第二百十話:海岸で若い二人がキスをする(未遂)物語
キスシーンはありません。
「わ、分かりました、やります!」
言いながらギュッと目を瞑るうさ耳ショタな美少年。格好だけ見ると、「少年?」って言いたくなるけどちゃんとついてる。多分。
ピーター君はゆっくりとぼくに歩いて近付き、ぼくのそばで膝を着いた。この位置からだと顔が良く見える。泣きそうになっているのか瞳がうるうるしており、艶かしい。唇はプルプルしている。うっすらとリップでも塗っているのだろうか。
「あの、ごめんなさい、でも、人命救助、だから」
ぼくに聞こえてるか分からないのにピーター君は申し訳なさそうにぼくに言う。うん、聞こえてるよ、聞こえてるんだけどね。ほら、麻痺して動けないだけだから、麻痺を解けばなんとでもなるんだよ。おい、アンヌ、早くぼくの麻痺を解け!
あー、アンヌ、口笛吹き始めやがった。しかも音出てねえぞ? 誤魔化すんじゃねえ。絶対確信犯でやってんだろうが。いいか? これだけは言っておいてやる。もしもぼくが意識回復した後、お前が五体満足に無事で居られると思うなよ? パペットだからって容赦はしない!
「チーフにそんな酷い真似は出来ないですよ」
「ぼくは許そう。だが、他のパペットたちに命令しても止めない事は出来る」
ぼくの命令は絶対のはず。いや、それだとパペットであるアンヌがぼくの麻痺解除命令に従わない事の説明がつかない。もしかしたらアンヌだけ、ちょっと別なのかもしれない。
「だからさっさとぼくの麻痺を解け!」
「……分かりました。分かりましたよ」
アンヌはそう言うと今にも目を瞑ってぼくに覆いかぶさり、熱い接吻をかまそうとしていたピーター君を引き剥がした。多分触れたら柔らかかったんだろうな。いや、何を言ってるんだぼくは!
「えっ? えっ? アンヌさん???」
「はあ、〈麻痺解除〉。はい、治りました」
麻痺を解除されたら身体が動く様になった、良かった、動くよ。はあ、助かった。
「主様、大丈夫ですか?」
「大丈夫大丈夫。溺れてないよ。ちょっと麻痺させられてただけだから」
「そうなんですか? ……アンヌちゃん?」
「いえ、その、姉様。あの、人工呼吸のチャンスをですね」
「私の人工呼吸は止めたよね?」
「だって、姉様の人工呼吸があんなお約束的な威力だとは思わないじゃないですか!?」
確かにアンヌの目論見としてはアリスの人工呼吸がダメになった時点でストップするべきだったと思うんだよ。それを面白がったかは分からんけど放置したからな。
「危うくあの可愛い兎と主様がチューしちゃうところだったじゃない!」
「私としてはそれはそれで」
「アンヌ、そこに直りなさい!」
「い、い、嫌です! 私、身体をバラすのは好きですけどバラされるのは嫌いなんです!」
「大丈夫、主様はお優しいからちゃんとくっつけてくれるよ」
「やっぱりバラされるの確定じゃないですか!」
半泣きになってるからそろそろ止めよう。
「アリス、そこまで。アンヌにそれ以上は手出ししちゃいけない」
「主様ぁ」
「やはりチーフ、信じていました」
「それ以上やると精密検査に影響が出るからね。あと、修理代も余分に掛かるし」
「チーフ!?」
とりあえず、アンヌは一旦稼働休止するかなんかして点検しないと。ぼくの命令に従わないってどんなプログラムしてるんだか。
「フォルテ、お前原因知ってる?」
「んー、多分、これじゃないかな?ってのは何となく分かる。でもそれかどうかはハッキリわからない」
どうやらフォルテには心当たりはありそうだ。ふと気づくと歩美さんが心配そうな顔で近付いて来ていた。
「あの、本当に、大丈夫、ですか?」
「え? あ、はい、ええ、まあ」
「良かった。うちの、アルタイルが、申し訳、ありません、でした!」
「い、いや、その、別に、悪く、ないと思」
やはり歩美さんの前だとあまり上手く言葉が出てこない。視線も下に行くし。いや、こ、これは健康な男子としての本能であって、ぼくがおっぱい星人であるとかそういう事ではない。だいたい、十歳くらい歳下だぞ?
「ご主人様、そろそろ昼食などいかがでしょう?」
「そうだね。アイン、準備出来てるの?」
「抜かりはありません」
歩美さんと二人でモジモジしてるとアインが声を掛けてくれた。確かにもう昼時だ。スイカ割りはやったけどあの程度の量だと腹ごなしにもならないよね。
「ええ、皆さんの為にバーベキューを用意しました」
海辺の砂浜でバーベキューとはなんてリア充な風景。陽キャにのみ許されたという浜辺のフィーバームーブ。たくましい男性陣が焼けた串を女の子に持っていく。お酒が入って盛り上がり、そこかしこで始まるパーティタイム。それをここでやるというのか!
「焼くのは全て私がやりますので御安心を。量も十分にありますのでご存分にお食べ下さい」
なんか陽キャの祭典のバーベキューが一気に焼き鳥屋のカウンターみたいになったんだけど。




