第二百十五話:侵略じゃなイカ?
別の獲物に釣ったものを横取りされる。あると思います。
船に戻ってセイバートゥースと二人。ぼくの護衛は居ないんですか? あ、いや、セイバートゥースがぼくに手を出さないのは知ってるし、なんなら守ってくれるだろうってのはある。だって歩美さんがまだぼくの家に居るからね。
で、なんで船に戻ったのかというと、魚釣りの続きを楽しみたかったから。すっかりハマってしまった。釣りのためなら本体で出かけるのも良いかもしれない。出かけずに釣れるのが一番だけど。
「あんたは何を狙うんだい?」
「ぼくは、適当に釣れたものかな」
「おいおい、男なら大物狙ったらどうだよ? オレはやるぜ! やるぜやるぜやるぜ!」
セイバートゥースは燃えている様だ。そんなに大物釣りたいのかな。いや、そりゃあぼくだって大物釣れたらなとは思うけど、とりあえず釣れるだけでも御の字だ。
「ひゃっほー、釣れたぜ!」
釣り糸垂らして一時間。セイバートゥースは順調に釣り上げてる。なんの魚かは分からないけど。多分食べられるんだろうとは思う。ぼくの方は全くアタリ無し。嫌われてるんだろうか。魚にまで嫌われてる? いや、朝方はあんなに釣れたんだからきっと午後からも釣れる!
釣り方を変えてみよう。餌を付けずにルアーで釣る。これこそ釣り人の醍醐味、ルアーフィッシング。多分こうやって底の方をずりずりさせれば……よし、手応えありだ!
竿に重さがかかる。頑張ってリールを巻く。電動だから自動で巻いてくれるのは便利。手動ならとっくに挫けてる。でもなんか引っ張る力強くて、ちょっと辛い。グイグイしてくるのを頑張って持ってると海面に薄っぺらい身体が現れる。あれは、ヒラメかな、カレイかな? 見分けがつきません。
よし、このまま頑張って引き上げれば……とか思ってたらその薄っぺらい魚に何かが巻きついた。かと思ったら引っ張る力が急激に強くなって、海の中に放り投げられそうだった。
「うぉい!? 大丈夫かよ!」
飛び出しそうになる身体を抑えてくれたのはセイバートゥース。間一髪だった。セイバートゥースはそのまま竿を片手で保持しようとする。だが、それでも引っ張りこまれそうになっていた。ええ、アニマルズの筋力でも無理なの?
「ちっ、来るぞ」
セイバートゥースが舌打ちして水面を見る。何やら黒い影が徐々に大きくなりながら近付いて来ていた。やがて、船よりも大きな大きさの影になって、海面から顔を出す。イカだ。まごうかたなきイカだった。侵略しに来たの?
「Gapiiiiiiiiiiiiiii」
なんか超音波のような音を出してこっちを威嚇してくる。いや、その、うるさいので声を抑えていただけるとありがたいんですけど。
「しゃらくせえ!」
セイバートゥースが釣竿を放り投げてイカにかかって行った。拳で殴ってダメージいくのかは分からないけど、殴った場所は凹んでいたのでそれなりに効いているのかもしれない。
「どうしたどうしたぁ!」
そこから馬乗り?になってラッシュを始める。完全に乗っかってる感じだ。殴る度に凹んでいる。ん? なんか影が落ちてきたな。ここにそんな遮蔽物……セイバートゥース、上から来る、避けて!
「なんだと、うわっ!」
二本の触手が上からセイバートゥースのいた場所に降り注いでいた。間一髪でセイバートゥースはそれを避ける。そして船の甲板へ。イカの化け物は船に触手を巻き付きさせ始めた。まずい、このままだと雑巾絞りの様に船がひしゃげてしまう。
「そろそろなんだがな」
セイバートゥースが何か呟いた。んん? そろそろ?
「Gehiiiiiiiiiiiiiiiii」
「全く世話がやけるやつだ」
再び上空を覆う黒い影。しかし、今度はそこから急降下でイカに突っ込んでいく。鋭い突進でイカの身体が海上に浮いた。
「逃がさない。〈凍土〉」
海面の一部分が凍った。そこそこの範囲だ。声からしたらアスカだろう。
「重ねて唱う。契約に従い、氷の女王とその下僕よ、来れ。終わりなき闇よ、溶けざる氷河よ、全ての命ある者に等しき終わりを。眠れ。氷獄世界」
上空から凄まじい冷気が凍った一部分から広がっていき、打ち上げられたイカを凍てつかせた。それでもまだ動こうとするイカ。生命力強いな。
「まだ動くか。ならば、風よ、逆巻け、立ち上る大気よ震えよ。其は暴風、荒れ狂う風の王、唸れ。暴風狂乱!」
え? 今のはアスカじゃなかったよね。なんか空飛んでる……あ、もしかしてアルタイル? えっ? 魔法使えたの? とか言ってたら動こうとした触手をどんどん削り取っていった。なんて威力。
やがてイカは本体のみになって動かなくなった。氷漬けだもんね。そして甲板に降り立つアルタイルとアスカ。
「助かったぜ、アルタイル」
「お前から救難信号が来た時は何事かと思ったぞ」
「ご主人様が居るから私も来た」
助けを呼んでくれたのか。よく考えたらぼくが呼べば良かったのでは? さすがにイカにびっくりし過ぎて頭が回ってなかったわ。




