第二百三十一話:晶龍君、人間界での修行を始める
晶龍君の修行なので手助け無用なのです。
「おい、おせえぞ! オレサマをいつまでまたせるきだ!」
家に入るなり晶龍の偉そうな声が聞こえた。掃除は終わったのだろうか。
「ご主人様、おかえりなさいませ。掃除は完了しております」
「そうか。晶龍はどうだった?」
「全然ダメでございます。雑巾がけも、箒も、草むしりも何をやらせてもすぐ音を上げて逃げます。私一人でやった方が早いので私一人でこなしました」
あー、アインが全部やっちゃったのか。扱き使おうとしたけど使いものにならなかったと。いやこれは指示してなかったぼくが悪い。
「アイン。お掃除ご苦労さま。でも、出来たらこの晶龍にやらせて欲しかったよ」
「そういうことは先に言ってください、ご主人様」
「ううっ、ごめんよ」
アインの当たりが厳しい。度々思うんだけど、本当にぼくは主人として認められているのだろうか? よし、ここは主人としての威厳を見せる時! 晶龍を諭すか。
「晶龍君」
「はあ? なんだよ? オレサマをよぶときは「サマ」つけてよびやがれ!」
「あのね、青龍さんの宮殿にいた頃はどうだったか知らないけど、ここで暮らしていく以上は自分の事は自分でしないといけないんだよ」
「……ご主人様が言うとこれ程説得力の無い言葉も珍しいですね」
しれっとアインがツッコミを入れてくる。ああ、自分で自分のことは殆どしてませんよ!
「はあ、じゃあなにか? オレサマにこのいえでくらすならそうじをしろって? まっぴらごめんだよ! おまえがやりやがれ!」
晶龍は目を吊り上げてぼくに殴りかかって来た。ぼくはそれをヒラリと……いや、かわせないって。ぼくにヒットする前にパシンとその拳は受け止められた。アリスである。
「おまえ、よくも、主様に拳を向けたな!」
受け止めた拳を握り潰さんばかりに力を込めている。幸いなのは晶龍が普通の人よりも頑丈だということ。痛い痛いと泣いてはいるものの、手が潰れてはいない。
「アリス、ステイ」
「ええ、でも主様に」
「ぼくの出番だから取らないでくれると嬉しいな」
「むう、主様がそう言うなら」
アリスが解放すると晶龍は這いずって後退り、壁に身体を預けてガタガタ震え出した。ぼくはゆっくりと晶龍に近付く。アリスはぼくの後ろにそのままついたままだ。なんなら背中に乗っかろうとしてくる。
「晶龍君」
「は、はひ」
歯の根が合わないのかイマイチ発音が不明瞭な晶龍。それでもお話は続けるんですよ。
「君が学ばないといけないのは人間という生き物だ。それには同じ様な事をやってみて学ばないといけない。それが分かってこそお父上の目的が果たされると思うんだ」
「どうせ、ちちうえは、オレサマをすてたんだよ!」
は? 何故そうなる? いやまあ相手は龍だ。ぼくらの知らないなんかしきたりみたいなのがあるのかもしれない。人間界に落とされるイコール廃嫡みたいな。
「蜃さん、ここにいる間の滞在費ってどうなってます?」
まずは滞在費だ。人間の街にいるというのはお金がかかる。まあぼくは稼ぐ為にやってるんだけど。なんなら晶龍と蜃さんぐらいの生活費はこっちで賄えるぐらいはある。そんな事する義理も無いんだけど。
「はい、青龍様より、様々な通貨や宝石などを預かって来ております。早々に尽きることはありませんし、必要とあらば青龍様に申し上げればそれなりに出していただけるかと」
ふむ、お金の管理は晶龍には任せられないんだろうなあ。貨幣の使い方を知ったらその日のうちに使い切ってしまうみたいな使い方をしそうだ。江戸っ子は宵越しの金は持たねえ、みたいな。
「やっぱりか。ええと、蜃さん。それでお手伝いさんなどを雇ったり奴隷を買ったりする予定は?」
「そうだよ! しようにんをやとえ! そうすればオレサマははたらかなくてよくなる!」
ぼくの言葉に我が意を得たりとばかりに晶龍が生き生きしだした。しかし、蜃さんは断ずる。
「いえ、青龍様からは何事もおぼっちゃまに経験させよと。私以外の随伴は許さんと仰って降りました」
「だ、だったらしんがここのことをぜんぶやってくれたらいいんだよ!」
「残念ですが、私は時々青龍様の元に帰ることになっております。報告の為と仕事の事情で。ですのでその間はおぼっちゃま一人で何とかしていただけませんと」
その言葉を聞いて晶龍の顔に絶望が浮かんだ。つまり、料理……はまあできる必要無いけど、少なくとも掃除や洗濯はしないといけない、もしくはしなくても済む様にしないといけないのだ。
「やれやれ、では掃除のいろはを教えねばいけませんね」
アインは晶龍の首根っこを引っ掴んだ。
「は? なにすんだよ、はなせ、はなせよ!」
ジタバタ暴れる晶龍にビクともせずにアインは奥の方へ晶龍を引きずって行こうとしていた。家事に関する事の時にはアインもパワーを出せるのだろう。
「お待たせしましたなの! デリバリーカレー、なの!」
ちょうど晩御飯が飛び込んで来たのでアインにみんなをテーブルにつかせる様に指示した。




