第二百話:コミュ障×コミュ障
歩美さんの方はそこまででも無いです。
まず、ぼくは申し込みをしてトレーナーをつけて欲しいと希望をした。そりゃぼく一人だと運動を継続していく自信がなかったからだ。だから基本的にぼくが命令する立場のパペットたちは無し。アリスには露骨に残念な顔をされてしまった。
それで向こうにトレーナーの打診をしたのだが、嬉しい悲鳴というやつで、獣人たちはみんな売約済み。なので新規受入を今停止しているのだとか。今後の事業展開はまだどうするか決めてないらしい。そりゃダンジョンじゃなきゃ好き勝手に空間いじったり設備置いたり出来ないもんな。元々ダンジョン維持のためだから必要以上に儲けなくても良いんだし。
ぼくのことも断ってくれて良かったのに、いやあ、残念だなあって思ってたら「ご主人様がやればいいんじゃねえか?」って誰かが言い出したらしい。いつもなら一笑にふされるはずのそれは、歩美さんの社会復帰のリハビリとして白羽の矢が立ったという訳だ。確かにこっちが頼んでる以上、向こうにもメリットは欲しいところ。ぼくはその、なんというか、反対は、したんだけど、何故かアインが勝手に「ではそれで」って了承したらしい。一秒で了承するな!
という訳でぼくの前には歩美さんがいる訳です。生身の身で向き合うのがこんなにも困難な事だとは思ってもみませんでした。
「あの、護さん、には、ちょっと、物足りない、かもしれない、ですがっ、一生懸命、頑張ります、ので、よろしく、おね、おねが、い、します!」
「あ、うん、そ、そうだね」
なんかキョトンとされてる。なんでだ?
「あの、護さん、私が、その、いや、なら、いつでも、言って、貰えたら、その、代わります、ので」
何故がぼくが嫌がってるとかいう話になっていた。えっ? いまの一瞬で何が起こったの? そりゃあまあ歩美さんよりかは動物って分かってる獣人たちの方が接しやすいとは思うけど、奴ら揃って「ご主人様に不満でもあるってのかテメー」みたいな目で睨んでくる。
違うんです、違うんです。別に歩美さんが特別ダメとかじゃなくて、人間の女性全般がダメなんです。モニター越しじゃないから尚更。モニター越しだと平気なのも、モニターの向こうのぼくじゃなくて目の前の分身体に意識が注がれてるから平気なだけで、ぼく自身ってのは難易度MAXなんです。
「運動、お願いします」
「あ、は、はい、その、まずは柔軟体操、から、なんですけど、お手伝い、しましょうか?」
「はい」
答えて思ったけど、柔軟体操の手伝いって身体を押してもらうとか、そういう方向だよね? 確かに身体はかたいし、立位体前屈とかマイナス四十センチとかなんだけど。
「では開脚体前屈から」
ぼくは言われるがままに脚を広げて手を前にやり、身体を前に、前に、前に、倒、倒、倒れない!
「くっ!」
「どうしたん、ですか? 倒して、いい、です、よ?」
「ぐぬぅ」
「もしかして、もう、倒れ、ない?」
「ふぎぃ」
ぶひぃと言わなかったことは褒めて欲しい。うん、まさか前に曲げることすら出来ないとは思わなかったよ。
「任せて、ください、私、頑張り、ます!」
歩美さんはぼくの後ろに回ると背中に手を置いた。なるほど、背中から押してくれるのか。それなら幾分……
「ふぎぃ!」
歩美さんは非力だった。そりゃあそうだろう、歩美さんだってこたつの虫みたいな生活してたんだ。運動不足なのは間違いない。力が入らない、というより力の入れ方が分からないという感じだ。
「だ、大丈夫?」
「はい、任せて、くださっ、あっ!」
背中に何かぐにょりという擬音がぴったりそうな感触が広がった。ふむ、この弾力性、もしかしてこれは……
「主様、ダメー!」
「おい、やめろ、お前の力だとご主人様が死んじまう」
「だって、主様が、主様があ!」
アリスが獣人たちに取り抑えられてる。何をやってるんだか。ちなみにぼくは押されて半分くらいは前に折れ曲がる事が出来た。痛みでなんかそれどころじゃなかったけど。
「す、すみ、すみません、駄肉、押し付けて」
「あ、いえ、そんな、全然」
沈黙。話は弾まない。こんな時どういう顔すればいいのか分からないの。笑えばいいのかな?チェシャ猫みたいな笑い顔はあまり宜しくないと思うんだ。
「あ、ラジオ、体操、しません?」
ラジオ体操。日本の小学生を経験した人なら誰もが出来るであろう万能運動プログラム。全身のストレッチをリズミカルに行うことが出来る。無論、ぼくもやり方は覚えている。
「あ、はい」
「じゃあラジカセ取ってきます」
ラジカセとはまた古風な。今ならCDとかDVDとかそっちじゃないのかね?
「お待たせ、しました」
持ってきたのは昔ながらのカセットデッキ。ラジオも聞けます。いや、周波数出てないから受信できないんだろうけど。
カチッ
「あたーらしい、あっさがきた!」
主題歌まで始まってしまった。何となく運動しなきゃって気分になる。子どもの頃にスタンプカードを押してもらうために頑張って早起きした記憶がある。あ、ちょっと涙が。




