第二百十八話:女の涙には理由がある
女の涙は最後の武器ですよね。
「違うんです、護さんは悪くないんです。悪いのは私なんです」
ひっくひっくとすすり泣くのが止まらない歩美さんはいつもよりはっきりと言った。あの、そのセリフはここで発せられると「原因は男にあるけど女の子が自分を犠牲にして庇うことで周りの同情を買ってより一層男に責任取らせやすくするスキル」みたいになっちゃうから。
「ほら、主様は悪くないって歩美も言ってるじゃない!」
いや、アリス。そのセリフは火に油注ぐ感じだからな?
「そんな事で納得できるかよ! おい、護、てめぇ、何があったか説明しろや!」
そ、そんな事言われても、ぼくにも何がなんやら訳が分からなくて。ええと、タトゥーを勧められて断ったら泣き出した? いや、もうそんなパターンしか思い浮かばないよ。
「歩美さん、ぼくが、タトゥー入れなかったのが嫌だった?」
首を横に振る歩美さん。えー、タトゥーが原因じゃなかったんなら何が原因なんだよう。全く分からない。でもこのままだと悪いのはぼくにされてしまう。何とかしなきゃ、何とか。
「セイバートゥースよう、そいつ痛めつけたらなんか喋るんじゃねえのか?」
「お前!」
「痛え痛え、話やがれメスゴリラ!」
「誰がゴリラよ!」
レッドメットの腕を掴んでるアリスが力を込めたらしい。まあお陰でぼくは肉体的なダメージを受けずに済んでるんだけど。
「よう、ご主人様はああ言ってるがなんか心当たりあんじゃねえの? 場合によっては許してやるから言ってみろよ」
それって場合によっては許さないでボコるって事ですよね? 正直、命の危険が危ないんですが。
「セイバートゥース! 主様に触れてみろ、容赦なくぶっ殺すからな!」
「はっ! オレとレッドメット二人がかりなら抑え込めるよなあ。なんならアルタイルの旦那だって呼んでやるぜ?」
空気がどんどんやばやばになってくる。これはどうにかしないといけないんだよなあ。でも、歩美さんがなんで泣いてるのか分からないし。
「レッドメットも、セイバートゥースも、やめて。これ以上、護さんに迷惑掛けないで!」
歩美さんが大声を出した。なんとびっくり、こんな声出せたんだなあ。
「ご、ご主人様、でもよう、こいつになんかされたんじゃ」
「護さんは悪くないって言ってるでしょう!」
「あ、はい、すいません。レッドメット、やめろ」
「セイバートゥース、けどよ」
「けどもクソもねえんだ。ご主人様の命令だぞ」
「へい、分かりました」
レッドメットの腕から力が抜けたのが分かったのか、アリスもレッドメットの手を放した。
「護さん、ごめんなさい。私のせいで」
「あ、いや、その、なんかしてたらごめん」
「違うんです。私が悪いんです」
歩美さん、それだと何にも分からないんですよ。お願いだからお話しを聞かせてください。なんてぼくが言い聞かせる事が出来てたらきっと早く解決していただろう。でも、実際のぼくはただオロオロするばかり。どうしようかと思ってたら売店のおばちゃんが首を突っ込んできた。
「おやまあ、なんだいなんだい、彼女さんを泣かせるなんて随分な男だね」
「あ、あの、違、違うんです」
「いいよいいよ、タトゥーも入れようとしない根性無しなんだから十分愚痴を言ってもいいんだよ」
やっぱりタトゥー入れなかったのが原因なの? いや、それはそれで無理がないか? というかこのおばちゃんはぼくにタトゥー入れさせたいだけだろ。
「そっちの逞しい二人の方がお似合いだよ。乗り換えちまいな」
そりゃまあレッドメットとかセイバートゥースの方が男としては上なんだろうよ。そもそも乗り換えるも何も付き合ってすらいないんだし。
「違います。護さんじゃなくて私が悪いんです」
そこから歩美さんが語り出した。たどたどしげにぶつ切りしながら。
ぼくが歩美さんと話す時は緊張してるからというのもあってカチコチになってる。傍から見て分かるし、自分でもあまり上手く喋れてないな、と分かる。それならぼくが悪いで終わりなんだけど。
どうやらぼくとフォルトゥーナさんやフォルテが軽々しく喋ってるのを聞いて、素っ気ないのは自分だけだ、と思ってしまい、また、素っ気ないのは自分に面白味がないからだ、などと自己嫌悪に陥ってしまったのだとか。
分からないよ、そんなの。女性の気持ちなんて分からない。悪意持ってる女性はそれなりに見てきたし、味わってきたものの、そんな風に自分の方が悪いなんて卑下するような女性は見た事ないもの。
「あの、歩美さん、その、ぼくぼくが、女性と喋りなれなれなれ慣れてなくてごごごごめんなさい」
「えっ? でも、フォルテさんは」
「あれは羽虫と同じなんで女性扱いしてません」
「ちょっと酷くない!?」
家で食っちゃ寝してる害虫は黙れ。何か役に立ってたか? 妖精か女神の化身か知らんが、少しは働けよ。




