第百八十九話:痛いのは嫌なので防御力全振りじゃなくて分身体に全任せします
ムチ打ちって言っても交通事故じゃないよ
本当に四十秒で何とかしやがった。さすがアミタだ。
「頑張ってPGユニコーンを組んだのが決め手やな!」
いつの間に買ったんだ? いや、スキルが伸びてくれるなら安い買い物なんだけど。一体三万とかしたとしてもね!
「さあ旦那はん、これで分身体で流血SMプレイが出来るで。良かったなあ」
「なんで自分の分身体でそんなプレイをしなくちゃいかんのだ!?」
「え? ほら、自傷行為がしたいって話やなかったん?」
自尊心は低いけどそこまでじゃないぞ。ぼくは今は今で満足してるからね。達成出来なくて高い理想持ってるような衝動には駆られないのだ。
「ぼくは今、牢に囚われてる事になってるからその時に拷問受けて不自然にならない様にだね」
「さよか。でも、それってアリス姉様は大丈夫なん?」
「ちゃんと言い聞かせたから大丈夫とは思うけど、現場を見たら発狂するかもなあ」
「姉様の正気度はチェックしといてな。姉様が暴走したら多分止めれんで」
そこまでオーバースペックなんだろうか? 作り直したぼくにもよく分からん。まあ、そろそろ例の牢番の刑吏が戻ってくるだろうから分身体送り込むか。扉は回収しとこう。
「へっへっへっ。お待ちかねの時間が来たぜ」
「いや、特には待ってないんだけど」
「へぇ、なんも喋らんと思ったらきちんと囀るじゃねえか。無口な奴を責めても楽しくないからなあ」
刑吏はニヤリと笑った。サメのように笑うというのはこういうものなのだろうか。妙に口の中が赤く見えた。
「先ずはムチ打ちだ。これくらいで音を上げてくれんなよ」
ムチ打ち。かつて古代の律令制において五刑のうちの一番軽い刑。と言ってもただムチ打つだけではない。律令制の笞刑はちゃんとおしりを決められた回数、皮膚が破れないように打つのだ。やり過ぎると執行者が処罰される。
今、ぼくの目の前にいるやる気満々に棘のついたムチを手に持ってるやつがそんな事を気にする様な奴である訳が無い。下手すると外傷性ショックで死んでしまうかもしれないのだ。
「ヒヒヒ、いい声で鳴けよォ」
恍惚とした顔で刑吏がぼくにムチを振り下ろす。バチン、という音が閉鎖空間に響き渡る。ぼくは苦しげに呻いた。
「ぐっ」
「ほほう、耐えるじゃねえか。そう来なくちゃ、な!」
バシン、バシンと二発、三発と振り下ろしてくる。その都度くぐもった悲鳴をあげるぼく。いや痛くないよ? そう、痛くないんですよ。分身体だからね。痛覚遮断してるから。繋げてたら単なるマゾでしょ。例え相手が女王様であってもぼくは痛いのは嫌だ。
「なかなかしぶといな。なら次はこれだ」
刑吏が取り出したのは長い剣。幅はそこまで広くない。刺突用の剣だろう。刺突用の……てことは。
「そらよ!」
楽しそうに刑吏はぼくの太ももに剣を突き刺した。
「ぐわっ」
思わず声が出てしまった。いや、見てるだけで痛いよ。痛覚遮断してるはずなのにこっちまで痛みが伝わってくる。本体だったら死んでたな、精神的にも肉体的にも。
「ムラーキー様からは貴様を殺してしまっても構わんと言われてるんだ。楽しませてもらうぞ」
それならムラーキーが直接手を下せば良いと思うんだが、それだと宗教家としてまずいらしい。が、これなら刑吏が加減間違えて死んでしまった、などと「事故死」を主張出来るんだろう。建前、大事だね。
「そぉれ、それそれそれ!」
突き刺した剣をぐりぐりと廻す。華麗に花弁散らすようにでは無く、ネジを締め直す様にぐりぐりとだ。
「ぐわっ、ぐぐっ、ぐおっ」
悲鳴のバリエーションがなかなか無いのはぼくのボキャブラリーが足りないんだろう。でもあべしとかひでぶとかたわばとかは違うしなあ。
「別になんも喋らなくてもいいんだぜ? 拷問してたら死んじゃったってのが一番都合がいいからな!」
対外的にどう繕うかとかは考えて無いのだろう。いや、考える必要すらないのかもしれない。傲慢な一神教の指導者なんてそんなものだろう。中には教皇猊下の様な人も居るんだろうけど。
少しでも長引かせるためか、ある程度まで痛めつけると夜通しやるなんて選択肢は無いみたいで、傷口はそのままに放置して帰られる。刑吏にも勤務時間とかあるんだろうか。
「御館様、御館様」
そんなこんなで四日ほど経過した時、夜、刑吏が帰ってからアカネがコンタクトを取ってきた。
「アカネか。証拠は見つかったのか?」
「ええ、売買の証文が見つかりました。ムラーキーの名前も入っています」
「そうか。アリスたちは?」
「姉上方は御館様の申し付け通り待機しているようです。全員、教会勢力からは逃れています」
まあ、アスカの転移があるし、危ないことにはなってないだろう。証拠も集まったならそろそろ潮時かな。




