第二百三話:物事には限度ってものがある
限度ブレイカー、アヤ
プールから上がろうとしたら汗が凄かった。いや、なんというか滝のような汗と言うべきだろうか。当然まだプールの中だからそれがプールに流れ込む。汗まみれになるぞ、このプール。
「大丈夫、です、プールの、水、浄化し、続けてる、のでっ」
どうやらダンジョンマスターの能力というかプールの水は常に清潔を保ってるんだそうな。便利だなあ。それ言うとウチのお風呂も常に清潔になってるらしいんだが。
「私も、暑く、なっちゃい、ました」
歩美さんがプールから上がると心做しかお腹のたゆみが減った気がする。気のせいなのかもしれないが。
「おお、ご主人様、スリムになりましたね」
「え? 本当に、アルタイル?」
「はい、常人には見切れませんがちゃんと脂肪が燃焼しております」
「それって、殆ど変わって、ないって、事じゃない?」
「いえ、顕著な違いです。プールの中では小さな一歩ですがご主人様にとっては偉大な一歩です」
別に月面に降り立った訳でもあるまいに。でもまあ痩せてるのは間違いないんだろう。
「さあ、ご主人様、この調子でどんどん頑張りましょう」
「ごめん、ちょっと、もう、頑張れ、ない」
プールから上がるとプールサイドに置いてあった寝椅子に転がる。ここでトロピカルトロピカルとか言いながらドリンク飲んでたら台無しなんだけど、そういうのはないみたい。あ、ぼくはトロピカルドリンク欲しいなあ。あ、ダメですか、そうですか。
「しかし、こうなってくると再開までが難しいですね」
「ご主人様が進んで運動してくれりゃいいんだが」
「この状態を見て更に運動しろとは言えないのだよ」
「話は聞かせてもらいました!」
バーンと登場したのはアヤさん。水着は競泳水着をお召しになっています。すごく、大きいです。歩美さん程じゃないけど。あれ? いつの間に?
「スパリゾートに飽きたんでこっちに来ました!」
そう、スポーツジムは貸切だけどスパリゾートは営業中なので会員の皆さんはスパリゾートでゆったりしてもらってるのだ。まあ、ウォータースライダーとかもついてるし多少はね。
「それよりも、皆さんじゃあ甘えが出るんですよ。ここは私に任せてください!」
もう思いっきりのドヤ顔で言うものだからアニマルズもパペットたちもぼくらの身柄を委ねてしまった。いや、ちょっと待って!
「よぉし、じゃあ二人一組で運動しますよ。まずは水中ダッシュです!」
「ひー」
アヤさんに主導権が移ったところでぼくらの人権はなくなってしまった。ぼくも歩美さんもプールの中に投げ込まれてダッシュさせられる。歩こうとするとアヤさんが飛び込んで来ておしりを蹴飛ばされる。ううん、もしかしてこの痛みがこの世界に来てから初めてのダメージを負う感覚?
「終わったら水中腕立て伏せに水中腹筋……あ、息が出来ないか」
腕立て伏せくらいなら壁に向かって出来ますけど腹筋は多分無理。
「じゃあ色んな歩き方をしよう。後ろ向きとか横向きとか腰ひねりながらとか」
アヤさんはもしかして軍隊でそういう訓練をしていたのだろうか? 鍛えられてるのは間違いないからなあ。ひー、助けて。
「ほらほら、寝てる暇なんか無いですよ。水の中なんだから疲れないでしょう?」
水の中でも疲れるものは疲れるよ! もう目が回りそう。歩美さんも割と限界が近いと思う。フラフラしてるし。あ、ちょっとクラっと来た。
視界がブラックアウトして、次に目が覚めたのはベッドの上だった。
「バイタル正常、異常なし。問題ありません」
アンヌが診てくれたのかな。ダイエットしてて気絶か。なんかアヤさんが正座してるけどそれはなんで?
「チーフ、意識はお有りですよね?」
「アンヌ、うん、まあ、大丈夫」
「たい、へん、申し訳、ありませんでしたっ!」
アヤさんが土下座している。なんでなのか話聞いたら調子に乗ってぼくらのキャパシティ越えて運動させてしまったからだって。歩美さんはまだ寝てるみたい。
「チーフが倒れたあとに駆け寄ろうとしてふらついて倒れたのです」
「アンヌ、歩美さんも頼むよ」
「大丈夫です。そのうち目を覚まします。疲れが溜まってるんでしょう」
やれやれ、やはりぼくたち引きこもり人には運動という名の拷問は無理だったのだ。これは運動は少しずつやるしかないな。とりあえずプールを歩く方向で。
「あー、そうだな。ご主人様もそっちの主も少しずつ運動量を増やして食事の量を減らしていくしかないな」
「カロリーコントロールは私が頑張りましょう」
「せやなあ、一応普通に運動せんでも痩せることは出来るっちゃ出来るんやけど」
は? アミタ、それは薬を飲むとかそういう人体実験的なものじゃない方法で?
「脂肪燃焼薬は飲んでもろた方がええけどな。一応運動した事になる様な機械は作ってんで」
そう言ってアミタが取り出したのは仮○ライダーの変身ベルトっぽいやつだった。




