第百七十七話:流れ流れていつか消えゆくとしても誰にも止められない(敵影)
交渉(脅迫)
商業ギルドに到着。ギルドマスターを呼んでもらう。出て来たのはまあふくよかな体型のおっさん。ジジイって感じの年齢では無いので有力商人とかなのかもしれない。え? 商業ギルドは役所みたいなもので商人がギルドの職員とか役員になる訳じゃない? あ、そうですか。
「ほほう、聖国へ行かれるのですか。それはそれは」
「そうなんです。それでこの街で食料をある程度調達したいと思いまして」
交渉してるのは騎士の筆頭の様な人。名前、なんだっけか。ワカープロの旅の時もこういう交渉を取り仕切る人が居たらしいんだけど、その人は断頭台の露と消えてる。露と落ち露と消えにし我が身かな。なんて辞世の句でも詠んだのかもしれん。いや、そこまで達観してないか。
「分かりました。皆様のために特別価格で……この辺りでどうでしょう?」
提示されたのは市価の三倍。なんだよ、この価格は。世間知らずと思ってふっかけてんのか? さてはボッタクル商店だな、テメー。
「さすがに高くないですか?」
「いえいえ、この量を確保するだけでも大変なのですよ。何しろ今、この街の周りをゴブリンがうろついてましてね」
「我々は神の使徒をお連れする為の聖なる一行なのだぞ?」
「我々商人にはあまり関係無いですな」
「ぐぬぬぬぬ」
どうやらゴブリンが徘徊していたのを幸いと食料を高騰させて売ろうという魂胆らしい。バカめ。だが、それは悪手だ。まあ騎士さんじゃあちょっと役者不足だったみたいだけど。あ、役不足と役者不足は違うよね。
「それでしたらご心配なく。ゴブリンたちは全て片付けましたから」
「は?」
横からアヤさんが割り込んで言った言葉にギルドマスターはぽかんとした顔をしている。これはぼくが提案したやつ。そして、これからが本番。
「そんな、まさか、いや、あの、かなりな数のゴブリンが居たはずですが」
「そうですね。掃討にもなかなか手を焼きましたよ。アリスちゃん!」
アヤさんが合図をするとアリスが袋に入れていたゴブリンの頭の詰め合わせセットをストレージから取り出してゴロンゴロンとテーブルの上にぶちまけた。
アリスがアヤさんの言うことを聞いてるように見えるのはぼくの指示だから。アヤさんの合図で出してねって言ってあるからちゃんと従ってくれたのだろう。
「ひ、ひいいいいいい!?」
転がり出てくるゴブリンの首にギルドマスターは腰を抜かしていた。いや、ゴブリン見た事ないの?
「どうですかね? 問題も解決した事ですし、食料を適正価格で売っていただけませんか?」
にっこりと笑うアヤさん。ギルドマスターはこくこくとただ頷くだけだった。客観的に見ると「まけないなら次にこうなるのは貴様の首だ」って脅してる様にも見えない事も無い。いや、我々は街道と街の平和を取り戻しただけですよ。
ギルドマスターさんはとても親切だったみたいで、多少なりと価格を安くしてくれた。
「いやあ、あんな風に交渉するのは気持ちいいですね」
「アヤさん、手馴れてましたね」
「弱み握って脅すのが軍隊式調達術ですから」
絶対違うと思う。でもまあ食料は安価で調達できたから良しとするか。まあ、調達出来なくてもネットスーパーあるから平気っちゃ平気なんだけど。
調達が終わったので再び次の街を目指して出発。商業ギルドの方たちも見送ってくれました。よく考えると、あのままなら流通が戻って食料の価格が暴落しただろうし、住民の恨みも買いそうだったからぼくらに売って正解だったと思うんだよね。
旅を続けていると途中で橋のない川にぶつかった。川、と言っても対岸が見える様な日本の河川みたいなのじゃなくて、アマゾン川とか揚子江とかああいう大河。対岸まで三十キロはあるんじゃないかな。川幅日本一なんて三キロないもんね。
「これ、どうやって渡るんですか?」
「定期的に就航する船があるはずなんだが」
周りを見回しても船影の一つも見当たらない。これはどういう事かな? 人の気配もないから待機してるということもないと思う。
「あの、もしかして渡し守的な人が居ない時期もあるんですか?」
「いや、そんな話は聞いたことがないな」
聞いた事がない、なんて言われてもこの人達あまり信用出来ないんだよなあ。あ、信頼出来ないじゃなくて、知識が偏り過ぎて知ってる事が少ない気がするんだよね。しまったなあ。他に聖国に行った経験のある人を探すべきだったかな。
と、その時、川の流れが逆流を始めた。これは聞いた事ある。アマゾン川のポロロッカとかいうやつ。あれは確か潮の干満で海の波が川に流れ込んでくる現象だったはず。海が近いのかな?
とか思ってたらなんか下流の方から巨大な影が近付いて来るのが見えた。もしかしてこいつが川を上ってきたから逆流してんの!?




