第百九十二話:すべては女神様の御心のままに
女神様「あー、お菓子食べたい」
刮目して見るべきはアヤさんかもしれない。数的有利を作り出せない様にあちこち移動しながら手に持ったナイフを鎧の隙間に突き入れている。首には突き入れてないみたいだから殺傷はしてないみたい。でも殺すつもりなら何時でも出来ますよって言ってるみたいで少し怖い。
アカネは姿を現してない。でも敵の数は減っている。いわゆる死点撃ちというやつだろう。装甲無視はロマンだよね。実際は死角から足をひっかけて転ばせたりして、そこに追撃してるみたいだけど。攻撃方法はなんだろう。糸かな? ほら、仕事人の三味線屋みたいな。
「貴様ら! 我が教会を敵に回してタダで済むと思ってるのか!?」
ちょっと太った感じのおっさんが出て来た。何しに来たんだ?
「あなたはどなた?」
「私はニドー。この真教の司教だ!」
「そうですか。あの、我々は教皇猊下にお会いしに来ただけなんでこの騎士たちを退けてくれると助かります」
「何を言っておる! 貴様らがやった事は大罪であるぞ! 教会に押し入り、乱暴狼藉。騎士たちが取り抑えようとするのも当たり前では無いか!」
まあ確かにやってる事は殴り込みなんですけどね。ともかく誤解を解かなければ。
「いえいえ、それはその、ちょっとした行き違いがあったというか、不幸な事故だったというか……」
「問答無用! 大人しく捕まるがいい!」
参ったなあ。まあ確かに乱暴したのはこっちだけど、と困っていたら念話が届いた。
「御館様。その者、こちらのリストに名前がございます。ムラーキーの一味です」
なんだと? つまり、こいつは悪の一味の一人って事か! えーと罪状は……
「子どもを誘拐して、年端もいかない少年を好んでベッドに連れて行きそこで……うわっ、なんだよ、クズじゃないか」
「な、何を言って……」
「おい、そこのクズ司教! お前の悪事はここに載ってんだよ!」
「バカな! こ、この、高潔たる私がその様な真似をするとでも……」
ちなみにここ大聖堂は入場自由。参拝客なら自由に入れます。これがどういうことかと言うと、信者の、参拝をしに来た皆さんが野次馬として遠巻きに見ている訳で。
「なんだって、誘拐?」
「まさか、司教様がその様な」
「いや、あの司教ならやるかもしれねえ。こないだ大浴場で大欲情してたからな!」
おい、最後の。上手いこと言ったとか思ってないだろうな?
「ぐ、ぬぬぬぬぬぬ」
「おや、司教様? 随分顔色悪いですね?」
「貴様らぁ! おい、こいつらを捕らえろ!」
ニドーから命令が飛ばされるが、騎士たちは動こうとしない。そりゃそうだ。今の話の流れが本当なら聖職者ならぬ性喰者に従う事になってしまう。少なからず教団内部はともかく一般市民からの信仰がまずいことになるのは間違いない。
それならそれでこんな宗教無くしちゃえば良いのにとか思うけど、教皇猊下始め、まともな人は沢山いるんだろうし、何よりフォルトゥーナさん本人から苦情が来そうだもんなあ。
「じゃあ通して貰えますか?」
「ぐ、ぐぬぬぬぬぬぬぬぬ」
何も言えず、しかも道を塞ぐことも出来ないで、ニドーはその場に立ち尽くした。騎士たちも下手に動けない。聖堂の一番奥ではムラーキーが信者を相手に説法をしていた。
「おやおや、これはこれは。またあなたたちですか。使徒様を名乗る不信心者が!」
使徒様を名乗る、というので信者の皆さんもザワザワ騒ぎ始めた。こんなに一般市民が沢山居たら下手に手出しできない。怪我させるかもだし。アリスとかは行く気満々で、処す? 処す?と目を輝かせている。いや、今は処せないから。
「我々は教皇猊下にお話があってきました。会わせて下さい」
「教皇猊下はおつかれなのだ。お話しする事は出来ん」
「それはあんたが監禁してるからじゃないのか?」
「監禁? そんな事はしてませんよ? ほら、あちらに居られる」
上を指さされたので見てみると、そこには立派な椅子に座っている教皇猊下の姿があった。
「あっ、教皇猊下! 大丈夫ですか?」
「すべては女神様の御心のままに……」
それだけ言って後はなんにも反応しなかった。
「女神様の御心のままに。確かにその通りだ。女神様はあなた方のような乱暴者は望んでいない。即刻立ち去るがいい!」
ムラーキーは勝ち誇った様に言った。一体どうなってるんだ?
「チーフ、あれは意識が虚ろになっています。精神汚染をしているのかもしれません」
アンヌがぼくにこっそりと話し掛けて来た。ん? という事は今の教皇猊下は何かで心神耗弱状態になってるって事?
「十中八九、薬の類だと思います。時間を稼いでいただければ解毒薬を調合出来ます」
「う、わかった。一旦退くってのは?」
「症状が重くなるかもしれませんし、下手したら始末されるかもしませんので」
厄介だなあ、もう。




