える音は地獄の底から響くような重低音だ。絶対、これ、普通の犬じゃない。ケルなんとかとか、なんとかベロスとかそんな奴だ。
「この子をよろしくお願いしますね」
「頑張れよ、晶龍」
「え? マジで?」
少し呆然としていたようだがまあ頑張って欲しい。




