第百九十三話:熱湯風呂ってレベルじゃねえぞ
いやあ、盟神探湯ってちゃんと突破した人居るんですかね?
時間を稼ぎながらアンヌが薬を作るのを待たなければいけない。完治させる様な強力なやつはアミタの機械を使って作った方がいいと思うけど、今は一刻を争う。応急処置でもその場で出来た方がいい。
「何をしているのですか? 騎士たち、この者たちを捕らえなさい!」
「女神様の御心のままに」
「教皇猊下もそう仰っておられる。さあ、何を迷っているのだ! 神敵を捕らえよ!」
神敵、という言葉で騎士たちが反応した。そもそもぼくが神の使徒なら神敵になるのはそっちなんだけど。いや、そんな理屈は通じないか。そもそもぼくを使徒とは認めてないんだもんね。
「待ってくれ!」
その時、騎士たちの中から声が聞こえた。
「なんだ、貴様は!」
「枢機卿台下、私はワカープロ様について行った騎士でございます」
「だからどうした?」
「私は見たのでございます。孤児院に輝かしくご降臨されたフォルトゥーナ様を!」
その場がシーンと静まり返った。
「この方はまごうかたなき使徒様。不当に貶めれば、フォルトゥーナ様のお怒りを買いましょう」
「黙れ! 何を言うか貴様。そうか……ワカープロの同行者であったな。ならば貴様も背教者であろう! 騎士たちよ、この者も捕らえよ!」
どうやらムラーキーは騎士を捕まえて証拠隠滅というか証人を消すつもりのようだ。あの刑吏に拷問させるつもりかな? いや、こっちに確保してあるけど。
「ぐっ、やめろ、やめてくれ!」
騎士の集団の中で声をあげればあっという間に取り抑えられるに決まってる。ぼくらは彼の犠牲を無駄にしちゃいけない。まだ生きてるって。うん、まあ、そうだね。
「観念しろ、ムラーキー! お前の悪事の証拠はすべてこっちが握ってるんだ!」
「ほほう? ですが、それはあなた方がでっち上げたもの。そのような物で私が有罪になるとでも?」
ダメだ。でっち上げと言われたらどうにもならん。この世界には鑑定する機会がなかなか無いので偽造などが普通に出回っている。やれやれ困ったことだ。などとのんびりもしていられない。
「ならば神に審判を委ねるまで! 煮えたぎった油の中に手を入れて怪我が無ければ貴様らの言うことを受け入れよう」
神に審判って盟神探湯かよ。いや、実際ぼくは分身体だし、平気ではあるんだけど。表面のコーティングがちょっと心配かなあ。
「わかった、やろう」
「ほほう? 後でやっぱり嫌だなどと言っても遅いのだぞ?」
「そんな事は言わないです」
「そうか、ならば油をもて!」
神官の数人が煮えたぎった油を運んできた。勿論持ってこれるわけもないので台車に乗せてゴロゴロ運んでいる。躓いて零したら大事になりそうだ。
しかし、これだけの量の油をどうやって熱くしたのだろうか? 沸かすというか加熱するにしてもかなり時間が掛かりそうなものだけど。
「神の祝福によって煮えたぎらせたこの油に手を入れてみよ! 誤魔化しはならん。ゆっくり一分数えるのだ」
やれやれ普通ならそんなに入れてたら手がどうにかなりそうなものだ。だが、これは時間稼ぎにはもってこいだ。さっきからアンヌが薬を作ってるはずだからね。
「では、やりましょう」
ぼくはすっと前に出た。この状態でぼくを取り抑えようとはしないはずなので安心して出られる。アンヌには出来上がり次第教皇猊下に……いや、待てよ? どうやって教皇猊下に薬を使うんだ?
「それについては考えがありますのでご安心ください、チーフ」
よし、じゃあアンヌを信じるよ。
「貴様が使徒でないことを証明してやる。さあ、油の中に手を入れて焼け爛れるがいい」
「その前にぼくが無事だったらその次はあなたの番だ、枢機卿ムラーキー」
「ほう? よかろう。貴様が無事だったら考えてやる」
ニヤリと笑みを浮かべるムラーキー。結局の所、こいつは神の奇跡とかその類のものは信じてないのだろう。だから普通にやれば火傷を負うこんな行事をしてしまう。
「では、やります」
ぼくはゆっくりと手を油につけ入れた。じっとりと油が肌を焼く。熱さが肌に染み込んでくる。んだろうな、多分。もちろん分身体だから熱さなんて感じないし、油ごときでコーティングが剥がれたりしない。耐熱温度は数千度らしいよ。ちゃんと摂氏で。
「どうですか?」
「バカな!」
「なんともないぞ」
「さすが使徒様だ」
「本当に使徒様なのか?」
「あれだけのものを見せられて否定できるものか!」
当然焼け爛れているはずのぼくの手は当然なんともなっていない。後はアンヌの薬の完成を待つだけだ。
「認めん、認めんぞ! そうか、油を熱してなかったのだな!」
「そんなに言うならあなたの番ですから手を入れられては?」
「そんな事ができるものか、野蛮人め!」
いやいや、教義にケチつけちゃダメでしょうが。しかし往生際が悪い。アンヌ、まだ?




